オスカー像がある試写室「Academy’s Samuel Goldwyn Theater」

ロサンゼルスでは、ハリウッドのお膝元という事もあって映像関係のイベントが頻繁に開催されている。1月は 前回紹介した VES、ゴールデン・グローブ、アカデミー賞等のアワードシーズンまっさかりという事もあり、関連イベントの話題が目白押しである。今回も、旬な話題を読者の皆さんにご紹介する事にしよう。

アカデミー賞VFX部門のノミネート作品はこうして決定される

nabe07entrance.jpg

1月20日夜7時より、第83回アカデミー賞VFX部門のノミネート作品を決定する、『ベイクオフ』が開催された。このベイクオフは、アカデミー賞のノミネート作品を決定する為の、制作者によるプレゼンテーション&アカデミー会員による投票をその場で一堂に行なうイベントの総称であり、パンを焼き上げる工程”Bakeoff”から由来しているらしい。

この日は、ノミネートの候補として上がった7本のVFXを駆使した映画作品のプレゼンテーションリールを順番に上映し、VFXスーパーバイザー達が壇上に上がり解説を行い、質疑応答が行われた。そして、最後にアカデミー会員がその場で投票を行い、ノミネート作品として5本に絞りこまれるというものだ。

ベイクオフは毎年、ビバリーヒルズにある米国映画芸術科学アカデミーの試写室「Academy’s Samuel Goldwyn Theater」にて開催される。建物に到着すると、まずは両脇にオスカー像の彫りの入ったガラスのドアより、おごそかに入場する。そして階段を上がると、赤い絨毯が敷かれた踊り場では金ガラスが細々と埋め込まれたオスカー像が出迎える。更に2階の試写室前のロビーには、過去のアカデミー賞受賞作品のポスターなどが飾られており、日本の作品も見られた。「千と千尋の神隠し」、古いものでは「地獄門」のポスターもあった。

試写室のスクリーンは赤いカーテンで覆われ、その両脇には金色のオスカー像がそびえ立つ。ここぞ、泣く子も黙る天下のアカデミー!という雰囲気が漂っていた。この日は天候にも恵まれ、多くの業界人が詰め掛けた。投票を行なうアカデミーの会員、そしてこの日プレゼンテーションを行なう発表者達は予約席が確保されており、それ以外の一般人は(先着順だが)無料で聴講する事が出来る。この自由席を確保する為に、開演の1時間程前には入場を待つ列が出来る程。開演時間になった頃にはほぼ満員という状態だった。

「一般人」と言っても、その殆どは主要VFXスタジオ主な参加者で勤務している人が多く、デジタル・ドメインやリズム&ヒューズ等のロゴが入ったシャツを着ている人が目につく。会場にはデニス・ミューレンやリック・ベイカー等の業界著名人の姿も見られ、そういった著名人へサインを求める人や、VFX業界の主たるメンバーが集まり情報交換をしている姿も見られた。

ベイクオフの流れ

nabe07academy.jpg

では、ここでベイクオフの流れを簡単にご説明しよう。まずは司会者の挨拶&スピーチから始まる。司会者がいきなり冒頭の発表作品名を間違えるというハプニングもあり、なごやかムードでの幕開け。会場中央の座席は白いテープが張られ、そこにノミネート候補作品の投票をするアカデミー会員が陣取る(我々、下々の一般人はそれ以外の脇や後方の席に座る)。

壇上では、VFXスーパーバイザーらが作品の制作過程をプレゼンテーションを行ない、この映像を如何に作り上げたかを、技術的&アーティスティック両面の観点から冗談を交えながら壇上でプレゼンテーションを行なう。ここで「アカデミー名物」と言われる「赤ランプ」の登場である。壇上の発表者のすぐ脇のマイクより少し高めの位置に、赤い裸電球がスタンドの上に固定され、これ見よがしに置かれている。発表の制限時間5分を過ぎると、この赤ランプがピっと点灯し、終了時間を知らせる訳だ。

発表者は、このランプが灯ると直ちに発表を中断し、司会の方へマイクを戻さなければならないという原則になっている。しかし、赤ランプ点灯後も気にせず強引に話し続ける人、ランプを終始気にしている人、ランプを気にしつつも点灯を無視する人などなど、発表者それぞれの人格が現れ、人間観察の場としてもなかなか面白いプレゼンテーションの場であった。

各作品のプレゼンテーションは時折ジョークを交えながら行なわれる。会場は終始リラックスムードで包まれ、プレゼンターの発表やクリップ上映中も時折り笑い声が上がっていた。その後、VFXの見どころを10分程に編集したクリップを大スクリーン&最高の音響設備で上映。そして質疑応答となり、これで1作品のプレゼンが終了となる。全作品の発表後、すぐさまアカデミー会員による投票がその場で行なわれ、この結果を受けこの部門でのアカデミー賞ノミネート作品5作品が決定される。今回のプレゼンテーションで上映されたノミネートの候補作品は7作品。その中で3D作品は2作品あり、入場前には3D上映用メガネが配布された。

さて、プレゼンの順番は事前に来場者にプリントが配られた順番で行なわれる。

TRON: LEGACY (3D)
デジタルドメインによる、トロン空間に登場する若き日のフリンの「顔面デジタル差し替え」、人間(プログラム)が砕けるディレズ・エフェクト等の見応えあるプレゼン

INCEPTION
話題作らしい、斬新なVFXが話題の同作。空中に歪曲していくビル群や、バーチャル空間とリンクしてスローモーションで展開する現実空間、そしてミニチュアによる爆発表現など

HEREAFTER
流体シュミレーションを得意とするScanlineFXによる、大迫力の津波表現のプレゼンテーション。「2012」でも津波を表現した同社の技術の高さが伝わってくるクリップであった

ALICE IN WONDERLAND (3D)
多種のデジタル・キャラクターの表現やアニメーション表現に加え、ダルサの4Kデジタルカメラによって撮影した画像をHDサイズに縮小、顔面だけを大きく見せる手法、異なるスケール感の表現など、VFXのみならず映像作品としての総合的な完成度の高さをアピール

SCOTT PILGRIM VS THE WORLD
個人的には超大穴作品とも言える、コミックが原作の爆笑映画。VFX満載の実写アクション・コメディー。興行成績は全く振るわなかったものの、斬新VFXが評価され、ノミネート作品の候補作に挙がる。コミカルなゲーム風エフェクトの連続に場内は爆笑の連続

IRON MAN 2
老舗ILMによる、見せ場映像を中心に編集した映像によるプレゼン。精巧で緻密なデジタル・モデルや、複雑ながら正確かつ精度の高いデジタルトラッキング、完成度の高いコンポジットなどをプレゼン

HARRY POTTER AND THE DEATHLY HALLOWS PART1
随所に登場するデジタル・クリーチャーや、各キャラクターのデジタル・ダブル、そしてデジタル・エンバイロメント等の各種表現を、シリーズ最終作にふさわしく盛沢山の映像を見せながら解説

の計7作品となった。

さて、上記7作品のプレゼンテーション、VFXダイジェスト版のクリップ映像はいづれも見応えある作品ばかりで、この中から5本を選定するのはなかなか難しい事だろう。全7作品のプレゼンテーション、作品上映、質疑応答がすべて終了した時には、開演から3時間近くが経過、ものすごい充実感を感じると同時に疲れがドッと出た。

今回、ベイクオフの場に行って感じた事は、各制作者がアカデミー賞というこの大きな賞の獲得への意気込みに加え、会場の参加者全員で楽しむ、「Enjoy」という姿勢が強く感じられた。ここは、まさに「エンターテイメント」の場であり、自分が今まさにハリウッドの中心部に居る事を強く実感した瞬間でもあった。

ノミネート作品5本は、これだ

さて、米国映画芸術科学アカデミーは、このVFXベイクオフから5日後の1月25日朝5時半(米国西海岸時間)、同Samuel Goldwyn Theaterにて第83回アカデミー賞の全部門における最終的なノミネート作品を発表した。余談だが、時差が3時間早い米東海岸、朝イチの9時合わせる為、こんな早朝に行うらしい…。こうして最終的に発表された、今年の視覚効果賞(Visual Effects)ノミネート作品は、5作品。

  • Alice in Wonder land
  • Harry Potter and the Deathly Hallows, Part 1
  • Hereafter
  • Inception
  • Iron Man 2

この後、アカデミー会員による投票が行われ、上記5本のノミネート作品の中から最終的な受賞作品1本が選ばれ、それがアカデミー賞授賞式の場で発表&表彰される事になる。今年の83回 アカデミー受賞式は2月27日、ハリウッドにあるコダックシアターにて開催される予定である。今から授賞式が大変楽しみである。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。