サンタクロースのソリを引くトナカイを父に持つ、少年トナカイが尊敬する父のように空を飛ぶトナカイになりたいと困難を乗り越える冒険劇である『ニコとスターへの道』は、フィンランド、ドイツ、デンマーク、アイルランドの合作だ。その中心にいるのは、2000年にフィンランドのヘルシンキに設立されたスタジオのAnima Vitae(アニマ・ヴィタエ)だ。

フィンランドのアニメがトップテン入り

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3DCG長編アニメーション映画『Niko & the Way to the Stars』 (C) Anima Vitae, Cinemaker, Ulysses,A.Film & Magma Films

3DCG長編アニメーション映画『Niko & the Way to the Stars』 (C) Anima Vitae, Cinemaker, Ulysses,A.Film & Magma Films


 

『ニコとスターへの道』は、2008年のクリスマス休暇のファミリーをターゲットに公開され、7カ国でトップテン入りした。デンマークで1位を獲得し、注目のフランスでも公開週に6位となった。独走態勢の『マダガスカル2』に続いて、3週目になってもアニメーションジャンルの2位を維持する。そんな本作は、完成前に米国を含む100カ国以上へのセールスに成功していた。わずか数年前まで、フィンランドがアニメーションでこのような快挙をなすと誰が予想できただろうか。

企画開発から進行まで、製作の中心にいたのがAnima Vitaeだ。日本でこの名を知る人は少ないどころか、フィンランド人ですら、社名の呼び方はアニマ・ヴィタエ、アニマ・ヴィーテのどちらでもいいというほど知られていない。2000年にアニマ・ヴィタエを立ち上げたのは、CEO兼プロデューサーのペッテリ・パサネン氏ら若き仲間たち。外部の出資を受けず、独立独歩を維持する精鋭らだ。

人口520万のフィンランドでは、メディアミックスやら、キャラクターのマーチャンダイジングを展開するのは無理がある。メディア産業といっても公共TV局YLE(Finnish Broadcasting Company)が発注する番組や広告の制作が中心だ。アニメーターとて、隣国のエストニアなど旧東欧圏の影響もあり、伝統技法を用いるアニメーション作家が主流だった。そんな中でアニマ・ヴィタエは、CGスタジオとして商業的実績を残してきた。これまでに、テレビ番組では45分ものを6本、22分ものを22本、プライムタイムに週1回放送された15分ものを233話制作している。さらに、200本以上のCMは、数々の受賞に輝いた。パネサン氏らは「週当たりのテレビシリーズで世界有数の競争力をもつ制作パイプラインを目指した」と戦略的な取り組みを明かす。

そんな彼らの目指す先には、長編アニメーションの世界進出という野望があったのだ。設立8年にして製作した長編アニメーション『ニコとスターへの道』は、フィンランドで1970年代以来初めての劇場公開アニメーションとなっただけでなく、世界100カ国以上で公開されるに至った。

多文化・多言語のヨーロッパ制覇の鍵は、共同製作の枠組み

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『Niko & the Way to the Stars』フランス公開時のポスター
(C)Anima Vitae, Cinemaker, Ulysses, A.Film & Magma Films
American Film Market poster 2007 for international clients

『Niko & the Way to the Stars』フランス公開時のポスター
(C)Anima Vitae, Cinemaker, Ulysses, A.Film & Magma Films
American Film Market poster 2007 for international clients

前回のコラムで、ヨーロッパ・アニメーションの躍進の共通点を挙げた。制作拠点の広がり、独立系スタジオやプロデューサーの活躍、中小規模の連携、国際的な共同制作、官民連携の制作支援というものだ。『ニコとスターへの道』は、その模範回答のようなものと言える。

アニマ・ヴィタエは、フィンランド最大規模のスタジオではあるが、40名ほどの中規模であり、若手の独立系プロデューサーらのスタジオとなっている。パサネン氏は、同じCGアニメーションで国際実績を上げていた、デンマークのA. Film(Aフィルム)に共同製作を持ちかける。05年に合意が成立すると、アイルランドのMagma Films、ドイツのUlysses、そしてフィンランドのCinemakerに、ドイツの配給会社Telepoolを加え、国際共同製作の枠組みを作った。その後、カンヌ映画祭受賞者やオスカー候補など、欧州から選りすぐりのスタッフを集め、フィンランド、デンマーク、アイルランド、そしてドイツの4カ国に制作行程ごとに分散させた。こうした制作の背景もあって、完成版は英語、フィンランド語、デンマーク語、ドイツ語の4カ国語となった。当初から国際合作の枠組みであったことから、煩雑な多国語展開に頭を悩ます必要もなかった。

プロデューサーらは、制作段階から「B級は作らない」と公言してパートナーを募った。その結果、英語圏に強い配給会社の米The Weinstein Company(ワインスタイン・カンパニー)と成約。完成前の段階から、100カ国以上での公開が決まったのだ。

「低予算であっても、B級は作らない」

国際的な共同製作を行ってはいるが、低予算という面でも特筆に値する。P&A費(Print(印刷)とAdvertiging(広告)の費用)を除く製作費は、わずか610万ユーロ(約8億円)。同じ3DCGアニメーションの『マダガスカル2』にドリームワークスらが投じた予算の何十分の一という規模でしかない。それでも日本の映画製作予算から見れば大きな額だが、人件費などの高い欧米では、長編で、しかもCGアニメーションでは”低予算”の部類になる。この製作費の半分は、フィンランド以外から集まっていることも特徴だ。

欧米では、製作に必要な最低限の人件費を削ってまで、(日本のように)異常な低予算では製作しないというのが常識だ。それを下支えしているのが、ヨーロッパ内の公的支援だ。製作予算における比率は明らかにされていないが、今回も、資金提供者に、Finnish Film Foundation、Eurimages、Nordic Film & TV Fund、MEDIA Plus、Hamburg Film Fund、Danish Film Institute、Irish Filmboardなどが名を連ねており、製作費の3割程度、あるいはそれ以上の公的資金が入ったと想像できる。

ヨーロッパでは、この公的支援が一種の信用保証になる。だからこそ、「作れれば満足」などという戯言ではなく、「より質の高いものを制作したい」という優秀なスタッフや独立系プロデューサーが、アニメーションスタジオに集まってくる。アニメーターの層が薄かったフィンランドで、長編アニメーションの製作ができた秘密もそこにあるだろう。「当たりそうな劇場アニメーション」と言う噂は、制作段階からヨーロッパのマーケットを駆けめぐる。パサネン氏らの元には、いくつかの配給オファーが早くから来ていたという。

ヘルシンキに興った独立系スタジオの挑戦は、極めて現実的、戦略的だった。仮にハリウッドを真似て巨費を投じることができたとしても、コケてしまえば、次はない。信用を勝ち得たアニマ・ヴィタエは、次の企画を着々と準備している。『ニコとスターへの道』は、ハリウッド的常識の外で、北欧の制作者集団に成功の道筋を与えたようだ。

伊藤裕美(オフィスH

WRITER PROFILE

伊藤裕美

伊藤裕美

オフィスH(あっしゅ)代表。下北沢トリウッドでアニメーション特集上映を毎年主催している。