タイトルバック内 素材画像 (C)フジテレビジョン

フジテレビ開局50周年記念連続ドラマとして、2009年10月からフジテレビ系全国ネットで2クール連続放送中の『不毛地帯』(木曜22時~)。このドラマは、累計540万部突破を記録した山崎豊子原作の小説『不毛地帯』(新潮社)を連続ドラマ化したものだ。終戦後、11年の過酷なシベリア抑留の後に帰国し総合商社に入社した壹岐正というひとりの男が、戦争体験という過去との葛藤を抱えながら、ビジネスという戦場で悩み、挫折し、葛藤しながら次々に直面する難題に挑む生き様を、戦後復興の激動の高度成長時代を舞台に描いた作品。その物語はおよそ30年間にわたり、60年代、70年代の日本をはじめ、米国ではニューヨーク、デトロイト、そのほか中東諸国など、世界を舞台にしたスケールの大きな作品となっている。

この『不毛地帯』のプリプロダクション段階で、撮影用テクスチャの作成や、3DCGモデル用のテクスチャ作成と合成プレビューなど、Adobe Creative Suite製品がさまざまな領域で活用された。

長期連続ドラマ用にワークフローを再構築

新構築した制作フロー

画像提供(C)フジテレビジョン

3D制作チーム
●3Dモデリング(3ds Max)

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●テクスチャ UVマップ書き出し
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2D制作チーム
●テクスチャ作り込み(Photoshop Extended)
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3D制作チーム
●3DCGアニメーション作成(3ds Max)
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●実写素材とコンポジット(After Effects)
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●確認用のアニメーション出力(After Effects)

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「『不毛地帯』が、2クールの長期連続ドラマとして制作が決まったのが2009年春でした。終戦直後から始まり70年代までを描く各シーンに必要な風景は既に現存していないので、当時からかなりのCG制作が必要になるということは分かっていました。CGが必要なカット数は平均すると1話あたり50~100くらいでしょうか」

こう話すのは、『不毛地帯』でVFXスーパーバイザーを担当した冨士川祐輔氏だ。ある程度の期間をかけて製作していく映画とは異なり、テレビ番組の制作スケジュールは短い。冨士川氏は、クオリティを落とさずにいかに効率的に制作していくかを重視したワークフロー作りを第一に考えたそうだ。

「第1話こそ余裕をもってポストプロに1カ月ほどの期間をとりましたが、回が進むにつれて,予想通りタイトなスケジュールになっていきました。2009年12月に第10話が終わった段階では、収録後のポストプロ作業に1週間ほどしかかけられない状況になっていました。年末年始の特別番組が入ったため、第11話まで3週間ほど間隔が空いたので、多少改善はしましたが、終盤に向けてまた大変な状況になると思います。こうなることは想定していたので、3DCGと2Dを明確に棲み分けるようにワークフローを構築しました」(冨士川氏)

回数の多いドラマであることに配慮して、コンポジット段階の負担を減らして各回を短期間で効率よく制作することを検討し、2D制作、3D制作、コンポジットと完全に分業で制作する方法を採用した。これをうまく運用するために、撮影前段階から、カットに必要なマット画を写真ベースで2D制作するか、3DCGで制作するかを切り分け、プリプロダクション段階から2D/3Dの各チームで作り込んだ。さらに冨士川氏は、美術セットで窓外の風景も書き割りとして2D制作する方法も提案。遠景のコンポジットも出来るだけ減らし、書き割り収録で問題が出た部分だけを制作するようにした。

「ロケでどんなものを撮影してもバレ消し作業は必要になりますし、当時の風景はほとんど残っていないことが多いので、時代感を表現する風景などの追加は必ずあります。コンポジット部分については素材を組み合わせることに専念できるように、バレ消しは行っても、遠景などのマット画を描くという作業は一切行わないというように切り分けましたそのぶん、2Dチームには,遠景を書き替えなければならないような部分を作り込んでもらいました」(冨士川氏)


3DCGの合成プレビューにAfter Effectsを活用

3DCG制作は、3Dディレクター山田健介氏を中心とした3D制作チームで行った。今回新たにHP製Z800ワークステーションの64bit・RAM8GBの環境を導入。オートデスクの3ds MaxとMayaを使用して制作し、Adobe Creative Suite 4 Production Premiumに含まれるAdobe After Effects CS4を使用してコンポジット状態を確認した。山田氏は、64bit環境での作業について、次のように話した。

「制作したCGモデルで一番大きなものは、街のシーンで500万ポリゴンくらいですね。このモデルにテクスチャを張り込んでコンポジットしているので、32bit環境ではメモリが足りなくなってしまうんです。64bit環境にしたことでメモリを8GB搭載することができたことに加え、After Effects CS4はマルチコア対応でパラメータを詳細に設定できるようになり、レンダリングのスピードや品質が向上できました。RAMプレビューのレンダリング品質の設定はかなり活用しました」

書き割りや、3DCG用のテクスチャ素材の作り込み作業は、2Dディレクター三塚篤氏が率いる2D制作チームが担当した。2D制作チームは通常、番組のロゴデザインや番組キャラクターのデザインなど、テレビ番組におけるグラフィックデザインを主とするチームであり、今回、高解像度の書き割り制作やデジタルマットなど、コンポジット作業の一役として深くドラマ制作に関わることは、フジテレビとしても初のワークフローだった。

2D制作チームは、3D制作チームから3DCGモデル制作段階で使用したテクスチャのUVマップを受け取り、この素材を利用してテクスチャを作り込んでいった。この部分には、Mac環境でIllustretorと、Photoshopの上位バージョンであるPhotoshop Extendedを使用している。

「テクスチャの作成では、Photoshop Extendedの特徴である3Dオブジェクト読み込み機能に助けられました。作成したテクスチャを3Dオブジェクトに張り付けて確認するという作業を、Photoshopだけで行えるので、限られた制作時間の中で効果的な方法でした」(三塚氏)

今回は、建物だけでなく、戦闘機や都電、オート三輪など現在見ることができない乗り物などについても3DCGで再現する必要が生じた。これまでの番組制作では、描いたテクスチャを3DCGソフトウェア上でCGモデルに張り込んで確認し、3DCGクリエイターの指示を仰ぎながら修正するという作業が不可欠だった。これでは、2D制作チームと3D制作チームとのやり取りが増加し、確認作業に取られる時間も増えて効率が悪い。Photoshop上でテクスチャを張り込んで確認したことで、確認作業を2D制作チームだけで完結でき、制作スピードは大幅に改善したという。

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3D制作チームが3DCGモデルに使用したテクスチャのUVマップをベースに、2D制作チームがPhotoshop Extended上で3DCGモデルに張り込んで確認しながらテクスチャを作り込む。写真は、3D制作チームによる風景の3GCGモデル制作(左)と、2D制作チームによるPhotoshop Extendedを使用した戦闘機のテクスチャ制作(右)。

タイトルバック内 素材画像 (C)フジテレビジョン

幅10.8mの巨大な書き割り背景をPhotoshopで作成

2D制作チームが今回制作した最大のものは、美術セットの窓から見える風景の書き割りだ。東京やニューヨークなど、4セットを制作している。 「書き割りは幅10.8m×高さ4.5mという巨大なものです。解像度150dpiで制作したので64,000×27,000ピクセルにもなります。CS3以前のPhotoshopでは30,000ピクセルを越えるサイズに対応していないため、3分割して制作しています。それでも作業中は2GBを越えるメモリ領域が必要になってしまい、保存も30分近くかかるような状況でした」(三塚氏)

Sight_Finish.jpg

書き割りの最終出力は150dpi出力で行い、幅10.8m×高さ4.5mにもなる。(C)フジテレビジョン

今回のプロジェクトではPhotoshop CS3も利用していたことから、書き割りを3分割にして制作していた。Photoshop CS4だけの環境であれば、今回のような特大サイズであっても分割せずに制作できる。特に、64bit版のWindows環境では、4GBを超える広大なメモリ空間を有効活用して、より快適な環境で作業できるという。

Sight_Rendering.jpg

東京の風景は3D制作チームが基本ベースを3DCGで再現。これをもとに2D制作チームがブラッシュアップした。
(C)フジテレビジョン

書き割りは、美術セットの窓外にパネルで配置され、俳優の演技とともに収録された。制作は、まず当時の資料写真の収集から始まり、現存しない広い風景を再現する必要があった。そのため、時代が変化していく東京の風景は、3D制作チームが基本ベースの街並みを制作。その後2D制作チームがデジタルマットペイントでブラシュアップを行った。ニューヨークの書き割り制作については、現代の写真をベースにデジタルマットペイントを行い2D制作チームのみで完成させている。

この巨大な書き割りとともに、60年代、70年代を再現するカットに追加する看板も大量に制作する必要もあった。三塚氏は、制作よりも資料集めにも苦労したと話す。

「資料集めの段階では、国立図書館などの文献だけではなく、当時の風景を求めて日本各地を回って、テクスチャになりそうな素材を撮影して集めるといったこともしています。最終的にIllustratorで作成して、Photoshopで加工・修正を行う試行錯誤を繰り返しました」(三塚氏)

実際に制作してみると、「レトロフューチャーっぽい感じになって、かえって格好よくオシャレになってしまい、時代感が出せないといったことも」(冨士川氏)あったそうで、あえて古くさくしたり、逆にゴージャスにしたりと、演出意図に合わせて頻繁に確認しながらリファインしていったそうだ。

分業時のデータ移動を最少限にして効率化

冨士川氏は「横断歩道の両側に縦線が入っているとか、都電は走らせたほうがいいとか、映像で『昭和っぽく見えるものは何か』とずいぶん議論した」と話す。コンポジットでは時代感を演出することに専念できるよう、ルックや空気感は撮影段階で演出した。作業性を考慮して、HDCAMカムコーダー・1080/30pで収録。ロケではテープ収録し、湾岸スタジオではダイレクトにサーバ収録する方法を採用した。

「キーを抜くには都合が良いのでHDCAM SRでのデータ収録も検討しました。しかし、機材の台数や、マルチカメラのスイッチングに対応できなかったり、ロケの機動性などの問題もあって見送りました」(冨士川氏)

収録後は、CGが必要な部分のオフライン作業を優先。この作業と平行して、コピー素材を使用してCGアニメーション作成の準備をしていった。このCGアニメーションの準備段階で、アニメーションの仮コンポジット作業にAfter Effectsを活用したという。

「編集マンには、CG用のオフライン終了後は、尺が伸びたり、使いどころが変わったということがないようにして欲しいとリクエストしました。そこが変わると3DCGのレンダリング作業をし直さなければならないためです。After Effectsはフィニッシングにも活用できたと思います。ただ、今回は分業態勢でタイムスケジュールやクオリティをコントロールすることを重視したので、3DCGアニメーション作成時のコンポジット確認にとどめました。2D制作チームがPhotoshop上でテクスチャを3DCGモデルに張り付けて確認したのと同様に、3DCGチームでは3DCGアニメーションを確認する重要なツールとしてAfter Effectsを使いました。3DCG制作においても、仕上がった3DCGアニメーションをコンポジットチームに送って、その結果を見て作り込むというのでは時間がかかりますからね」(冨士川氏)

CGアニメーションを作り込んでいる間に、平行してドラマ全体のオフライン作業に入っていく。全体のオフライン編集が完了する頃には、3DCGアニメーションやテクスチャ素材も揃い、すぐにフィニッシングに移れるようになっている。こうしたスムースなワークフローが実現できたことは、プリプロダクション段階からPhotoshopやAfter Effectsによるプレビューを活用し、チーム間の確認作業を最少限にしたことが大きな要因になったようだ。

WRITER PROFILE

秋山謙一

秋山謙一

映像業界紙記者、CG雑誌デスクを経て、2001年からフリージャーナリストとして活動中。