撮影: 山下奈津子(画像は全てiPhone5で撮影)

はじめに

ここロサンゼルス地方では、映画の賞レース・シーズンが幕開けとなった。日本はまだお正月休みの真っ只中である1月3日、第85回アカデミー賞 視覚効果部門の候補作品(以降、ノミネート作品)を選定する為の試写会「BAKEOFF」(ベイクオフ)が開催された。今回は、その話題をご紹介してみよう。

賞レース・シーズンの幕開け

試写室の中に入ると、ステージの両脇には”あの”オスカー像がドーンとそびえ立っており、映画関係者であれば誰もが「ここが由緒正しき聖地」である事を感じずにはいられない(笑)

アメリカ人はクリスマスは盛大に祝うが、年末年始はあまり重視されない。せいぜい元旦にパーティがあるくらいで、1月2日からは通常業務が開始される。筆者もご多分に漏れず、2日から泣きながら仕事をしていた(笑)。しかし、ハリウッドの映画業界にとって、年明けは賞レース・シーズンの幕開けでもある。この時期、特に1月から2月に掛けては、ゴールデン・グローブ賞やアカデミー賞、そしてDGA(米監督協会)やWGA(米脚本家協会)、VES(米視覚効果協会)などの各映画ギルドの授賞式がこぞって開催される。特にアカデミー賞の授賞式は、世界的に認知された権威ある賞という事もあり、賞レース・シーズンの1番最後に締めくくりとして開催される。

BAKEOFFとは何か

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入場待ちの一般の列

アカデミー賞の授賞式においてオスカー像を獲得する作品は、ノミネート作品の中から各部門1本づつがアカデミー会員の投票によって選ばれる訳だが、その前段階として、候補となるノミネート作品を選定&投票する試写会が、「BAKEOFF」である。BAKEOFFという言葉は、元々はパンを焼き上げる製法から由来しており、アカデミー賞などの映画賞で、数ある候補の中からノミネート作品を絞る「選考会」の名称で用いられる事が多い。毎年、BAKEOFFの会場となるのは、ビバリーヒルズにあるアカデミー(米国映画芸術科学アカデミー)の試写室、Samuel Goldwyn Theaterである。例年であればBAKEOFFは1月中旬に行われるが、今年のように新年早々1月3日に開催される事は比較的珍しい。

BAKEOFFは、基本的にノミネート作品を選定するアカデミー賞会員を対象とする試写会だ。しかし、会員以外の一般人も先着順ではあるが、無料で入場出来る。開演は夜7時半なので、その1時間前位から列に並んでいれば大丈夫である。

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場内の様子

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名物、赤い裸電球

今年のBAKEOFFでは、10本の候補の中からノミネート作品5本※を選定すべく、プレゼンテーションとクリップの上映が行われた。各作品の持ち時間は10分。挨拶&解説2分、クリップ上映5本、質疑応答3分と、その内訳も細かく決まっている(※ちなみに、VFX部門のノミネート作品は以前は3本だったが、昨今のVFX作品の多さを反映し、2010年5月にノミネート作品を5本に増やす事が発表され、第83回から新ルールが適用されたという経緯がある)。持ち時間をオーバーすると、「BAKEOFF名物」の赤ランプがステージ前で点灯する。

これが点いたら、言い残した事は端的にまとめ、”なるはや”でプレゼンテーションを終了しなければならない規則だ。終演後は、1Fロビーにて投票用紙が回収され、集計の後にノミネート作品が決定される。

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終演後の投票の模様

今年の10作品 プレゼンテーション要約

今年のBAKEOFFでは、下記10作品が上映された。上映された作品と、プレゼン内容の要約は次のとおり:

  • “Life of Pi”(20th Centur Fox)-3D上映
    VFXは全690ショットは90分に及び、10箇所のVFXベンダーで制作された。 170に及ぶ虎のショットのうち、本物の虎は14%程で、残りはすべてデジタル。ミーア・キット及び島もデジタル。動物のアニメーションはRhythm&Huesによる手付けのキーフレームで、モーション・キャプチャは使用していない。海のショットはすべてセット撮影で、海面はデジタル。
  • “Marvel’s The Avengers”(Walt Disney Motion Pictures)
    40秒近い長尺ショットも多く、ハイディテールなデジタル・ダブルが必要とされた。ホークアイが放つ矢は全て、デジタル。ハルクは表現が難しく、大きなチャレンジだった。森林でのソーvsアイアンマンの激しいバトルシーンは、当初はロケも行なわれたが、最終的には全てがデジタル・エンバイロメントに置き換えられた。エイリアン・ソルジャーの動きはモーション・キャプチャー
  • “The Hobbit: An Unexpected Journey”(Warner Bros.)-3D+48FPS 上映
    今日の上映は3D+秒48コマによるプレゼンテーション。ゴラムはリグが一新され、筋肉の動き等が向上、動きはモーション・キャプチャーによるもの。今回はミニチュア・セットは使用していない。その理由として、立体での撮影だった事、監督から変更が頻繁に出る事が予想された事などから、セットはすべてデジタルで制作された。ゴブリンは俳優にアニマトロニクスのヘッドを装着して撮影され、最終的に全てデジタルに置き換えられた。
  • “Skyfall”(Sony Pictures)
    ボンド史上初めて、ボンドとCGクリーチャー(サソリやトカゲなど)が共演した作品である。列車の地下突入シーンは実物大のモデルを構築。また伝統的なミニチュアによる爆発なども多用されている。ヘリコプターのミニチュアは3Dプリンターによるもの。アストンマーティンの爆破シーンもミニチュア。ボンドが川に落ちるシーンはデジタル・ダブルによる差し替え。また撮影監督が可能な限り照明や色を撮影時にコントロール出来るよう、極力グリーン・スクリーン撮影を減らし、ロトスコープで対応した。
  • “The Dark Night Rises”(Warner Bros.)
    空を飛ぶThe Batは「映画史上、最も空を飛びそうにないデザインの車」とも言われ、空を飛ぶ臨場感を出す為、実物大で制作された。またフットボール・スタジアムのシーンでは11000人のエキストラと本物の火薬による大規模な撮影が行われた。多くのデイライト・シークエンス(太陽光の下でのシーン)ではDouble Negativeの新しいHDRIレイトレーサーが用いられた。撮影にはIMAXカメラも使用されている。この作品ではDIを使用せず、現像の際にカラータイミングという伝統的な手法が採られた。
  •  
  • “Snow White and the Huntsman”  (Universal Pictures)
    これまでに無いタイプの「おとぎ話」のスタイルで、チャレンジの連続だった。小人は、8人の有名な俳優を使い、デジタルで縮小して小人にしたが、ただ均等に小さくするのではなく、小人独特のプロポーションに調整している。クリーチャーはRhythm&Huesによるデジタル・クリーチャー。動きはキーフレーム・アニメーションで、モーション・キャプチャーは使用していない。クリスティン・スチュワートは、棒の先に固定されたテニスボールを目線の指標として演技し、そこにデジタル・クリーチャーが合成された。
  • “The Amazing Spider-man” (Sony Pictures) – 3D上映
    スタイライズされ、ロマンティクなスパーダーマンでありながら、しかも現実味あふれる映像にしなければならない、それがチャレンジだった。立体撮影はRED EPICで行われた。パラレルで撮影され、コンバージェンスは後から調整した。スパイダーマンのアニメーションは全てキーフレーム・アニメーションで、モーション・ キャプチャーは使用していない。また、非常にハイディテールなデジタル・ダブルやデジタル・エンバイロメントが使用されているのも特徴。
  • “Cloud Atlas”(Warner Bros.)
    メジャー映画スタジオの資本ではなく独立資本によって制作され、ディビッド・ミッチェル原作、ウォシャウスキー姉弟によって映像化され他ユニークな作品。原作で「映画化は難しいだろう」と謳われた作品だけにプロダクション・デザインにも力を入れた。ロケも様々な場所で撮影が行われた。VFXベンダーもILM, Method Studios, Scanlineなど多くのスタジオが参加している。
  • “John Carter”(Walt Disney Motion Pictures)
    VFXの殆どがロンドン勢(Double Negative, MPC, Cinesite)によって制作された。膨大な数のクリーチャー・ワークおよびデジタル・エンバイロメントの作業が必要とされた。クリーチャーのデザインはLegacy Effectsが担当している。俳優とデジタル・クリーチャーが絡んだ芝居のシーンが多い為、クリーチャーの”演技”が大変重要となる。その為、目の表情には最新の注意を注いだ。
  • “Prometheus”(20th Century Fox)-3D上映
    撮影はステレオで行われ、RED EPICが使用された。宇宙船「プロメテウス」のディテールには力を入れ、テクスチャーだけで450日を費やしている。ショット・エクステンションが必要なシーンはグリーン・スクリーン撮影でない場合も多く、ロトスコープによる力技。クリーチャーの肌の表現では新しいサブ・サーフェス・スキャタリングが採用されている。また制作パイプラインでは、ディープ・イメージが標準パイプラインとして組み込まれた。

このように、各プレゼンテーションでは、各映画のVFXスーパーバイザー達が、技術的なセールスポイントや斬新さなどを、ユーモアも交えてアピールしていた。

ノミネート作品5本は、これだ

さて、アカデミーはこのVFXベイクオフから1週間後の1月10日朝5時半(米国西海岸時間)、同じSamuel Goldwyn Theaterにて第85回アカデミー賞の全部門における最終的なノミネート作品を発表した。余談だが、時差が3時間早い米東海岸の朝9時に合わせる為、こんな早朝に行うらしい…。こうして最終的に発表された、今年の視覚効果部門(Visual Effects)ノミネート作品は、5作品は下記のとおり。

  • “The Hobbit: An Unexpected Journey”
  • “Life of Pi”
  • “Marvel’s The Avengers”
  • “Prometheus”
  • “Snow White and the Huntsman”

そして、この後にアカデミー会員の最終投票を経て、最終的に1本だけが選び抜かれ、2月24日(日)に開催される第85回アカデミー賞の授賞式で表彰が行われる訳である。

果たして、どの作品がオスカー像に輝くか、今から非常に楽しみである。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。