ヨーロッパ・アニメーションの躍進には、いくつかの共通点が見られる:

  •  制作拠点の広がり
  •  独立系スタジオ、プロデューサーの活躍
  •  中小規模の連携、国際的な共同制作
  •  官民連携の人材育成、制作支援
──といったものだ。

文化産業が手堅いヨーロッパは、商業映画、アート系ともに伝統的に振興してきた。人材も官民が手を携えて育成し、優秀な人たちがアニメーション界の将来を支えている。このように断言できるのは、昨今のヨーロッパでは数々の長編アニメーションが劇場に登場し、若手の監督やプロデューサーが縦横無尽に活躍しているからだ。「ヨーロッパのアニメーションが熱い!」、その一端を数回に分けて紹介しよう。

ヨーロッパ・アニメーションの躍進

人口5億人のEU(欧州連合)は、アメリカ合衆国の人口、総所得にほぼ匹敵する。EUに食い込むハリウッドは、マーケティングの手を弛めない。負けず劣らず、ヨーロッパのさまざまな規模の企画が国境を越え、盛り上がりを見せる。EU域内だけでも十分な市場性があり、加えて北米や他地域へのセールスも視野に入れていることで、ヨーロッパのアニメーション界が熱くなっているのだ。2006年には、フランスで26本の長編アニメーションが劇場公開され、うち7本はフランス製作で、ヒットの基準される動員100万人を超えたフランス作品が3本あった。にもかかわらず、このような状況は日本に伝わってはいない。それどころか、アニメ大国を自負しながらも、その活況から取り残された感が強い。

ヨーロッパでは、90年代後半以降、アニメーションを取り巻く環境が変わった。ハリウッドの大作CG作品と一部の日本作品が新しいファンを広げ、フランスやイギリスの長編アニメのヒットが追い風となった。

アニメーション製作世界3位のフランスでは、98年に公開されたミッシェル・オスロ監督の『Kirikou et la Sorcière(キリクと魔女)』が国内だけでも観客動員130万人・興行収入650万ドルの大ヒットとなって以来、制作・公開本数が増えた。シルヴァン・ショメ監督の『Les Triplettes de Belleville(ベルヴィル・ランデブー)』(フランス、ベルギー、カナダ/03年)は350館以上で上映され、米国でも1,000万ドルを超す興行成績を残した。昨年は、マルジャン・サトラピとヴァンサン・パロノー共同監督の『Persepolis(ペルセポリス)』が『シュレック3』と互角に争い、米国で興行400万ドル、他地域で延べ20億円を超え、本年度のアカデミー賞にもノミネートされた。

このほか、イギリスを代表するアードマン・アニメーションも『ウォレスとグルミット』シリーズやその長編などで記録的な成功を収め、その勢いが、ドイツ、アイルランド、あるいはデンマーク、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンといった北欧へと広がり、さらに南欧へと広がりを見せている。

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イスラエルからも、衝撃作品が登場

アジアを中心とする各国の独創的な作品の映画祭として定評ある東京フィルメックスが、イスラエルのアニメーション映画『Waltz with Bashir(バシールとワルツを)』(イスラエル、フランス、ドイツ/08年)を今年の最優秀作品賞に選んだ。

本作は、カンヌ映画祭でプレミア上映され、ヨーロッパの観客に衝撃を与えた。アリー・フォルマン監督は、制作基盤のないイスラエルにBridgit Folman Film Gangというスタジオを自ら立ち上げ、同国初の長編作品に取り組んだ。82年のイスラエルのレバノン侵攻作戦によるパレスチナ難民キャンプでの虐殺事件を元イスラエル軍兵士の体験と現在を織り交ぜ、幻想的なアニメーションで描いたドキュメンタリーだ。

東京フィルメックスは、「新しい映像言語を発明しつつ観客に強烈なインパクトを触発する、この大変重要な映画作品」として本作を顕彰した。残念ながら日本での配給が決まっていないが、6月にフランスで封切られた。第1週興行成績ランキングは8位につけ、延べ50万人近くを動員した。アカデミー賞のノミネートの下馬評にも挙がっている。

アニメーション映画の市場拡大

ヨーロッパには、アート系アニメーションの伝統はあったが、一般的にアニメーションは”こどものもの”と考えられてきた。2000年くらいから潮目が変わって世代を超えたエンターテインメントとなり、「cinéma d’auteur(作家主義の映画)」の一部に加わった。

『バシールとワルツを』『ペルセポリス』や『ベルヴィル・ランデブー』などに共通するのは、ハリウッド大作と比較にならないほどの低予算ながら、創作力で付加価値を高めたことだ。さらに国際合作と官民資金の組み合わせでリスクを分散し、国際配給で収益を出す。広告宣伝に巨費を投じずとも、キャラクターありきの周辺ビジネスを当てにせずとも、「作品そのものの価値を認め、作家主義の映画を好む」”おとな”の観客が、アニメーションに目を向け始めた。そのニーズに応えるのが、中堅・若手の制作者だ。

フランステレビジョングループのFrance 4は「15歳から34歳をターゲットとするアニメーションに特化する」という方針を示した。この傾向は、上げ潮のヨーロッパへと波及しそうだ。そこで求められるのは、独創性と普遍性のバランス良い企画だが、それだけではない。EU域内外とネットワークを組みながら、企画を実現できる能力も必要だ。ヨーロッパで、アニメーションビジネスが変革し始めている。

伊藤裕美(オフィスH)

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WRITER PROFILE

伊藤裕美

伊藤裕美

オフィスH(あっしゅ)代表。下北沢トリウッドでアニメーション特集上映を毎年主催している。