映像のメッカであるハリウッドでは、映画ギルドによるセミナーが頻繁に実施されている。特にVES(ビジュアル・エフェクツ・ソサエティ / 米視覚効果協会)は、会員を対象とした試写会や勉強会を勢力的に開催している。

5月21日(土)朝、「垣根が無くなりつつあるアニメーションとVFX (The Crossover Between Animation and Visual Effects)」というお題目のパネルディスカッションが、大手VFXスタジオ、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスの試写室レイ・ハリーハウゼン・シアターにおいて開催された。今回は、その模様をみなさんにご紹介する事にしよう。

会場はソニー・ピクチャーズ・イメージワークス

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この日のイベントはVES会員は無料、そして一般人でも$20を支払うと聴講可能。また、VES以外にもASIFA(国際映画協会)、PGA(米プロデューサー協会)の映画ギルド会員にも門戸が開かれており、映画業界で情報をシェアしようという柔軟な姿勢も伺えた。また、学生の参加者も多く、VESが後進の指導にも一役買っている事がわかる。

会場は、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスの試写室。しかも、試写室の名前は恐れ多くも勿体なくも、ストップ・モーションアニメの巨匠レイ・ハリーハウゼンという、いかにもハリウッドらしいネーミングである。

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朝食も提供された

イメージワークスに到着すると、まずはセキュリティ・ゲートで警備員にID(身分証明)を見せて、名前が参加者リストに入っているかどうかチェックを受ける。名前が確認されると、初めて中に足を踏み入れる事が出来る(このように、映画のVFXを手掛けるハリウッドのVFXスタジオはセキュリティーが厳重である)。中庭に入ると朝食が用意してあり、オレンジジュースやベーグルなどを好きなだけ飲食できるのも嬉しい。また、業界のイベントとあって周囲を見渡すと顔なじみもチラホラ。こうして談笑しているうちにスタート時刻となった。

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ハリウッドらしい豪華なパネラー(Photo Courtesy :VES)

VESのイベントは毎回パネラーが豪華だが、今回も例外ではなく、司会  Frank Gladstone – President, ASIFA Hollywoodパネラー  Michael Kaschalk – Disney, Effects Supervisor  Markus Kurts – Rhythm&Hues Studios, VP Production Technology  Simon Otto – DreamWorks Animation, Head of Character Animation  Betsy Paterson – Rhythm&Hues Studios, VFX Supervisor  Apurva Shah – Pixar Animation Studios, Effects Supervisorという、そうそうたる顔ぶれが並んだ。

パネルディスカッション

この日は、司会者が質問を投げかけ、各パネラーがそれについて意見を述べるという形でパネルディスカッションが行われた。さて、以下はその要約である。

Q: 2Dアニメーション作品でもデジタルが普通に使われるようになり、作業の上で様々な方法論の使い分けが話題に上る事がある。VFXやアニメーション作品の中ではシミュレーション(以降SIM)が使用される頻度が増え、どこまでが手づけで、どこから先はSIMで行うのかが議論される事も多い。実際のところ、現場ではどうだろうか?

  • 手でアニメートするのが大変な場合に、SIMで処理すると効率的だ。
  • 2Dアニメの作品の場合は「手で描くのが大変な場合」に3DやSIMで表現する。
  • ピクサーではアニメートする対象物が「12個以上ならSIMで」という暗黙の了解がある(笑)
  • 数があまりにも多いものはSIMでやる。あとは、レイジー(怠慢)と根性のバランスの問題だ(場内爆笑)
  • VFXでは物理SIMが多用される事が多い。
  • 「アリス・イン・ワンダーランド」では、キャラクターと絡んだ煙のエフェクトが多く登場した。タイミングは、アニメーション部門が簡単なキューブでタイミングをガイドを作り、それをエフェクト部門に渡した。
  • キャラクターが絡む場合は、キャラクター主導でSIMを行う場合が多い。
  • キャラクター主導の難点は、アニメーションが変更になると、エフェクトやSIMもその都度やり直さないといけない事だろう。(別のパネラーから「結果、高くつくって事を言いたいんだよね(笑)」とツッコミが入る)
  • VFXではデジタルにしか出来ない表現がある。「インクレディブル・ハルク」ではカメラワークに力を入れた。実写では出来ない動きが可能だった。

Q:モーション・キャプチャ(以降MC) VS 手づけアニメ についてはどうか?

  • 手づけのアニメーションは、アニメーター自身の「パフォーマンス」によって生み出される。一方、アニメーション作品によるMCでは、アニメーターは本来の仕事より、データのクリーンUPに時間を取られがちだ。
  • そうそう、その場合はMCをベースとして、アニメーターが「味付け」を行うようなスタンスになる。
  • 必要とされる演出によって、使い分けが大切なように思う。リアル路線なのか、漫画的な動きなのか。例えば「カンフーパンダ」を全てMCでアニメートしたら、よい結果にはならないだろう。
  • DreamWorksでは、基本的にメインキャラクターはキーフレームでMCは一切使っていない。
  • 役者の演技を忠実に表現したい場合はMCが良い。個々の役者の演技のクセを、手づけでつける事は非常に難しい。「サーフズ・アップ」ではカメラをMCで作った。「カメラキャプチャ」を行った事で、ドキュメンタリー風な演出にリアリティを与えた。
  • ピクサーは、エンドクレジットで「MCは使っていません」と宣言している事でおなじみだが、手づけに対するこだわりがある。
  • 先程のSIMの話と若干被るが、VFXでは背景や群衆キャラにはMCが作業上、大変効率的だ。
  • 「イースターラビットのキャンディ工場」(8月日本公開)では、手づけアニメをマッシブで増やしている。

Q:カートゥーンの伝統芸である「スクワッシュ&ストレッチ」は、過去の産物だろうか?それともVFXで応用可能だろうか?

  • おそらく監督のディレクションよるだろう。2Dアニメ出身の監督と、アクション出身の監督では演出も異なる。
  • MCやシミュレーションだけだと、動きに面白味がなかったり、演出上迫力に欠ける事がある。これに手を加える事で味が出る場合もある。
  • リギングの視点で言えば、最初からそういうリグを組んでいないと望む動きは出来ない。一度組んでしまうと、後から演出面の大幅変更を加えようとしても難しい。
  • リアル路線で動かすのか漫画路線にするのでモメる事は意外とある。
  • そういう意味で「塔の上のラプンツェル」 は、2Dアニメ路線を、美味くリアル路線の3DCGで表現した好例と言えるだろう。

Q:アニメーション作品とVFX作品におけるキャラクターアニメーションの違いはどうだろうか?

  • アニメーション作品とVFX作品とでは、プロダクションのパイプラインが大きく異なる。
  • アニメーション作品はプロダクション期間が1年以上あるが、VFXは6~9ケ月が一般的だ。
  • リズム&ヒューズではキャラクターアニメーションが沢山登場する映画を手掛けており、それを得意としているものの、まだフルCGアニメーションの分野には参入していない。
  • ちなみに「インクレディブル・ハルク」でのキャラクターアニメーションは、可能な限りリアル路線を心掛けた。アメリカの教育現場では、大部分の学校が典型的なキャラクター・アニメーションの手法を教え、クリーチャーのアニメーションテクニックをきちんと教えているところは少ない。
  • 現場の視点としては、今後、映画監督が「クリーチャー作品のキャラクターアニメーションに何を求めてくるか」が興味深い。
  • エフェクト・アニメーションとキャラクターアニメーションでは、求められるスキルが異なるが、この分野ではリアル路線と漫画路線の両方でうまくクロスオーバー出来ているように思う。
  • アニメーション・スーパーバイザーも、VFXスタジオとアニメーション・スタジオでは役割が異なる。後者ではパフォーマンスが重視される。アニメーション作品は「アニメーター上り」の監督が多く、パフォーマンス寄りのリクエストが多くなる。ティム・バートン監督が良い例だね。
  • 今後、アニメーション作品とVFX作品の垣根はどんどん無くなっていくだろう。それは、キャラクター・アニメーションだけでなくライティングや他のパイプラインにも言える事だ。ゲーム業界についても、同じ事が言えるだろう。

Q:クロスオーバーが進んでいく中で、アワード(賞)のカテゴリはどうなるだろうか?

  • VESアワードでは、既に明確なカテゴリー分けがあり、細分化されている。
  • それで思い出したが、VESアワードに応募する際、社内で議論を呼んだ事がある。髪の毛のテクニックはキャラクター・アニメーションのカテゴリーか? それともエフェクト・アニメーションのカテゴリーか?ってね。(笑)
  • そういえば「アバター」がアカデミー賞のアニメーション・カテゴリーに入らなかった事が話題になった。
  • 丁度VESは、来年のVESアワードに向けてアワードのカテゴリの見直しを行っている。もしみなさんの中で意見があれば、ぜひ事務局に寄せてほしい。

会場からの質問

Q: 2DアニメとVFXの、制作者のメンタルの違いは?

A: 手書きや2Dだと、デフォルメやウソが沢山つける。ごまかしや誇張も出来る。しかし3DCGではそれが難しい。

Q: 私は学生。将来は現場に入りたいが、どんなトレーニングを積んでおくべきか?

A: ドローイング等を沢山描く事は、ポージングの良い鍛錬になる。3Dの場合は違ったスキルも必要だ。より細分化され、細部の調整を行うスキルが必要となる。

Q: 新卒の学生でもポジションを獲得出来る?

A: YES。実際に、現在制作中の「グリーンランタン」では新卒を沢山雇って成果を上げている。大量のアーティストを必要とする作品では、経験者を雇うよりも制作費を節約出来る利点もある。このビジネスでは、「如何に仕事を覚えていくか」が鍵となる。スタジオによっては見習いプログラムを実施している会社もあるので、挑戦してみるのも1つの方法だ。

…という盛りだくさんの内容であった。

パネル・ディスカッションという事もあり、話が脱線したり、ジョークが飛び出したり、バラエティに富んだ展開だったが、ハリウッドのトップスタジオの現場レベルの話を聞ける貴重な機会だったと言えるだろう。


取材:鍋 潤太郎
撮影:山下 奈津子
取材協力:Colleen Bromley Office Manager / Visual Effects Society

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。