(c)2010 Universal Studios. All Rights Reserved. Images courtesy Weta Digital

天高く、腹肥ゆる秋

ま~、とにもかくにも、今年のLAは、夏が無くて秋が来てしまったような涼しい気候であった。猛暑に見舞われたという日本とは対極的である。最近は毎日秋晴れで、天気は良いが風はやや冷たく、まだ9月だというのに本格的な秋のような過ごし易さである。ただ1つ嬉しいのは、何を食っても旨い。冷たいものも良し、暖かいものも良し。故に腹肥ゆるシーズンとなってしまった。目下、ジムに通って腹の脂肪撲滅キャンペーンを実施中の筆者であった。さて今回は、先月の本欄でご紹介したユニバーサル・スタジオの新アトラクション「King Kong: 360 3-D」のメーキングをお届けする事にしよう。

VFXを担当した多田 学氏とマット・アイトケン氏に伺った制作舞台

「King Kong: 360 3-D」VFXを担当したWeta Digitalの日本人テクニカル・ディレクター多田 学 (ただ がく)氏と、VFXスーパーバイザー、マット・アイトケン氏にお話を伺ってみた。

「King Kong: 360 3-D」における最大のチャレンジは?

「King Kong: 360 3-D」(K3D)は、観客を取り囲んだ54メートルのスクリーンに立体映像とし て映写されます。我々は、トラムツアーの中に組み込まれたこのアトラクションを、まるで観客が 実際に骸骨島を訪れたかのような臨場感と、これまで味わった事のない驚きを感じられるような演出にしたいと考えました。そのようなリアリティ溢れる映像を実現するべく、解像度は1スクリーン毎に8K、再生速度 は秒60コマ、そしてモーションブラーは可能な限り控えました。このような贅沢なスペックで立体映像を見せる事で、観客はこれまでに味わった事のない経験が出来るのです。

しかし…という事は、ものすごい量のコマ数のレンダリングが必要となり、ほとんど長編フルCG映画1本分と変わらないデータ量となりました。ファイナルレンダリングに費やせる時間は映画プロジェクト程充分ではなかった為、1発でNG無しでレンダリングする必要に迫られました。そうです。レンダリングをやり直す”セカンドチャンス”の時間はありませんでした!(マット氏)

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シアター内部の構造 (c)2010 Universal Studios. All Rights Reserved. Images courtesy Weta Digital

トラムツアーの途中に登場する上映設備は大変特殊ですが、Wetaではどのようにディリー試写や日々のチェックを行ったのでしょうか?

おっしゃる通り、ハリウッドのユニバーサル・スタジオに作られたK3D専用施設は大変特殊でした。 当初は、ここニュージーランドのウェリントンにあるWETAに、同じような2面の巨大な曲面スクリーン、そしてスクリーン両面で計16個のHDプロジェクターを設置したテスト用の仮設シアターを作ろうと考えましたが、複雑過ぎて現実的ではない事がわかりました。しかし、幸いユニバーサル側はロサンゼルス市内にテスト用の仮設シアターを作ってい ましたので、テスト試写はそこで行う事が出来ました。そこで、我々は毎月、ニュージーランドから太平洋を横断し”マンスリー試写”を 行いました。

ウェリントンで作った一連のアニメーションが、実際の上映施設で映写してみて、望み通りの印象を観客に与える事が出来るかを確認出来るのは非常に重要でした。ピーター ジャクソン監督も、ロサンゼルスでの試写には毎月参加していました。並行して、Weta Digitalでは、実際の上映時のようにスクリーンの縦横比に合わせて上下をカットした映像と、上下 をカットせずにフレームすべてが見渡せる映像とを再生時に切り替えながら確認が出来る再生システムを開発しました。これは、演出上のチェックに大変有益でした。

また、社内にあるプロジェクターは秒60コマで再生する事が可能でしたが、秒60モード の時は立体視モードが使えないという制約もありました。このような限られた環境の中、毎月1回のロサンゼルス試写でテストを繰り返したお陰もあり、実際にK3Dがオープンして映像を見た時「…あ”!」というような失敗はありませんでした。(マット氏)

このようなテーマパーク向けの特殊な立体映像の制作において、最も難しかった点を挙げてください。

K3Dは、通常の映画プロジェクトでのVFX制作とは大きく異なりました。なにしろ、観客はトラムに乗ったまま、トラムを包み込むように配置された長い両面スクリーンの、どちらかを見ながら鑑賞する事になります。スクリーンの全箇所で、常に何かが起こっている必要があり、観客がトラムの何処に座っていても、ストーリーが追えるような演出を心掛けなくてはなりません。これには、膨大な時間を費やす大変な作業でした。また、観客の近くで何か起こったり、キングコングが近づいてきた時には、どの席に座っていてもそれが臨場感溢れる映像であるように、常に確認するように心掛けました。「私達が伝えたいストーリー」が観客がうまく伝わるように、そして、そのすべてを90秒の中に詰込むのは、本当に大変なチャレンジでした!(マット氏)

このプロジェクトで最も大変だった事は、観客を取り巻くスクリーンがほぼ360度である事、そして3Dの立体映像という事もあり、Maya上で10個のカメラでレンダリングしなくてはいけなかった事です。この為、上映時間は90秒だけですが、ファイルサイズとレンダリング時間は膨大なものとなりました。締め切り間際には、変更に対応する為に、会社の殆ど全てのCPUを3日間フル回転しなくてはいけませんでした。ミスをしてレンダリングを無駄にしないように、かなり緊張して作業したのを覚えています。 フォトリアルな映像で、しかも3Dの立体映像を制作する場合、その作業とても大変です。よくある2Dのゴマカシは効かず、小さな木の葉1つ1つにしても、全て3Dで正確に作る必要があります。Maya上の10個のカメラでレンダリングする際のデータ管理は、非常に大変でした。

また、このプロジェクトでは一連のシーンを

  1. ジャングル
  2. クリフ
  3. カズム

の3セクションに分けて作業しました。これを最終的に1カットの、全てシームレスに繋がった状態に仕上げる為、アーティ スト同士のコミュニケーションは非常に重要でした。 このように大変なプロジェクトではありましたが、 この為にチームが1つにまとまって、楽しかった事が印象的な思い出として残っています。(多田氏)

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ピリビズと完成映像の比較 (c)2010 Universal Studios. All Rights Reserved. Images courtesy Weta Digital

この作品で使用したCGソフトを教えてください。またどれくらいのアーティストが参加し、制作期間はどの位かけたのでしょうか?

アニメーションとモデリング、そしてリギングはMayaです。テクスチャーペイントにはMariを、ライティングにはRendermanを使用しています。コンポジットにはShakeとNukeを使用しています。そして、各部門ではWeta Digitalで開発した膨大な自社ツールを多用しました。Weta Digitalでは200人以上のクルーがこのプロジェクトに関わり、その中心となる「コアチーム」には約80人のアーティストがいました。制作期間はおよそ1年を費やしました(マット氏)。

何か、制作中のこぼれ話はありますか?

私がロサンゼルスのテスト用仮設シアターを訪問した時の話です。私は、仮設シアターのステージ中央あたりを歩きながら、両面のスクリーンに映し出された、我々が作った初期のテストアニメーションの試写を見ていました。それは、トラムが巨大なツタに絡まり、渓谷から落下するシーンの一部分でしたが、実際に仮設シアターで鑑賞してみて、その「体感威力」にビックリしてしまいました。私は、気がついたら手すりを必至に握り、「落ちて行く」自分の体を本能的に守ろうとしていました。この時、私は「このアトラクションは、きっと物凄いものになる」と思わずにはいられませんでした。(マット氏)

完成後、ハリウッドのユニバーサル・スタジオで、実際にアトラクションをご覧になりましたか?

はい、私自身は幸い、K3Dのオープン後に実際にトラムツアーに乗ってアトラクションを体験する機会に恵まれました。観客が悲鳴を上げながらウヒャウヒャ喜んでいるのを目の当たりにして、正にそれが我々の狙いどおりのリアクションそのものだったので、作り手として大変エキサイティングな瞬間でした。(マット氏)

PRONEWSの読者の方に、何かメッセージをお願いします。

もし、ロサンゼルスへ旅行する機会があれば、是非ともユニバーサルスタジオ・ハリ ウッドへ行って、トラムツアーに含まれているK3Dをお試しになってみてください。きっと、すばらしい体験になると思いますよ!

マット・アイトケン
Visual Effects Supervisor – Weta Digital
Weta Digitalにて、VFXスーパーバイザーとして活躍。過去の参加作に、「アバター」「ラブリーボーン」「第9地区」「地球が静止する日」「キングコング」「アイロボット」「ロード・オブ・ザ・リング三部作」等がある。

多田 学 (ただ がく)
テクニカル・ディレクター Weta Digital
1974年生まれ、広島市尾道出身。千葉大学工業意匠学科に在学中、デジタル・ハリウッドのクラスを1年間受講。1997年に大学を卒業後、デジタル・ハリウッドLA校であるDHIMAのオープンに合わせてLAへ。その後、Digital Domainを経て、2004年10月にニュージーランドのWeta Digitalに移籍し、現職。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。