前回、「ガラパゴス諸島に生きる日本の映像業界」をテーマに『体験を作り出す』という話題に触れたのだが、今回はその流れから、特に「学生」に絞って話をしてみたい。

ガラパゴス諸島の地図を読もう

前回の補足として、「ガラパゴス諸島」にも2つの列島があることを書き加えておこう。その2つとは、「ウルトラハイエンド化」と「新奇多機能化」である。

「日本市場というガラパゴス諸島からは、世界のデファクトスタンダードから遠く離れた世界で、新しく奇怪な多機能携帯電話やウルトラハイエンドな民生用映像機器といったマスプロダクトが次々と生まれている」。こう指摘されて久しいが、一方では日本にはそれだけ成熟した高品質なものづくり環境があるとも言える。ガラパゴス化が悪いのではない。「使える」を考える上で、「使う側」はその技術や出身のマッピングを上手く行うことが重要であるということだ。その技術が「どこ出身」で「どこを目指し」「どこにいるのか」。その視点が市場を育て、牽引していく。

VR(ヴァーチャルリアリティ)は、テレビゲームを除いて、まだまだマスプロダクトとは言えない技術分野ではある。しかし、言い換えれば、テレビゲーム技術ですら、まだ「使えるVR」にはなりきれていないという読み方もある。……なんだか禅問答じみてしまったが、今回はこのゲーム技術と「学生の起爆力」に注目して、この視点を掘り下げてみよう。

「Wiiリモコン」に見る学生のイノベーション

ここ数年に起こった「VR界の大革命」といえば、『電脳コイル』と『Wiiリモコン』ではないだろうか。前者はNHK制作のTVアニメーションで、VR/AR(Augmented Reality=拡張現実)技術が高度かつ広範に普及した近未来の日本の地方都市の子供たちを描いた秀作。いままでの「野暮ったくて煩雑なVR」のイメージを一新し、日本のVRの未来感を大きく塗り替える作品でもあった。

もう1つの革命が『Wiiリモコン』である。一般には家庭用テレビゲームの標準コントローラーでしかないわけだが、実は簡単にPCで利用できる。VRを学ぶ者にとって、これはゲーム以上のインパクトがあった。従来、加速度センサーだけでも数万円、Bluetooth無線モジュールも入った、電池で動くヒューマンインタフェースとなると、自分で回路を設計するしかなかった。しかし、Wiiリモコンであれば、4千円程度、しかも扱いが簡易で非常に安定しているのだ。

『電脳コイル』は日本限定のものであったが、Wiiリモコンは世界中の学生たちに別の意味での「オモチャ」として親しまれている。ここでいくつか典型的な作品を紹介してみよう。

●ニオイの吹き矢で遊ぶゲーム「La flèche de l’odeur

(ラ・フレッシュ・デ・ロドー)

(ラ・フレッシュ・デ・ロドー)

nioi2.jpg

「La flèche de l’odeur」のシステム構成図(提供:小坂研究室)と、使用するデバイス(右)

「La flèche de l’odeur」のシステム構成図(提供:小坂研究室)と、使用するデバイス(右)


 

第16回 国際学生対応VRコンテスト(IVRC2008)で発表された作品。タイトルを日本語訳すると『ニオイの矢』。『ニオイ・ダーツ』と訳しても良いかもしれない。金沢工業専門高等学校・小坂研究室による『飲食物を飲食しながら口臭を変化させ、その口臭を用いてモンスターを倒す』ゲーム作品で、若い高専学生が匂いセンサーとWiiリモコンを組み合わせて開発したものだ。一見、ガラパゴス諸島の「新奇列島」に位置づけられそうな作品だが、そうでもない。ゲームとしての完成度は高く、美麗なグラフィックスの最後に現れるラスボスは「(水を口でゆすいで)清い息で倒す」と、インタラクションデザインも秀逸。DirectXで開発されたグラフィックスやリアルタイム動画合成の技術的クオリティも高い。開発コストを見ても、Wiiリモコンやガスセンサーそのものは比較的安価に入手できるものでと工夫している。

市場性も一見無いようでいて、IVRCの主催自治体の1つである各務原市の特産「各務原キムチ」の特徴的な臭気にゲーム内でのインセンティブを与えるなど、市場応用の可能性は高い。ただ一つ残念なのはこの作品の開発スタッフが「全員卒業してしまうこと」だろうか。この作品はIVRC2008東京予選で1位通過、総合3位を獲得した。

●Wiiリモコンで照らすと伸びる幻想的な氷柱「glaçon

(グラソン)

(グラソン)

gracon.jpg

「glaçon」は、Wiiリモコンによる照明演出制御システムと考えると応用の幅が出る

「glaçon」は、Wiiリモコンによる照明演出制御システムと考えると応用の幅が出る

IVRC2008に出場した奈良先端大学情報科学研究科(千原研究室・横矢研究室・加藤研究室)の大学院生による作品。Wiiリモコンでできた懐中電灯で天井を照らすと、照明で彩られた氷柱が伸びてくる……。これがホントの「コールドライト」!? 得られることは「照らした場所の照明とモーターの制御」だけだが、裏側で実現していることはかなり大がかりなものだ。

Wiiリモコンはそもそも、設計上2点の赤外線LEDを検出できるのだが、Wiiリモコンで照らしている場所を逆算するために、4点のLEDを検出できるようにし、OpenCVやARToolkitといったオープンな画像処理ライブラリを組み合わせて実現している。残念ながら本番では上手く動かなかったこともあって、IVRC2008では東京予選で惜敗した。

●Wiiリモコンを使ったモーションキャプチャで視覚を全く使わないゲーム「SoundQuest」

soundquest.jpg

Wiiリモコンを使った「SoundQuest」の無線ヘッドホン。このほか、天井にも赤外線検出用のWiiリモコンを設置している。

Wiiリモコンを使った「SoundQuest」の無線ヘッドホン。このほか、天井にも赤外線検出用のWiiリモコンを設置している。

フランスのENSAM(国立工芸大)の学生による作品「SoundQuest」。フランスで毎年開催されている欧州最大のVR見本市Laval Virtual ReVolution 2008で発表された『視覚を全く使わない』テーマパークアトラクションのためのプロトタイプ。Wiiリモコンを頭部トラッキング用モーションキャプチャとして利用して、3次元音響の中にいるキャラクターとインタラクションするというもの。

秀逸なのは、天井に付けたWiiリモコンと、赤外線LEDのマーカーを三角に配置したWiiリモコン内蔵の無線ヘッドホンで行っていること。つまり、頭にヘッドホンを装着するだけで位置や方向が検出できるという、逆転の発想だ。リモコンを検出器として考えれば、いろいろな応用ができそうだ。なお、このシステムを開発した学生Alexis ZERROUGは、現在東大に留学中だ。

●カーネギーメロン大「ローコスト多点インタラクティブ・ホワイトボード」

JohnnyChungLEE.jpg

Johnny Chung LEE氏(左)と筆者。開発に使用して使い込んだボロボロの東芝製タブレットPCが印象的だった

Johnny Chung LEE氏(左)と筆者。開発に使用して使い込んだボロボロの東芝製タブレットPCが印象的だった

米国カーネギーメロン大学から参加したJohnny Chung LEE氏のプロジェクトも紹介しておこう。YouTubeでも話題になったこのWebページには、現在3つのプロジェクトが掲載されている。赤外線光源を手に反射させWiiリモコンで検出する「指トラッキング」、その後に発表された「ローコスト多点インタラクティブ・ホワイトボード」、そして「デスクトップVRディスプレイのためのヘッドトラッキング」の3つだ。詳細は動画で見ていただくとして、その価格と可能性、学生ならではのフットワークには感動すら覚える。

Laval Virtualで本人に会ったことがあるのだが、ちょうど進路に悩んでいるところで「マイクロソフトの研究所(MSR)かディズニーインタラクティブかな」と話していたが、その後結局MSRで働いているらしい。もしかしたら、「Microsoft Surface」にでも関わっているのかもしれない。今後の活躍に期待である。

「使えるVRを探す」=「優れた学生を発掘する」

今回は「学生の起爆力を活かそう」というタイトルで、Wiiリモコンを題材にVRにおける学生のイノベーションを多数紹介してきたが、参考になっただろうか? もちろんVRを学ぶ学生の全員がこうあるわけではないし、Wiiリモコンに限った話でもない。国際学生対応VRコンテストIVRCは、2009年で17回目を迎える。ロボットコンテストとは一風異なる文化ではあるが、年々、激しくハイクオリティな戦いが繰り広げられている。IVRCを”卒業”した学生たちは、1月末に〆切があるLaval Virtual ReVolutionやSIGGRAPH E-Techといった世界のステージに向けて、まさに投稿準備をしているというわけだ。電機メーカーや、ゲーム業界に就職する学生も多い。つまり、ガラパゴス諸島出身とはいえ、VR研究は世界のステージに躍り出るチャンスがある。単なる「珍しい生物」ではなく「多彩な適応力」を身につけたVR技術をいち早く発見し、使えるところまで育てようとするならば、企業人は学生の起爆力に鋭いアンテナを向けておくべきであろう。

学生自身にはそんな将来まで考えている余裕はないし、SIGGRAPHなどの世界のステージで評価されてしまってからでは、あっという間に世界中で広まってしまう。それがその後の常識になるか、単なる余興になるかは、研究成果とそれに興味をもつ企業や個人のサポート次第かもしれない。しかし、そこでの経験や成果が、数年後の業界の大通りに影響を与えることもある。

余談ではあるがIVRC2004で準優勝し、SIGGRAPH2005で発表した東工大「Kobito ─Virtual Brownies─」は、その年の基調講演で参加していたジョージ・ルーカスが最も気に入ったものだったという(Donna Cox談。その後、情報収集のために彼の”パダワン”を2名ほど派遣していたようだ)。このような話はハリウッドでもよくある話で、「マトリックス」のバレットタイム撮影を開発したPaul Debevec氏はUCバークレーの学生だったし、「マイノリティリポート」のインタフェースを開発したのはJohn Underkoffler氏で、MITタンジブルメディア(石井裕教授)の学生だったりする。ちなみにその石井教授は「もし、論文がどの学会にも通らなかったら、ハリウッドに持って行け」という名言も残している。

未来の映像ガラパゴス諸島で「使えるVR」を生み出す新種の卵=「優れた学生」を発見し、チャールズ・ダーウィンになるのは、あなたかもしれない。

(しらいあきひこ)

WRITER PROFILE

しらいあきひこ

しらいあきひこ

カメラメーカー、ゲーム開発などの経験を持つ工学博士が最先端のVR技術を紹介。