2014年初回は、今年の映像世界、特に筆者の深く関わる、アニメと映画、特に特撮(SFX)ジャンルの一年を予想し、そこから話を広げて行きたい。

国内回帰が進む外注体制と、海外進出のリセット

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2007年、日中関係が良好で海外外注が最も盛んだった頃の中国の正月(旧正月)

昨今、日本の映像業界、特にアニメやSFXジャンル界隈の景気はだいぶ回復してきている。どん底だった2011年に比べると、企画本数も増え、作業単価も上昇し、常に人手が足りない状況が続いている。その主な理由は、東日本大震災や福島原発事故からの日本経済自体の回復がまず一つ。そしてもう一つの大きな要因が、昨今の日中・日韓関係の悪化、そして途上国の賃金の急激な上昇による業務外注の国内回帰だ。

特に外注業務の国内回帰による効果は覿面で、安くもなく腕前もそこそこでなによりも政治的要因で確実性の低い海外外注よりは、多少高くても腕前が抜群に良く確実性が極めて高い国内企業・個人事業への外注の方が最終コストは安いことが、業界に広く認識されつつある。特に、制作期間が縮む中でのフルHD化とその先の4K化を考えると、リテイクコストが最もリスクが高く、なにかとコスト高になる部分であるので、2014年もこの傾向は変わらず業務の一層の国内回帰が進むと思われる。

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人民解放軍も今ほどぴりぴりして居らず、のんびり雪遊びをして居た。ほんの数年前なのに、この時代がとても懐かしい

とはいえ、中国や韓国は隣国であり関係を完全に絶つ、と言うわけにもいかない。なにより、他の外国に比べ、元は同じ文化圏であった両国はやはり文化的共通点が多く、映像外注などの場合には、文化的すりあわせが少ないというメリットがある。

特に中国はデジタル化後、急速に発展した為技術や機材が総じて最新であり、日本では未だに手作業の部分がデジタル化されて一気にけりを付けられるという側面もある。例えば、日本ではまだまだ導入例が少ないモーションコントロールカメラも、中国では場末のスタジオでも普通に見ることが出来るし、ドローン(ラジコン無人機)による撮影機材はそのほとんどが中国製で、元々中国で実用されているものだ。

筆者の経験で言うと、例えば2009年の小沢一郎大訪中団では、人民大会堂で当時の中国国家主席胡錦濤氏や現国家主席の習近平氏を交えての大記念撮影があったのだが、時間が無い国家主席と国賓(このケースでは日本の国会議員団)のために、撮影は議会内の巨大スタジオにて一発撮りで行われていた。複数カメラでの動きながらのパノラマ同時撮影のため撮り直しは無く、失敗も無い。出来上がった写真を見ると、なんと、写った数百人全員が瞬きせずに目を開けている。これもデジタルが自然に使われている中国ならではで、日本にはあまり導入されていない技術だと言える。

日本だけでは無く、ハリウッドですら、労組の働きかけで本当に最新の技術はなかなか入りにくい側面がある。それに対し、後から来た者のメリットで、中国がこうした最新の技術を既に導入済みであるという点は、やはり注目すべきだ。

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2009年、筆者も参加した小沢一郎大訪中団での人民大会堂での記念写真撮影。中央のカメラが動きながら15秒間撮影する。デジタルならではの一発撮りだ

また、映像作品やキャラクターの中国市場への展開も、やはり改めて考えなければならない時期に来ているだろう。今はまだ、日本文化が強く制限されている同国ではあるが、国同士が険悪になっている今だからこそ文化面での交流は重視されるし、東アジア各国が米国の友好国である以上は戦争をするわけにもいかないため、恐らく今回も改めてそういう文化交流から一步ずつの地道な展開になって行くことだろうと思われる。未成年アイドルのセミヌードでASEAN各国を喜び接待することではなく、それこそが、本来のクールジャパンであるべきだろう。

そう考えると、2014年の映像業界における業務体制は、業務の国内回帰分を捌きつつも、その後半には、中国との関係を再び探り始める時期なのでは無いかと思われる。ただ中国の著しい経済成長を鑑みるに、次の中国との関係は今までのように一方的に日本が中国に外注する形では無くなっているだろう。

人材登用システムの見直しが進む?

もう一つ、2014年の映像業務での大きなポイントは、人材登用システムの見直しが進むであろう、という点だ。先述の通り、日本国内の景気回復と、中国・韓国からの外注業務の日本国内への回帰で、今SFX系の映像業務は空前絶後の人手不足である。もちろん、新人戦力も当然不足している。

しかし、新人は全くと言って良いほど入って来ない。クリエイター養成学校も一時期ほどの勢いが無くなってしまったし、何よりも若者たち自身が映像業務を志さなくなってしまっているのだ。

今の新卒であるゆとり世代の若者たちは、時給制の単純作業以外の労働を「ブラック企業」と称して嫌う傾向が強い。我々(筆者は40代)の世代感覚での「ブラック企業」とは、いわゆるヤクザのフロント企業のことであり、犯罪に密接に関与する危険な企業のことであったのだが、今ではそうした犯罪企業には関係無く、単に独立性の高い仕事をさせたり、あるいは会社で教えた以外の労働をさせたりするだけで「ブラック企業」としてネットに社名を書かれてしまう有様だ。

我々の映像業界、特にSFXジャンルでは、担当業務が完成するまでは先輩が教えようも無い個人の創意工夫と、休日も出社時間もある程度自己裁量に任せた良くも悪くも時間に縛られない仕事が普通なので、ブラック企業を通り越した「ブラック業界」と呼ばれ、人が集まらない状態なのだ。

言うまでもなく、一部の労働基準法を無視した本当の意味でのブラック企業を除き、我々の業界の企業も法規は遵守し、繁忙期の忙しさとその穴埋め時期を計算し、トータルとしてみればちゃんとした「仕事」としてやっているところが大多数なのだが、そんな経営側の苦労は今の若者たちにはどうでも良いことらしい。彼らが考える単純軽労働での明確な支払い以外の一切の仕事は「ブラック」なのである。

いわばゆとり世代は、その世代全体がアルバイト感覚の単純労働者と化してしまったわけで、これでは、映像業務のような複雑で個人の能力を問われる業務を行うことは出来なくなってしまう。しかし、先述の映像業務国内回帰の流れと合わせると、これは強烈な人手不足を意味する。

筆者の周囲の企業でも、溢れる業務に人は到底足りず、やむを得ず2つの両極端な方策をとる企業が多い。1つは、退職前提の大量雇用、もう1つはトラブルが出てしまっている中国・韓国以外の親日国への外注経路の発掘だ。無論、前者は、若者たちからはますます「ブラック企業」に見えてしまうことだろうし(問題は入社した側の能力と業務理解への不足にあって、そうした企業はなんの法律違反もしていないのだが!)、後者は業務の複雑さからどうしても後進国低所得者層への外注というわけにも行かず、いずれにしてもコストが高くなってしまう。

先だってのセンター入試においての報道では「最後のゆとり世代」の受験であることが強調されていた。実際、彼らの世代は学力も上下の世代に比べて明らかに低く、浪人すればその大半が新課程の高校教育を受けてきた後輩たちに敵わないのだという(来年からは理数科で脱ゆとり世代であり、再来年からは普通科卒でも脱ゆとり世代となる)。普通のサラリーマンよりも業務難度が高いとされる映像業界であれば、そんな様子では確かに価値観が合わないのも当然のことと言える。

時代と価値観の変異に翻弄されたゆとり世代の若者たちの悲哀はさておき、冷静に人材登用を考えれば、最低でも短大・専門学校であと3年、大学卒で5年待てば、新しい価値観の新人たちが手に入ることになるが、それはあまりに長い時間だ。

是非はともかくとして、ゆとり世代価値観で単純労働を尊ぶ新人が主流となるそれまでの間をどう乗り切るのかが、最重要の課題であると言える。こうなれば、人材登用システムそのものの見直しが必要になってくるのは明白だ。今までの内定を基本とした新卒重視のやり方では厳しいだろう。何しろ、苦労に苦労を重ねて内定を取った若者であっても、実務に入ったとたんにブラック企業がどうしたとか口走って辞めてしまうのが見えているのだから。

日本ではまだ主流では無いが、インターンシップで事実上のOJT試験や、あるいはいったん他業種に行った若者たちで、それでも改めて映像業界を目指したいといういわゆる「第二新卒」を中心とした採用形態が大きくシェアを伸ばして行くのでは無いだろうか。インターンシップであれば適正は明らかに見えるし、第二新卒であれば、既に他業種で世間一般を知っているだけに、ブラック企業などという負の幻想は既に持っていない者が多いだろうと予想される。

新卒者がゆとり世代になってから5年ほどが経過しているが、確かに、彼らの映像業界生存率などではあまりいい話は聞かないし、たまたま5年前は海外外注ブームで業界不況であったこととも重なり、それ以来、業界各社共に最低限に新卒採用を絞り込んでしまっている(あるいはその逆に、退職前提の乱暴な採用をしてしまっている)。しかし、脱ゆとり世代が出てくるまでまだ同じ年数の間、採用を手控えるのは業務的に不可能だ。そうなれば、ゆとり世代をどう採用して行くのか、どう再教育して行くのか、という問題になってくる。ようやく人材の切り替わりが見えてきたところで、ここがクローズアップされるのが、2014年となるのではないだろうか。

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写真は筆者がRYA試験を受けた2007年、豪州エアリービーチの街。直前の中国では雪の正月なのに、豪州は真夏で正月も何も無いことに驚いた

さて、筆者が人材教育で思い出すのは、豪州で昔取得した、英国王立ヨット協会(RYA)での資格取得の時のことだ。

仕事というものは必然的に厳しければ厳しいほど人材が入りにくく、また、どうしても劣化しやすい。そこで英国ではRYAの協力を得て軍隊の小型帆船教育を推し進めている。このため、RYAの資格者は単に英連邦でヨットを乗り回す免許を得ると言うだけで無く、英軍(特に海軍)内では昇給に繋がり、また、様々な英連邦の職員や企業での資格としても優位になるのだそうだ。実際、同期メンバーは再就職でRYA資格を生かして豪州気象庁を受けると言っていた(RYAの座学では、気象知識がかなり重要なウェイトを占める)。

もちろん英連邦では、夏季オリンピックの華であるヨット・ウィンドサーフィン系でのオリンピック強化選手になるには、RYA資格は当然のものとしてみなされる。ヨット遊びはあくまでも個人の趣味で有り、RYAも元々は戦前に貴族のヨットレースの団体(YRA)として作られたものだ。戦前はたかが遊びの団体と言うことで軽視され、いざ国際緊張が高まってきても、YRAから軍への協力申し出も相手にされていなかったという。

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ショアベース(座学)ヨットマスター試験は、ひたすら計算暗記計算論述の、日本でもおなじみの詰め込み型試験だ

しかし、それが二次大戦でのフランス海岸からの脱出作戦で大活躍し、結果として戦後、王族がトップに立ってロイヤルの名を掲げても良いこととなった。

平時はともかくとして、いくら本職とはいえ短期間の任期でしかも望まぬ徴兵での海軍水兵と、遊びとはいえ長年ヨットで海に親しんできたYRAの者とでは、ナチスドイツの電撃戦によって大陸を追い落とされるという史上希に見る大敗北の混乱の中では、後者に明らかに分があったのだ。

プラクティス(実践)コースタルスキッパー試験は、今度は1週間乗りっぱなしの実践航海試験。サイクロンが来ていたがお構いなしに開講!流石は軍隊系資格!死ぬかと思ったこと度々!

この作戦の成功で、英仏をはじめとする多数の連合国将兵が英国本土に回収でき、その結果、二次大戦は最終的に連合国勝利に導かれた、という歴史がある(余談だが、無茶な作戦や特攻で将兵を死なせてしまい、緒戦の勝利の後は次第に継戦能力を失った我が国とは正反対の歴史である)。

この為、英連邦各国ではRYAを重視し、軍人にもヨット資格を推奨するようになった。実際、軍隊でも、RYAの教育前後では、事故やトラブル率が全く異なるという。特に軍艦が巨大化した昨今(何しろ昔の「戦艦」のサイズの「駆逐艦」が主流なのだ)、各国海軍は小型船舶との衝突事故等のトラブルが絶えない。

あまりに感覚が違いすぎて、民間の海事を理解できなくなってしまっているのだ。しかし、RYA教育で小型船舶側からの視点を得、また、小さな船で海に直接触れる経験を得ることでそうしたトラブルが未然に防げる、というのである。

また、海兵として数年間の任期を過ごして退役した後も、RYAの資格がある事で、海運業や港湾業務に携わったり、インストラクターを行ったりと、社会復帰の大きな助けとなっていて、結果的に入隊希望者の質の向上にも繋がっているという。

たかがヨット遊びであっても、実績をみてそれを馬鹿にせず資格として汲み上げる仕組みは、さすが大英帝国と感心したものであった。これも、人材登用・教育システムの一つの成功例では無いか、と私は常々思っているのだ。


映像には資格は不要であるから、RYAのような遊びの資格の仕組みをそのまま取り込むことは出来ない。しかし、軽い作業であっても実際に触れさせ、慣れさせ、そして何よりもそれを楽しんで貰うという仕組み作りは、今後の日本の映像業界の人材登用・育成において、極めて重要なのでは無いかと思うのだ。

ただ単に新卒を厳しい目でチェックするだけでは無く、例えば、コンテストや視聴者参加型の制作など、何かしら、映像を作ることの楽しさを伝え、業界の裾野を広げる方法を模索する時期に来ているのでは無いだろうか。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。