KOBA 2014(Korea International Broadcasting, Audio & Lighting Equipment Show 2014)は、2014年5/20~23にかけて韓国ソウル特別市COEX展示場で開かれた映像機器展示会だ。同イベントについては既にレポート記事などでご存じの読者諸賢も多いと思う。そこで今回は、筆者の目から見たKOBA 2014のちょっと変わった事情をお話出来ればと思っている。

鎮魂ムードの韓国

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KOBA 2014会場。ハングルが中心で非常に読みにくいが、2フロアを使う大規模イベントとなっている

今回の出張中、大勢の高校生を乗せた貨客船セウォル号沈没事件の影響で、韓国は国全体が鎮魂ムードとなっていた。一隻の大型船の沈没、そして数百人の犠牲者というのはとんでもない大事故だが、それで国全体が長期間鎮魂ムードになるというのは日本では考えられないことでもある。これも死者を悲しむ民族性の違いだろう。もちろん、大変な悲劇ではあるので、筆者もこの話題が出る度に丁寧にお悔やみの言葉を述べてきた。しかも、COEXの目玉である地下のアジア最大商店街が全館閉店工事中で、KOBA参加者は食事一つに事欠く有様。

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鎮魂ムードでなおかつCOEX工事中のため、会場も若干閑散と。その代わり、機材にじっくり触れるプロの場所でもあった

さて、そうした影響で、KOBAはイマイチお祭りムードとはかけ離れた展開となっていた。主要な企業もいくつか出展停止やカフェとしての営業など、思わぬ場面も目にした。例えば、なんとVARICAM 35やGH4等の最新製品ラインナップを抱えるはずのPanasonicブースですら、お得意様専用の商談カフェとしての出展であった。両製品とも映画産業の盛んな韓国でも売れそうな製品であり、てっきりKOBAでも派手にやるものと思っていただけに、大変驚いた。その代わり、一つ一つの製品にはじっくりと触ることが出来たため、NABの次の大規模イベントとしては充分な効果があったのではないだろうか。

韓国と言えば中予算映画!

韓国と言えば、テレビ超長編ドラマやその延長線上の中規模予算映画の数々がすぐに頭に浮かぶだろう。韓流という呼ばれ方で日本でもブームになった事があるので、覚えている方も多いに違いない。韓流ブームは終わってしまったが、あの一連の流れが残した残滓は、洋館や超ハイソなキャラクター、反対に主人公側にありがちな超貧乏で有り得ないような不幸な生い立ち、そしてジェットコースターのようなハイスピードな展開の数々など、驚くような設定の数々と、それを矢継ぎ早に出すことで違和感を覚えさせない手法と共に、今も日本のドラマや映画にも影響を見ることが出来る。

正しくは、影響と言うよりも、韓流は元々が日本の大映作品を参考にしたという説もある。確かにその展開のスピード感はそっくりだ。そういう意味では最近日本の作品は若干先祖返りした、という言い方も出来るだろう。しかしどちらにせよ、そのきっかけを与えてくれたのは韓流であることに異論はないだろう。

韓国では、ドラマだけで無く、同じようにジェットコースターのような勢いのある中規模予算の映画も大量に作られており、大きな国内産業の一つとなっている。金浦空港にまで映画館があるところからも、その充実は伺うことが出来る。こうした映画の盛り上がりは、韓国が未だに北朝鮮と戦争中の(休戦中ではあるが)軍事国家であることに起因しているという見方もある。確かに、物語で愛国心を培い、恋人や家族の大切さを語ることで戦争の「正しさ」を語るのは、映画黎明期から繰り返されてきたやり方ではある。

さて、長広舌はともかく、そういうわけで韓国といえば安くて便利な映画グッズの数々が容易に買えることでも知られている。龍山の電気街に行けばそうした小規模予算映画向けの機材が山ほど売られているし、大学のキャンパスに行けば学内のあちこちで撮影風景を見ることが出来る。KOBAでもそれは例外では無く、映画やドラマの撮影に便利な低価格グッズの数々が展示されていた。

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韓国を代表するRIGメーカーの一つ、KONOVAブース

例えば、KONOVAブースでは、わずか350米ドルのモータースライダーキット「MS Kits with Basic Pan tilt controller」が展示されていた。これなどは、他のメーカーで買えば10万円は確実に超える製品であり、それをこの価格で実現出来るのは、韓国国内での需要が多数あるからに他ならない。

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なんと、このコントローラーキットは350米ドル!動きもしっかりとしていてパワーも有り、実用上問題ない製品だ

予算規模が無い撮影が多いところから、一眼動画系など低価格機材での撮影も盛んだ。その為、数こそ少ないものの、レンズの改造メーカーやシネマレンズメーカーも存在しており、中でもSAMYANGのシネマレンズは単焦点レンズのみのラインナップではあるが、安くてそれなりの性能で定評がある。

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KOBA会場で販売されていたシネレンズ。日本円で2万円台からと、とにかく激安

また、ズームレンズに関しても、日本のキヤノンやシグマなどのレンズをシネMODすることでシネレンズ化するサービスが流行っており、シネレンズ化したそうしたレンズを販売する商売も普通に存在している。こうしたレンズはスチルレンズベースながらも使いやすく光学性能は充分であり、高級レンズのような一流の画こそ望めないものの、商用として充分な作品作りを行うことが出来る。

こうしたシネレンズには、今年ちょっとした異変が起こっていた。それは、一眼動画での映画撮影が多い韓国のお国事情から、今まではEFマウントが主役で他のマウントはご希望に応じて付けますよ、という感じであったものが、PLマウントレンズが前面に出され、展示レンズもEFマウントではなくPLマウントになっていたことだ。これは安価な新興メーカーのシネマカメラの多くがPLマウントに対応し始めている事への影響が大きいだろう。

OTAKU_vol45_06.jpg 低価格本格シネマカメラAJA CIONはやはり大きな話題に!ただし2日目からの展示

その中でも注目を集めていたのが、やはりNABで発表されたばかりのPLマウント搭載の低価格本格シネマカメラ、AJA CIONであった。だったのだが…なんと、韓国への到着が遅れて、2日目からの展示となっていて初日は見ることが出来なかった。

その代わりになぜかAJAブースには、ソニーF55が展示されており、同カメラに取り付けられるAJA製品を存分に触ることが出来るようになっていた。しかし、大々的に看板が設置してあり、時折CIONの到着があったかどうかを訪ねる人の姿が見られたところからも、その注目度は伺うことが出来た。

不況にあえぐ韓国

韓国は現在とんでもない不況のまっただ中にいる。円安や竹島・慰安婦問題で日本からの業務発注や日本人観光客が来ないというだけでは無く、対ドル対ユーロでも強烈なウォン高であり、そのため、韓国は、頼みの綱の海外からの発注が全産業的に減少してしまっている状態なのだ。韓国は民族が3分割された(韓民族の居住地は、韓国、北朝鮮、そして中国東北部にまたがっている)小国である為、内需だけではその経済をまかないきれない。そのため、同国は近年まれに見る不況となっているのである。

さらには、先に書いたセウォル号事件の影響で、元から財閥改革路線の放棄や告げ口外交などで迷走していた朴槿恵大統領による情実優先の施政に対する不満が爆発し、政治が完全に麻痺してしまっている。そのため、政治による救済策を失った韓国経済は、更なる悪化が予想されている。そもそも、朴槿恵大統領の大統領就任は、彼女が韓国の経済発展の深刻な障害となりつつある財閥の改革を旗印としていて、さらには彼女の父親の印象から、対日関係など西側諸外国との関係改善も成し遂げるものと期待してのものであった。

しかし現実には、朴槿恵大統領は軍閥や官僚の忠告を素直に聞いてその逆を行い続けたため、彼女の施政には非常に多くの不満と不信が貯まっていたのだ。そこへ来てのセウォル号事件で、その不満と不信が高校生たちの死という形で明確化されたと韓国国民の多くは感じている様子であり、もはやただの船舶事故の枠を越え、政治の麻痺は一朝一夕で収まるものでは無い様子だ。

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NABで多くの新製品を出したPanasonicではあったが、KOBAでは商談カフェのみの営業であった。常に商談で賑わってこそいたが、韓国の不況は深刻だ

その状況では当然、韓国国内での製品販売は困難だ。そもそも、エンタメ産業は、いくら韓国の主要産業の一つとは言え、直接生活に関わる産業では無いため、大きな売れ行きを維持し続けるというわけにも行かなくなってきている。そのため前述の通り、Panasonicブースがカフェとしての営業であった他、各社共に展示規模を縮小してしまっている状況であった。

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この韓国経済不況と日韓関係でも東放学園ブースは例年通り出展

そんな中でも、例年通りに韓国との関係を強く押し出し、更なる関係改善と積極的な経済関係を勧めよう、という企業も多く見られた。例えば、日韓に多くの人材を毎年送り込み続けている東放学園などは、今年も積極的に韓国学生の受け入れを行い、その為のブース展示も行っていた。日本のアニメ等を見て日本語を必死に覚えたであろう高校生たちが、たどたどしい日本語で同学園ブースを訪ね、懸命に質問する様は、将来の東アジアの明るい未来を感じることの出来る光景であった。

彼らが卒業して活躍する頃には、再び日韓関係が改善され、経済も盛り返していることを祈らずにはいられない。

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学生作品や日本で順調に働いている諸先輩方の写真付きコメントなどが、若い志願者たちを励ましていた

アジアのラテン。とにかくド派手な韓国展示

さて、ここで気を取り直して、“アジアのラテン”の異名を取る韓国らしいド派手な出来事をいくつかご紹介しよう。まず、びっくりした展示から。筆者が3階の映像機器周りを回り終え、1階のライトや音響機器のコーナーを歩いていると、なにやら、視界が急速に煙り始めた。

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1階のライト関係を歩いていると、場内に煙が!

周囲を見るとまったく慌てる様子が無いため気のせいかとも思ったが、天井や遠くを透かしてみると、確かに煙っている。…これは火事か!?

焦る私とは対照的に、前述の通り、周囲の人々は落ち着いたものだ。ごく普通にブースでにこやかに談笑をしている。これは一体どうしたことか、と思って煙の発生源、C&C Lightwayブースに向かうとすぐに謎は解けた。

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なんと、スモークを狭い室内で焚いていた!しかもなぜか、びしょびしょとライトに水までぶっかけてその湯気も混じる

なんと同社ブースでは、ライトの性能を示すために、濃密なスモークをこの狭い会場内で焚きまくっていたのだ。当然周囲のブースまでスモークだらけ。オマケにそのブースではライトの耐水性を示すために大量の水をライトにかけ続け、その熱から派手に湯気も上がっていたからたまらない。そりゃあ、火事の煙のような濃密なスモークが辺り一面に立ちこめるわけである。

確かに素晴らしい耐候性を持つ見事なライトである事は伝わったが、よく、周囲のブースからクレームが出ないものだと、その陽気な韓国らしいアバウトさに惚れ惚れとした瞬間であった。

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会場の反対側からC&C Lightwayブースを見ると、煙で見えない…

続いて今度はいかにも韓国らしいアバウトでド派手な展示では、4K Time Slice 2014と題して、大量のNikonスチルカメラを並べてタイムスライス撮影の実演をして見せていたブースもご紹介したい。

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4K Time Slice 2014のブースでは、Nikonカメラを並べてタイムスライス撮影の実例展示

確かに、一眼レフカメラでのタイムスライス撮影は、4Kオーバー。おお、ついに4K時代だ、と思ったのだが…

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ずらりと並んだNikonスチルカメラが迫力満点だ!

…冷静に考えてみると、そもそもタイムスライスはスチル撮影で行っていたから、当初から4Kとか5Kでの撮影では無かっただろうか?わざわざ4Kやら2014と銘打ってあったが、10年以上前から、タイムスライスは4K以上の解像度であった気がしてならない。もちろん、今は機材が4Kに対応した結果、即座に編集結果を確認できる点などがワークフロー上は大きく違うのだろうが…

こういう、本質的に違いがあるかどうかわからないものをド派手に演出して違いがあるように見せてしまうあたりも、実に韓国らしいなあ、と思ったのだった。こういうプレゼン能力の高さと前向きな姿勢は、見習わなくてはならないだろう。

さて、このように、独自の視点で回ってみたKOBAではあったが、新製品こそ無いものの、わざわざ行った価値は大いにあったと感じた。それはやはり、この強烈な韓国経済不況下でも確実に小規模予算で映像を作り続けていることを感じたからであり、そのバイタリティと映像に対するこだわりの強さは、大いに見習うべきだと感じたのであった。

展示物もかなり参考になるものが多く、特に小型機材周りは大いに参考になるものがあり、早速いくつか試しに導入もしてみるつもりである。やはり、実際にどんどん作り続けている国は違うなあ、と実感したのだ。

日本でも、最近は映像作品の更なる低予算化が進み、その結果としてプロジェクトが頓挫するケースを多く見てきた。しかし、低予算だからと作品作りや利益を諦めるのでは無く、その低予算でも利益を出すやり方を考えるのも大事なのでは無いだろうか?もちろん、不当な予算削減は断固として是正するべきだ。予算を下げたのにクオリティを維持するなどということは有り得ないし、あってはならない。しかし、クオリティの下げ方や、作品発表の方法、利益を上げるための商売の方法などは、まだまだ研究の余地があると思えてならないのだ。

とはいえ、不景気では作れるものも作れなくなるのだなあ、ということも実感した。日本でも、今月あたりから消費税増税の影響が出始めることが予想されている。まだ好景気の残滓こそあるが、既に生活物価は強烈に上昇している。来る不況時にどのように我々が作品作りをして行くのかは、今の韓国に大いに学ぶべき点があるだろう。

不況と言えば、今回のKOBAで様々なブースの方々や知人と話して興味深かったのは、韓国の多くの人が「韓国も不況だが日本もさらに酷い不況だ」と言い張っていたことだった。日本がアベノミクスと消費税駆け込み需要でここ1年ほどはそれなりに好景気だということを告げると「それでも観光客や仕事が韓国に来ないのか」と、日韓関係の本格的な悪化に初めて気がついて改めて愕然とする人が多かった。朴槿恵大統領の告げ口外交による日韓関係の急激な悪化は、韓国では日本ほど肌身には感じていない様子であった。韓国の人々は、いつものように日本が自然に折れると思っている様子であったのだ。このあたりの温度差に、まだ、日韓の外交問題の火種が残っているように思えてならない。まだまだ、韓国との関係は注意深く見守る必要があるだろう。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。