今月の特集で、日本テレビ系列局で利用が始まったMXF局間IP伝送システムを紹介した。「伝送」と言うと、どうしても放送局に限られたイメージを持ってしまうが、実は放送局に限られたものでもない。「伝送」を、「機器間で映像やファイルをリアルタイムに送りあうこと」と捉えてみれば、チャットやファイル交換のアプリケーションを使って、インターネット越しに文書ファイルや画像を送りあったり映像チャットをしたりすることも、一種の伝送であることに気付く。もちろん本格的な伝送には、セキュリティを確保するためにVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)を使用したり、専用線を使用したり、一定の速度が保たれるように帯域幅を確保したりといったことが必要になるわけだが、「伝送」という言葉は知らなくても実は身近なものになっているわけだ。

ソニーは2月3日、「ロケーションポーター」というリアルタイム・ビデオトランスミッターRVT-SD100を、3月18日から発売すると発表した。このロケーションポーターは、親機としても子機としても切り替えて利用できるハードウェア製品で、カメラ側のコンポジット出力のビデオ/オーディオ信号を自動的にコーデック変換・リサイズを行い、インターネットまたはFOMA回線を経由して2地点間を伝送して出力できる製品だ。これまで、専用タブレットPCを使用したソフトウェア製品としてレンタルでソリューション展開をしてきたが、より手軽に誰でも扱えるようにハードウェア製品を追加した。

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伝送には、USB接続タイプのNTTドコモ製FOMA通信端末A2502を1枚または2枚使用するか、インターネットを使用して行う。FOMAの採用については、日本全国のエリアの広さと回線品質の安定性で選択した。映像伝送には352×240サイズのH.264コーデック、オーディオにはATRAC3plusコーデックを採用している。FOMAカード1枚で64k~160kbpsまで、2枚で320kbpsまでの映像(いずれもフレームレートは5~15fps)と32kbpsのオーディオを伝送できる。LANモードの時は192k~1024kbpsの映像(フレームレートは5~30fps)と32k/64kbpsのオーディオを扱える。インカムは、MPEG4 HVXCコーデックで2kbpsだ。

安定した伝送を行うために、ネットワーク帯域状態に応じてフレームレートを自動的に判断して伝送を行う「最適レート制御機能」を持つ。さらに、送信側の子機をLANモードで使用する場合には、リアルタイムに損失パケットを再送する「パケット再送機能」や、ビデオ/オーディオにパリティデータを付加し欠損データを復元する「前方誤り訂正機能」も利用できる。

現場での利用方法は、ロケーションポーターのスイッチを入れ、カメラのコンポジット出力をロケーションポーター子機の映像入出力端子に接続して、映像送信のスタート/ストップを行う「Video」ボタンを押すだけで伝送が開始される。あらかじめ親機と子機を設定しておきさえすれば、回線接続後に自動的に相手を探し、子機から映像を送り始める。親機側では、映像入出力端子からはビデオ信号が出力されるので、その信号をテープデッキまたは編集機に入力すればよい。このビデオ/オーディオ出力とは別に、ヘッドセットを使用した双方向のインカム通話も実現している。

放送局・自治体向けでなく企業活動向け製品を

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現場では、カメラをつないで「Video」ボタンを押すだけ。1人で中継もできてしまう。ヘッドセットはインカム用。「Voice」ボタンを押すことで親機側と双方向でやり取りできる。ビデオ/オーディオ信号の伝送とは独立しているので、パケット削減のため、インカム通話でタイミングを取りながら必要な映像だけを伝送するといった使い方も可能だ。

現場では、カメラをつないで「Video」ボタンを押すだけ。1人で中継もできてしまう。ヘッドセットはインカム用。「Voice」ボタンを押すことで親機側と双方向でやり取りできる。ビデオ/オーディオ信号の伝送とは独立しているので、パケット削減のため、インカム通話でタイミングを取りながら必要な映像だけを伝送するといった使い方も可能だ。

ロケーションポーターは、Windowsエンベデッド製品とすることで、メンテナンス性と操作性を向上させている。ボタンを押すだけで伝送できるという手軽さは、気軽に現場に出かけて行って中継ができる大きなメリットだと言える。ソニーとしては、災害や事故が遭った時に、レポーターが現場に急行して中継を行うニュース映像や、現場で自治体職員が撮影した映像を本部で状況確認するための報告映像などに利用することを想定しているようだ。そのため、Windows OSを採用しながらもゼロスピンドル構造にすることで、ラフな取り扱いにも耐えるようにし、中継スタッフを最小限にしながら、トラブルなく伝送することを第一に考えて開発している。

価格はオープン価格とのことだが、放送局や自治体など、公共性の高いシーンでの使用を想定したためか、ソニー特約店を通じた市場推定販売価格は1台160万円前後になりそうだという。とはいえ、基本は2台セットでの運用になるし、1台を屋外で利用するためには、ショルダーストラップと専用リチウムイオンバッテリーを追加したうえで、NTTドコモとFOMA通信端末の契約をする必要もある。NTTドコモは、ストリーミング利用におけるパケット定額の契約条件はないため、パケット従量課金扱いだ。手軽な伝送システムでありながらも敷居は高い。せめて、割安感の出る価格で、2台セットのスターターセットとか、2台+ストラップ1本+バッテリー1個の中継スターターセットがあったらと思う。

筆者としては、このロケーションポーターを本当に必要としている分野には、放送局や自治体だけでなく、一般企業や教育機関でも求められるのではと考えている。一般企業で出張コストを抑えつつ現地サポート員と本社担当者のやり取りに使用したり、教育機関のサテライト授業や会議など、言葉のニュアンスで伝わらないものを映像で「ボタン1つで」中継したいケースは多いはずだ。しかし、2台で300万以上となると、一般企業や教育機関で何セットも購入してというわけにはいかなくなってしまう。ネットワーク設定の手間がかかっても、回線品質や映像クオリティに目をつぶっても、これまでの映像チャットで我慢せざるをえないということになりかねない。

手軽に扱える民生用AVCHDカメラが溢れている現在、変換した映像が4:3アスペクト比で352×240サイズの映像である必要があるのかという疑問も沸く。どうせなら、コンポジット入力以外にHDMI入出力を付けて、帯域幅の確保できるLANモードの場合に限りハイビジョンサイズも送れるというようにしたら、さらに使い勝手も向上し、利用シーンも増えたのではないだろうか。

ノンリニア編集製品も、量販店で手に入るソフトウェア製品を使用して、ディレクターやアシスタントが仮編集を行うことも一般的になった。これと同様に、一般企業でも扱える製品を、放送局や自治体でも活用できるようにしたほうが、活用の幅をひろげられたのではないか。これまでの中継機器の価格や、技術者を含め複数クルーが必要だったことを考えれば、コストパフォーマンスに優れ、1人でも中継できる機器となっていることは確かだ。だが、そんな「手軽さ」をウリにした製品であるからこそ、一般企業で気軽に導入を検討しやすい価格帯の製品でなかったことが残念でならないのである。

(秋山謙一)

WRITER PROFILE

秋山謙一

秋山謙一

映像業界紙記者、CG雑誌デスクを経て、2001年からフリージャーナリストとして活動中。