SIGGRAPH ASIA 2010、ソウルにて開催!

CGの元祖にして、最先端、最高峰といえばACM(米国コンピュータ学会)のグラフィック分科会であるSIGGRAPHだ。毎年夏に北米で開かれるSIGGRAPHの年次総会は、3万人ものCG関連学者、業者、CGアーティストを集め、世界最大の学会となっている。しかし、SIGGRAPHは北米のみで、今著しい発展を遂げているアジアからは酷く遠い。時差もあり、貧乏なアジアの若手研究者にとっては参加が極めて難しい学会でもあるのだ。

そこで、一昨年から始まったのがSIGGRAPH ASIA。その名の通り、アジア諸国でSIGGRAPHの年次大会を開いてしまおう、というアイディアだ。このSIGGRAPH ASIAは毎年冬に東アジア地域で開かれ、一昨年はシンガポール、そして去年は日本の横浜で開催され、アジア各地から多くの関係者を集め、大いに盛り上がった。そして、今年のSIGGRAPH ASIA 2010は、お隣、韓国ソウルでの開催となったのだ。

エキシビションは主に学校展示が中心

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恩師、杉山校長と。海外での偶然の恩人との出会いは、ことさら嬉しい

しかしながら、延坪島での砲撃戦直後、まさに戦時下の韓国だけあって、日本人参加者はごく少数。発表者以外の方では、デジハリでの私の恩師、杉山校長くらいしかお会いしなかった。…大丈夫なんだろうか?しかし、そんな小心の我々日本人たちの心配を余所に、ラテンなノリの韓国の人々の手によって、会場は大いに盛り上がっていた。まずは、エキシビション会場をご案内しよう。

昔々、CGバブルのころ、SIGGRAPHの華といえば、CG関連企業が出展するエキシビションがその中心だった。しかし、論文発表が中心となりつつある昨今のSIGGRAPHでは、エキシビションはその規模を縮小し、学校展示や制作会社の人材募集ブースなどがその主力となりつつある。もちろん、今回のSIGGRAPH ASIAでもそれは同様で、主に、学校展示を中心とするエキシビション展開となっていた。

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K’ARTSと東京芸術大学のコラボブース。黒を基調としたお洒落な展示で盛り上がっていた

アジア各国からの展示がある中、ひときわ目を引いたのが、日本の東京芸術大学の展示であった。現地ソウルのK’ARTSという学校とコラボした展示は、卒制を中心とした学生展示ながら、なかなかに人を集めていた。

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このモニターの虫が、マイクの声に応えて動き、合成音声とCGモーションで会話をする仕組み

学生展示ながら面白かったのが、Chungkang College of Cultural IndustriesのAR的展示。モニターに出したキャラクターの後にPCと人員を配置し、マイクで話しかけるとその場で音声合成をして返答し、その声に合わせてキャラクターを動かすというAR実験的な出展だった。学生作品だけあって、人力が介在してしまってはいるがこの自動化は恐らく容易であり、近い将来のARキャラクター像を想像させる、面白い展示であった。

論文発表は、廊下ポスター展示がみどころ!

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Frank Stephenson氏による「Featured Speaker」講演。車好きにはたまらない講演だ

もちろん、SIGGRAPHの主力である、各種発表も大いに盛り上がっていた。まず、開催中最も人を集めたのが、マクラーレンのデザインティレクターFrank Stephenson氏による「Featured Speaker」講演。実は、SIGGRAPH ASIAは開催国ごとの色が濃いのが特徴で、アートよりも工業デザインに力が入る韓国の開催では、当然に、工業デザインへの力の入れ方が大きいのだ。同氏は、マクラーレンの車だけではなく、日本でもおなじみのMINIなどのデザインにも関わっており、そうしたデザインの工程を語る講演には、大会場を埋める、大変な数の聴衆を集めていた。

もちろん、こうしたSpecial Sessionだけでなく、本来の論文発表も大いに盛り上がっていた。中でも注目なのが、新機軸の、ポスター展示による論文発表だ。これは、本来、会場発表ほどの完成度がないものの、そのまま埋もれさせるには惜しいという論文を、会場発表の時間を取らずに廊下張り出しで発表させるという補助発表的な企画であるのだが、何しろ、ポスター前に陣取っている論文執筆者と、常に直接会話が出来るので、新しい技術を狙う企業や勉強熱心な参加者にとっては、本来の会場発表よりも熱い企画となって居たのだ。実際、私自身もいくつかの論文では直接話を聞き、近未来ののCGの世界像を自分なりに理解するのに大いに役立った。

東京都市大の向井教授の発表

中でも、東京都市大の向井信彦教授による反射マップを使わない新しい円筒反射アルゴリズムや、日本大学の現役学部生(なんとまだ4年生!)のKoka shinji氏によるDEMデータからの自動ポリゴン地形モデル生成アルゴリズムなどは、充分に今後の実用が考えられる、非常に面白い論文だと感じた。日本以外の地域での論文では、フランスのLABRI-INRIA Bordeaux UniversityのYann Savoye氏のケージベースのキャラクターアニメーション作成手法などは、作業時に問題となることの多い各種ソフト間のデータ変換に大いに役立ちそうな素晴らしい論文であった。

戦争博物館で戦争生体験

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戦争記念館。朝鮮戦争の展示が主だが、3D立体視ライドによる戦闘機体験などのアトラクションもある

さて、一見関係無い話となるが、今回のSIGGRAPH ASIA参加中、偶然にも、韓国全土を上げての戦争避難訓練が実施された。実はまさに避難訓練のその時、私はたまたま韓国国防省を訪れていて、その付属施設である戦争記念館の中にいた。お陰で、サイレンが鳴ったちょうどその時には既に軍事施設内に避難済みという扱いで、全く避難騒動には巻き込まれずに済んだのであるが、もしこれが訓練ではなく本当に戦争であったら、攻撃対象施設そのものの中にいたわけであり、恐らく生きては居なかっただろう。そう考えると恐ろしくてたまらない。

戦争記念館では、ちょうど、先の韓国軍艦撃沈事件の展示が始まっていたところであり、実際に北が放ったとされる魚雷の部品も展示されていた。また、直前の延坪島砲撃事件の関連として、韓国自走砲K-9の模型展示もあり、生々しく戦争を感じることが出来た。そして、戦争記念館で配られたパンフレットには、韓国訪問者向けということで、日本語の核・生物・化学兵器それぞれの攻撃を受けたときの対処法も書いてあった。

これもまた、我々が住むアジアの現実であり、隣国韓国のもう一つの面なのだ。単に日本のそばでの危機というだけでなく、CGが元々は核軍事技術の民間転用であることを考えると、決して我々もこうした現実と無縁ではない。事実、SIGGRAPH会場においては、HARRIS社始め、米国の軍事系の会社からの発表も数多くあり、また、多くの学生たちもそうした軍事系の業務へと付くことになるのだろう。世界は次第に平和を失いつつあり、私のような平凡な日本のアニメ屋であっても、戦争と無縁では居られない世の中になりつつあるのだ。そんな事を色々と考えさせられる事件であった。

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先の韓国艦船撃沈事件で発見されたとされる北朝鮮製とされる魚雷の部品の実物

今回のSIGGRAPH ASIA 2010では、残念ながらSIGGRAPHの人気企画「Emerging Technologies」が無いなど、不安な点も多かった。しかし、実際に参加してみたらそんな不安はまったく杞憂で、大いにCGを学ぶことが出来た。SIGGRAPH ASIAは、今後も伸び続けるアジア地域のCGの中核となっていくことだろう。次回開催は、香港とのことで、こちらも是非参加をしてみようと考えている。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。