…というわけでVol.1では、オリジナリティとバイタリティに溢れたJVCの皆さんが、いかにして世にもレア!かつエコ!な4Kシステムを思いつき、カタチにされたかについて、じっくりお話を伺いました。思えば「4K」に関しては、主にハリウッド発ハイエンド制作環境のニュースやレポートを読むことで、実は実態に触れたこともないくせに、すっかり “耳年増” になっていた私でした。今回の企画を通じて『とりあえず4Kこそ未来!と云ってみる』的妄想100%の切ない状態から脱却できたことに感謝しております。

というわけでVol.2は「実践篇」として、GY-HMQ10をお借りしていた1ヶ月のあいだに気がついたこと、作ったものについて、少しばかりご報告してみたいと思います。

片手で気軽に4K撮影

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このレポートを書いている今は、道を歩けば町中そこかしこから金木犀の香りが漂う10月です。ですが、ボクがGY-HMQ10を試用させて頂いたのは、実は今を遡ること4ヵ月も前の、6月中旬のことでした。もうすぐ梅雨入りという微妙な時期、朝からポッカリと晴れた日に届いたHMQ10は、以前使っていたHM100を一回り大きくしたくらいの小さなカメラ。バッテリー込み重量は1.62kgと、小さい割にズッシリしてはいるものの、トップハンドルもついた取り回しの良い安心の筐体デザイン。これなら例えばステディ撮影時にも、ジャケットや大がかりなアームはなしで、Merlinクラスの小型スタビライザーで充分なんじゃないだろうか?

というわけで、天気も良かったので、Steadicam Merlinならぬ、台湾のSkier社製ActingCam(2万円くらいの軽量スタビライザー)にHMQ10を載せて、近所の公園へ。する〜っと30分ほど誰もいない園内を歩いて来た時の映像がこちら。

4K解像度版も、YouTubeにアップロードしてみました。もし4KモニタでYouTubeを視聴できる環境にあれば、こちらを「再生」し、右下のギアの形をしたメニューから「オリジナル」を選択してください。4Kデータが再生される筈です(…が、そういう視聴環境がないもので未検証です。スミマセン)。

まぁ想像していた通りなのですが、余りにもあっけなく4K映像が収録できてしまい、拍子抜けもいいところ。問題は、こうして撮ってきた4Kの絵を、4K解像度で確認する術が身近にないことだったりするワケですが、これに関しては後述することとしましょう。

さて、高精細、高解像度、パンフォーカスで何を撮る?

さて、限りなく簡単に4K収録ができることはわかりました。HMQ10に内蔵されたセンサーは小さな小さな1/2.3型なので、少なくとも晴れた日に戸外で撮影するぶんには、レンズをどちらに向けてもほとんどパンフォーカスの簡単運用。またVol.1でもちょっと触れた通り、残念ながらHMQ10の絞りは「虹彩絞り」ではないので、ボケ味を楽しむのは少々キビシイ。

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それでは、広大な4K解像度+パンフォーカスが売りのこのカメラで、さぁ!果たしてなにを撮るか?

…と考えたのですが、しかしボクには被写体やシチュエーションがなんにも思い浮かばないのでした。いや真面目な話、4Kキャンバスに相応しい絵って、例えばなんでしょう?摩天楼の空撮とか、野球の試合の俯瞰絵とか、グランドキャニオンの景観撮影とかでしょうか?(←ありきたり?)あるいはそれら広い空間描写の反対で、寄りに寄った医療映像や大自然の驚異をマクロで見せるドキュメンタリー?(←これまた、ありふれてる?)

と考えると、先日、成層圏からフリーフォールした凄いオーストラリア人がいましたが、あの人のPOV映像なんかは4Kで見てみたいかも? そう。GoProを始めとしたいわゆるアクションカムの台頭に伴い、サーファーでもない僕らが波頭(パイプライン)の内側に拡がる禅空間や、あるいは宙を舞っている最中のダートバイクを繰るライダーの視界を体感できるようになりました。そうしたエクストリーム系スポーツのPOVをはじめ、ただカメラを向けた先に息を飲む風景、光景、情景が目の前に拡がるシチュエーションには、高精細、高解像度、パンフォーカスが相応しい気がします。

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逆に人物の顔のアップが連続するメロドラマや、報道番組、お笑い番組をはじめ一般的なTVのプログラムは、生っぽくなり過ぎるので、敢えて4Kでは撮らない方が良いような気もします。そう考えると、HMQ10のような「道具」が先にできてしまうのは我らが文明の常として、これから本格的な4K時代を迎えるにあたり、我々作り手側は、まず “4Kならではの満足感” を満たす絵ってなに?というところから始める必要があるのかも知れません。

古巣の “一眼動画” 的表現に戻ってみたら…

と、そんな心の準備もできていない状態のままHMQ10を手渡されてしまったボクは、姑息にも上述の「4Kならでは」を沈思黙考し自分なりの指針を示す代わりに、さっさと “古巣” に戻る道を選びました(爆)。HMQ10を開発されたJVC様としては全く想定外の利用法だろうなぁ…とは思いつつ、引っぱり出してきたるは “DoFアダプター” です。

さて。PRONEWSのコラムなどというマニアックなもの(?)を読んでおられる紳士・淑女の皆様におかれましては、DoFアダプターがなんたるか?くらいの事は先刻ご承知のことと思われます… が、ひょっとすると知らない方もおられるやも知れませんので、以下ザッと簡単に解説させて頂きます。

DoFアダプターの “DoF” とは「Depth of Field」の略、つまりは「被写界深度」のことで、それにアダプターなる語が付加されることで、「被写界深度の浅い映像を収録するための装置」といった意味になります。被写界深度の浅い映像、これ即ち画面上の特定の部分にのみ合焦し、その他の部分がボケている絵のことで、こうすることで観賞者の視点を見せたいものにフォーカスさせることが可能となります。

被写界深度の浅い写真
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こうした表現を「DoF表現」とか「深度表現」などと称するわけですが、被写界深度の浅い絵を得るためには幾つかの条件を満たさねばなりません。

  1. ラージセンサー搭載カメラを使う!(➡ センサーが小さいとボケない)
  2. 85mmなど、中望遠以上のレンズで撮る!(➡ 広角になるほどボケない)
  3. f/1.4など、開放F値が低いレンズを使う!(➡ f/値が高いレンズほどボケない)
  4. F1.4など、絞りを開けて撮る!(➡ 絞り込むとボケない)

21世紀の幕開けの頃を境に、ビデオカメラには「シネライク・ガンマ」や「24fps収録」といった “映画のような” 映像を撮るための機能が続々と追加されていきます。ですが、ビデオカメラに内蔵されたセンサーは依然として豆粒のように小さく、上の条件(1)を満たせないために深度をコントロールすることが難しく、”映画のような” ボケを利用した表現は適いませんでした。

そこに鳴り物入りで登場したのが「DoFアダプター」です。

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DoFアダプターの原理は極めてシンプルかつ… 乱暴なものです(笑)。ビデオのレンズとセンサーを使うと問答無用で画面内のすべてにフォーカスが合った、いわゆる「パンフォーカスの絵」しか撮れない。ならば、一眼レフカメラ用のレンズでボケを含んだ絵を作り、それをビデオカメラの光学系で撮影すればいいんじゃね?という。

なんとも強引な発想ではあるものの、すこぶる効果的!ということで、一時は世界中にDoFアダプターメーカーが2ダース以上も乱立し、またDIYで自作する人が溢れ返ったDoFアダプター市場でしたが、これはEOS 5D MarkIIによる “一眼動画革命” 以降、急速に… 本当にドンドンバタバタと終息していきました。ただし、Redrock Micro(米)やLetus(米)、Cinevate(加)やShoot35(英)、あるいはEdelkrone(トルコ)など、この頃、DoFアダプターのメーカーとしてスタートし、今では誰でも知ってる動画撮影用リグメーカーへと成長した企業も少なくありません。

今回、バチ当たりにもHMQ10に付けるべく引っぱり出してきたのは、米・Letus社のDoFアダプター・ラインナップ中、一番小さくて一番安いLetus35 Miniというモデルです。

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久しぶりに製品ページを開いてみたら、おぉ〜、まだありました!でも、今やすっかり投げ売り状態。ボクが使っていた当時、たしか$999くらいしていたLetus Miniは、その後いったん$699に値下げされたところまでは知っていましたが、現在ではさらに下がって$419.40(約¥33,000)とのこと(ちょっと淋しい)。

Letus Adapters

で、4KカメラであるHMQ10にこれを付けて撮影してみたんですが、これがアータ、想像以上にイケるんです。すっかり嬉しくなってしまいました。

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DoFアダプターはその構造上、カメラの光学系に “余計なレンズ” を幾重にもわたって追加することになるわけで、どんなに頑張っても独特の「ゆるい」あるいは「甘い」絵になるものです(それが「味」でもあるのですが)。ところが、そのゆるく甘い絵をHMQ10の4Kで収録し、編集時にフルHDサイズにリサイズするとあ〜ら不思議。キリッと締まったとても端正な絵になるのでした。作例を2つご用意しましたので、ぜひフルスクリーンにして(もしくはVimeoページからオリジナルデータをダウンロードして)ご鑑賞ください。

DoFアダプタを付けて撮影した映像らしからぬ、一見してシャープな解像感。被写体の質感、奥行きと立体感、収録される色彩もあとからグレーディングしやすいとても好ましいもので、大満足。その上、なにしろ収録自体はビデオカメラのエンジンですから、一眼動画のようなエイリアシングやモアレの心配もありませんしね(笑)。

2012年、4K編集の現況

次に、2012年秋現在、4K映像制作の鬼門となっている編集/視聴環境について一言。HMQ10で収録できる4K映像データのスペックは、3840×2160、60p/50p/24p、VBR、Max約144Mbps、MPEG-4 AVC/H.264となっていて、タテヨコの画素数はフルHDのちょうど4倍。4Kは4Kでも、米では “Quad HD” と呼ばれている放送規格のほうの4Kであり、劇場公開用、DCP(Digital Cinema Projection)規格の4K(4096x2160)ではありません。

HMQ10はフルHD×4ストリーム分のデータを、4枚のSDカードにMPEG-4 AVC/H.264形式で記録しています。撮影から帰ってきたら、まず最初にやることは「JVC 4K Clip Manager」という付属ソフトを使って、この4ストリームの映像データをマージ(統合)して1本のProResデータに変換することです。実時間の1.5倍くらい、かな。多少時間はかかりますが、EOS動画以来、『映像データにトランスコードはつきもの!』という作法が身にしみていますからね。頭にくるほどではありません(笑)。

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ココから先の編集が普通にできるかどうか?は、転送レートの早いHDD(RAIDもしくはSSD)とVRAMを沢山積んだGPU(グラフィックカード)を持っているかどうか?にダイレクトに依存するようです。

実はちょうどHMQ10がやって来た6月中旬、ボクの愛機であるMacPro(Early 2009)に内蔵していたATI Radeon5870(VRAM1.5GB)が故障してしまいました。仕方なく一時的に非力なNVIDIA GT120(VRAM512MB)でしのいでいたのですが、驚いたことに、この状態ではFinal Cut Pro Xで単純なカット編集すらできませんでした。プレイバック・ボタンをクリックしても、数秒動いただけで止まってしまうのです。

その後、RAID(スループット200MB/秒)からSSD(同400MB/秒)に換え、またGT120から同じNVIDIAのQuadro FX 4800(VRAM 1.8GB)に換装したところ、普通に編集できるようになり、「なななんと現金なっ!」と、もう一度驚いたのでした。

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ボクは物心ついてからこのかた(?)Macしか使ったことがないのですが、このあたり、使用マシンがiMacやMacBookProであれば、超高速なThunderboltやUSB 3.0接続のHDDが使えるので便利ですが、(高価なSASを別にすれば)eSATAが限界なMacProユーザーには辛いところです(泣)。

ただ、カット編集などは問題なく実行できるものの、フィルタ処理ではさすがに面積比4倍の4Kデータです。レンダリングに時間がかかって、かかって、挙げ句の果てに「メモリ不足」などとエラーが出てレンダリングが止まってしまうなど、全く実用的とは云えませんでした。

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またモニタリングも大問題です。ボクはもちろん4Kモニタなんぞ持っておりませんから、全体を等倍で確認することができません。縮小して全体を見るか?はたまた原寸でスクロールしながら確認するか?という二択になってしまいます。

この辺りはGPUの更なる高速化(Open CL、OpenGLの進化、VRAMやCUDAコアの高容量化)と4Kモニタの普及によって、将来的には普通の環境が構築できるようになるのでしょうが、まだ5年くらいは先の話といったところでしょうか。

総論

というわけで、4KカメラHMQ10を1ヶ月にわたって試用させて頂いたものの、ボクにできること、書けることはちゃんとしたプロダクション・レベルの話ではなく、あくまでも『ワンマン・オペレーションの映像系個人事業主が、2012年現在の技術的状況下で4Kカメラを使ったら?』という話に終始してしまいました。誠にあいすみません。

でも実際のところ、まだまだ4Kコンテンツを作って欲しいといった仕事や依頼、プロジェクトなど皆無ですし、民生用4Kモニタも実質的にまだ一機種しか市場に出回っていない2012年秋です。

というか、そもそも4K収録できるカメラにしてからが… 地平線の向こうにはSONY NEX-FS700やらCanon EOS C500、EOS-1D C、あるいはつい先日発表されたSONY PMW-F5、PMW-F55などがチラチラと見えてきてはいるものの、すでに市場投入済みかつ実際に稼働しているのは、REDとF65と、そしてこのGY-HMQ10があるに過ぎません(って並べて書くと、色々な意味ですごいトリオだ!)。

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そういう段階の今、もちろん色々と制約があるとはいえ、この値段で、しかも(その辺のコンビニでも売っている)SDカード4枚に4Kの映像データを収録できるカメラを作ってしまったのは、やはりJVC様のフロンティア精神溢れる偉業と言って良いのではないでしょうか。

「手持ちで4Kが撮れる」「汎用のSDカードでOK」「値段が手頃」といった美点を継承しつつ、ぜひ後継モデルでは、センサーを少し大きく、レンズ交換式にして、ビューファーあるいはモニターの解像度を少し上げて頂ければ…(笑)。

WRITER PROFILE

raitank

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raitank blogが業界で話題になったのも今は昔。現在は横浜・札幌・名古屋を往来する宇宙開発系技術研究所所長。