いよいよ年末年始。この原稿を書いているのも年の瀬である。年末年始といえば、映像業界的にはイベントシーズンまっただ中。11月のInterBEEから始まり、4月の米国NABまではさまざまな映像関連イベントが目白押しなのだ。今回は、その中から、2014年の映像業界を占う事の出来たイベントをいくつかご紹介したい。

「東京モーターショー2013」に見る、デジタルサイネージ映像の明日

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スズキのブースは、新型軽乗用車「ハスラー」と、ステージを半周する巨大モニターで大変な盛り上がりだった

東京モーターショー(TMS)は、いわずと知れた世界的な自動車展示会の一つだ。2011年の東京電力福島第一原発事故の影響による諸外国メーカーの参加回避などで最近は名古屋モーターショーに国内最大のモーターショーの座を奪われつつあるが、それでもなお、来場者数は国内最多で有り、最先端のショーの一つである事には変わりが無い。映像展示でも常に最先端を突っ走ってきたTMSであるが、今年も、その最先端展示は、学ぶべきものが多かった。今年の展示は、高精細パネルを駆使した大規模なものが多く、その迫力に参加者の度肝を抜いていた。

新型軽乗用車「ハスラー」で話題をさらったスズキのブースも、ステージを半周する巨大モニターを使った演出で、大観衆を相手にして、コンセプトモデルや近未来のスズキの方向性を熱く語っていた。こうした、横長の巨大モニターは自動車の走行シーンなどでは非常に強いリアリティが有り、多くのブースで採用していた。このスタイルの展示映像は、TMSを始めとするモーターショーでは欠かせないものになりつつあるようだ。これも、横4千ピクセルオーバーの映像表示が当たり前になったからこその変化と言えるだろう。

従来であれば、巨大な模型セットを組んで説明していた複雑な機構を、大きめなモニター1枚で説明する傾向も、最近のTMSの流行だ。少し前のSDサイズであったらピクセルが見えてしまって興ざめなところも、フルHD以上の最近のモニターであれば、展示パネル以上の説得力があるのは言うまでもない。

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豊田自動織機ブースでは、EV車輌のベースとなるプラットフォームの展示をしていた。従来であれば分解展示などをするところ、大型モニター1枚で機能説明と実車予想を両立していたのは、高精細映像時代ならでは

豊田自動織機の展示していたEV専用プラットフォームも、従来であれば実物展示の他に、各パーツを分解して並べ、それぞれごとに説明板を付けて説明員が順番に展示説明していたような複雑なものだ。しかし、実車輌とほぼ同寸の巨大モニター1枚に各機能の説明映像を流し、その前に実車を置くことで、複雑な説明を、実車一台を示しながら実現していた。

EV専用プラットフォームは、この後メーカーで各車両の皮がかぶせられるまでは単なる機械に過ぎず、そのままでは観客の理解を得るのは難しい。それを、こうした高精細モニターの前に置くことで、それっぽい完成予想図と機能説明を両立させることが出来るのは、まさに高精細映像時代ならではと言えるだろう。

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「GRAN TURISMO 6」のゲームコーナーは、展示されている最新車輌のバーチャル体験が出来るということで、大人気であった

定番のゲームコーナーも今回は賑やかであった。新作ゲーム「GRAN TURISMO 6」のコーナーでは、実車コックピットを模したコントローラを多数並べ、CGゲームとは思えないリアル感溢れるカーレースを展開していた。このゲームに出てくる車輌は、そのどれもがメーカータイアップによるリアリティの高いもので、各メーカーも最新車輌のデータを提供している。そのため、最新の実車輌をブースで見て、その体験をこのコーナーのゲームで出来るという相乗効果を産んでおり、ゲームファンのみならず、実車輌に興味がある多くの来場者で賑わっていた。これもまた、今の時代のデジタルサイネージの形であろう。ただし、こうした映像展示の盛り上がりの反面、4Kや8Kといった、映像の世界で話題の定型化された映像展示は、TMSではあまり流行りでは無かった。

このイベントを見る限りでも、4Kなどの共通規格ですべての元映像を作って、大きい共通モニター1枚であらゆるデジタルサイネージを、という作り手側の希望は、やはりちょっと無理があるように思える。むしろ、高精細モニターと切り出し可能な4K撮影の普及で柔軟性のある表現方法が増え、それぞれの環境ごとの専用コンテンツをそれぞれの展示場所のモニター形状に合わせて作るスタイルが、近未来のデジタルサイネージでは普通になるのかも知れない。広告では、意外性こそがその肝であるだけに、やはり、この分野においては、定型化された未来はやってこないように思える。

「After InterBEE @月島スタジオ」で見る、新しい映像制作の潮流

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月島スタジオでは「After InterBEE @月島スタジオ」と題して、4Kワークフローのセミナーが開かれた

それともう一つ、2014年の映像業界を占うことの出来るイベントが、月島スタジオで開かれた「After InterBEE @月島スタジオ」だ。この「After InterBEE@月島スタジオ」においては、4Kのワークフローを、実際に4K解像度でCF制作を行った代官山スタジオ映像制作チームとデジタルエッグ社の経験をもとにして解説しており、実際の運用を、実機材を前にしながら理解することが出来る貴重な体験の場であった。

同イベントで行われたセミナーでは、藤本ツトム氏による代官山スタジオ映像製作チームによる4K制作の実際の他、デジタルエッグの堀内睦也氏を迎え、スタジオ現場収録レベルの話から堀内氏の関わるオンラインフィニッシングの話まで、トータルな流れを把握することが出来た。同セミナー最大の特徴は、4Kを見せつけるような高価な機材を用いるのでは無く、REDシネマカメラ撮影で、Adobe Creative Cloudでの編集エフェクトという、誰もが触ったことのあるリーズナブルなスタイルでの4K映像制作を取り扱ったことだ。

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メインのセミナーは、デジタルエッグ堀内睦也氏を迎え、4K制作のフィニッシングまで大枠を解説していた

堀内氏曰く「もう、4KやRAWによる制作は、数年前までのフェラーリの時代は終わりを告げ、これからは(REDやAdobe CCのような)カローラや軽自動車が実際に働く時代になった」との例えであったが、これは今までは基本的に見るだけで、たまに広告宣伝的に触る機材であったものが、実際の日常使いの道具に降りてきたということであり、現状を見事に指し示す、非常にわかりやすいものだ。

この手の無料セミナーは、一般的にはどうしても機材提供メーカーの意向が入るため、現実的には有り得ないような高額な機材やソフトの応酬となることが多いのだが、この「After InterBEE @月島スタジオ」がこうした現実路線なのは、やはり、実際にスタジオを運営している代官山・月島スタジオの開催ならではと言えるだろう。

同スタジオとしても、実業務にスタジオを使って貰って初めて利益が上がるわけであり、現実的でないワークフロー紹介や、現実予算とはほど遠い高額なオプション機材の紹介はむしろ逆効果になってしまって意味が無いものなのだ。この点、スタジオ側が開催するイベントは、我々制作・製作サイドと利害が一致していると言えるだろう。いずれにしても、こうした現実的なセミナーが開催されたのは、大変嬉しいことだ。

映像制作会社を経営する筆者的には、こうしたイベントにつきものの無駄に高いレンズや予算的に有り得ない高額システムを見ずに済むのは、大変気が楽だった。最近のこの手のイベントでは、昨今流行の安価なカメラシステム本体なのに、なぜか数百万~数千万円のレンズや周辺機器を付けている場面を目にすることも多く、いくらイベントとは言えこんなアンバランスなものを部下にも読者の皆様にもご紹介できないよなあ、と、頭を抱えていたのだ。

さて、実際のところ、Adobe CCのような安価なソフトと、それが動くWindows環境での4K映像制作が可能かというと、それは十分に可能だ。筆者の率いる会社でもPremiere CCによる編集やAfter Effectsによるエフェクト作業は実際に行われているし、本イベントにおいても、Core i7ベースの一般的なWindowsマシンや、MacBook Pro Retina 15inchによって制作可能な4K映像環境が実際に展示されていた。もちろん、こうしたことが出来るのは最新鋭のパソコンで、なおかつメモリは最大限、グラフィックボードも出来るだけ早いものを搭載し、また、何よりもRAID環境やSSDなどの高速なストレージも必須ではある。しかし、そうした最新パソコンこそ必要であるものの、Xeon CPU搭載の特別な「マシン」ではなく、ごく普通のPC系CPU搭載コンピュータでも4K映像は実用レベルで動くようになってきているのは特筆に値するだろう。

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セミナールームの隣では、協力各社が実際の4K制作機材を実演展示していた。さすがに60pは無理だが、4K30pであればMacBook Proでも実機表示が行われていた

しかし、なによりもこのイベントでは、フォトグラファーを中心とした利用顧客を持つ、あの代官山スタジオ・月島スタジオが企画したイベントである事が面白い。

我が国の映像業界では、本来主流派で、こうした新規格機材導入の中心となるべきなのは、テレビ系制作各社やCM系制作各社だ。しかし、総務省とNHKが提唱・推進する8K映像規格のために、その通過点とされてしまった4K機材導入には、各社共に二の足を踏まざるを得なくなっている。また、そもそもテレビ放送そのものは未だにフルHDサイズでの放送もされていない(1440x1080i)わけで、まずは導入して間もないHD機材をしっかり使ってから、ということになってしまっているわけだ。そんな中、月島スタジオのような、こうしたフォトグラファー系の映像関係者や、世界的なDCI規格で強制的に4Kに挑まねばならない映画関係者が、我が国では4K導入の先陣を切る形となっているのである。

なにしろ今回のイベント開催地である月島スタジオでは、映像カメラ機材の用意が無い利用者を想定して、REDシネマカメラの貸し出し用意までされているのだから、面白い。グリーンバック合成の準備もあるというし、こうした機材も含めて、非常にフレキシブルに使える貸しスタジオとなるだろう。我々映像系(特に映画系)の人間が考える広大な「スタジオ」に比べると、都会の真ん中にあるこの月島スタジオはだいぶ規模は小さいが、わざわざスタジオの中に改めてセットを仕切り直している現状を考えると、実際には、このくらいの撮影規模で十分な企画がほとんどでは無いだろうか?

こうしたイベントを見ても、特にフォトグラファー出身の映像制作者は、古い規格や機材に囚われないで済む分、本当に自由な発想で、4Kをフルに生かした映像制作を、しかもローコストで実現させつつあるように見える。我々であれば手持ちの三脚や周辺機材の活用を考えてしまうところを、初めから小型カメラと最新の小型周辺機材(あるいはスチルカメラからの機材流用)で考えるために、彼らはコスト的にも有利となるわけだ。

映像業界におけるこうした新参者と古参業者との逆転現象は、過去、規格や流行機材の変更ごとに何度か発生し、そのたびごとに業界勢力図を大きく塗り替えてきた。もちろん、当初は、映像業界ならではのお行儀やお約束の齟齬があるために小さなトラブルは起こるのだろうが、それは些細なことだ。特にフォトグラファーは、元々ある程度の業務規模になると映画カメラマンも兼任する傾向があっただけに、映像業界との親和性は元々高い。

なによりも、このイベントセミナーで、藤本氏が再三繰り返したように、元々スチル写真では高精細ピクセルの処理に慣れているし、また、RAW現像も当たり前のことだと言うのが大きい。そうした技術は、今後の高精細・広ダイナミックレンジが中心となる映像制作にも間違いなく生きてくることだろう。また、なによりも、今後の4K、8Kの高精細映像においては、そのフレームがそのままパブ打ちとしてポスターなどの静止画広告に使われることも想定しているわけで、こうなると、フォトグラファー(スチルカメラマン)とシネマトグラファー(映画系映像制作者)との境目は、より、曖昧になってゆくのだろう。彼ら、スチル出身の映像制作者の今後の活躍が大いに期待できる状況なのだ。

そしてもちろん、彼らを迎え撃ち、そして迎え入れる我々映像業界の側としても、そうした新規参入者に負けないような十分な準備が必要な時期だろう。フォトグラファー系からの映像改革とは、思いも寄らない方向からの伏兵といえるかも知れないが、これもまた、2014年やその先数年の大きな業界潮流となってゆくのでは無いだろうか。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。