世界でたったひとつの「メディア芸術」祭

今年も2月、2週間にわたり六本木の国立新美術館で開催された文化庁メディア芸術祭。回を重ねる毎に入場者数が増える中、今年は約5万5千人もの人々が会場を訪れ、メディア芸術祭賞から選ばれた今年度(2008年度)を代表するメディア芸術作品と親しんだ。

12年目を迎え、今やメディアアートのみならずコンテンツ界全体の注目の的となっている文化庁メディア芸術祭。実はそれが日本独自のものであるということを知る人は少ない。

11.jpg
文化庁メディア芸術祭受賞者勢ぞろい

「メディア芸術」とは日本にのみ存在する「芸術」領域をさす言葉である。 「メディア芸術」の基本は、日本における国の政策としての文化芸術の振興の基礎となる、文化芸術振興基本法によって定義づけられている。この法律において「メディア芸術」は第九条として「国は、映画、漫画、アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術(以下「メディア芸術」という。)の振興を図るため、メディア芸術の製作、上映等への支援その他の必要な施策を講ずるものとする」と定義されており、いわゆる今までの芸術分野とは別に特にひとつのジャンルとして、条をさいた特別な振興の対象(八条は「芸術の振興」)として規定されている。 メディア芸術祭とは、まさに日本において新たに重要とされる「メディア芸術」を振興するための国によるフラッグシップのフェスティバルなのである。

このように国としてメディア芸術を重要視し、国民に対して優秀なメディア芸術の作品を見せる展覧会を毎年開催したり、優秀な作品を広く募り顕彰するコンテストを開催する国は日本だけである。

「メディア芸術」の存在は日本のみ

「メディア芸術」を英語に訳した場合、公式には “Media Arts”と訳される。「メディア芸術」≠「メディアアート」(Media Art)なのである。「メディアアート」が、メディア技術を用いた芸術表現のジャンルである一方で、「メディア芸術」は「メディアアート」のみならず、映画やアニメーションそれにコンピュータゲームや漫画といった、20世紀のメディアの発展とそのメディアを活用する庶民の生活文化の発展から生まれた新たな表現領域全体を指すものである。すなわちメディア芸術とは、権力や富、圧倒的な宗教によって支えられて育まれてきたアートではない、庶民の支持から生まれてきた日本らしい芸術分野を新たにジャンルとして確立したものであるということができるであろう。

まさに国をあげて「メディア芸術」というほかの国にはない、ユニークなジャンルを顕彰するコンテストであるということは、世界のメディアアートの世界でのとらわれ方からもみてとれる、つい最近まで、欧米のメディアアーティストたちが「メディア芸術祭賞」のことを主催者であり、事務局を運営している、CG-ARTS協会の名前をもとに”CG-ARTS Contest”と俗称されていた。

この世界にたった一つの国による「メディア芸術」祭、その構成作品は年に一度、世界に対してオープンに公募するメディア芸術祭賞のコンテストから選ばれたトップ以下の優秀な作品からのものである。このメディア芸術祭賞の作品ジャンルが「アート」と「エンターテインメント」に大別されていること、それも応募者が「アート」なのか「エンターテインメント」であるかを自身で見極めて応募することこそ、このメディア芸術が日本の文明に立脚した存在であるという特徴ととることができる。アート部門がいわゆるメディアアートの視点による「アートワールド」として評価されるものを目指そうとしているのに対して、エンターテインメント部門は文化としてのエンターテイメント性を評価しているのだ。いわば売れたもの、ヒットしたものを、エンターテインメントとして評価するのではなく、優良というお行儀のいいものではなく、優秀なエンターテインメントとその作り手を国のバックアップのもと評価するのがメディア芸術祭なのだ。

過去においてPTAが見せたくないお行儀の悪いアニメであった「クレヨンしんちゃん」の映画版がアニメーション部門で大賞を受賞するとともに「大人が泣けるクレヨンしんちゃん」として定着したように、また受賞した何人もの漫画家が「初めて仕事を実家に誇れた」と感激するのが「メディア芸術祭」のチカラなのである。アニメーション作家で、新しく横浜に生まれた東京藝術大学のアニメーション専攻の大学院の教授でもある伊藤有壱氏によると、売れるコンテンツの尺度の中で日本では肩身が狭かったアートアニメーションの世界が文化庁メディア芸術祭として評価されることで、多くの人々に価値のあるものとして触れられるようになり、今のように注目される存在となる一助になっているという。

今年のエンターテイメント部門の大賞は、岩井俊雄氏とヤマハによる「テノリオン」が獲得

今年のエンターテイメント部門の大賞がメディアアーティストの岩井俊雄氏とヤマハによる全く新しい電子楽器「テノリオン」が獲得し、一方で優秀賞として”Wii Fit”が選ばれたことはまさに「コンテンツ」とは異なる「メディア芸術」の価値を世に広げるかたちのひとつと見て取ることができる。

21.jpg
エンタテインメント部門大賞作の楽器「TENORI-ON」もみんなが演奏できるように展示

EUやシンガポールや韓国など世界の先進国や地域が、オーディオ・ビジュアルとコンピュータから生まれた新たな表現に可能性を求め、それぞれのかたちで振興策に取り組む現在にあって、日本の「メディア芸術」振興は異彩を放つユニークな存在である。多くの国は文化やビジネスに必要な新たな表現分野として助成金を中心とする援助を中心とする中で、日本は「メディア芸術」として、今まで陽のあたらなかった分野、ややもすればビジネスとして使い捨てになってしまう分野を大切な文化として底上げし続ける取り組みを独自に行なっているのである。

メディアアートとしての「メディア芸術祭」と考えてしまう場合、その普遍性におけるカウンターを世界各地の同じ分野のイベントと対比することも多い。特に、米国そして新たにアジアでも開催されることになったコンピュータグラフィック分野の学術発表会である”Siggraph”や、オーストリアの地方都市が開催している国際電子芸術祭の「アルスエレクトロニカ」と対比されることが多い。これらのイベントは、専門家の狭い世界や地域に開かれたものであり、「メディア芸術」の素晴らしさをソフトパワーとして国全体に広げようとする「文化庁メディア芸術祭」は、結局、世界でたった一つのユニークな祭典なのだ。

このユニークな「文化庁メディア芸術祭」の世界は、会期中だけでなく、WEBサイトで過去に遡る豊富なリソースで体験することができる。是非ともアクセス=「文化庁メディア芸術プラザ

追記

41.jpg
美術館ですがケータイをオンにして「ぎょろる」(エンタテイメント部門奨励賞)を釣ってみましょう

文化庁メディア芸術祭で私が嬉しくなる瞬間。それはこの年に私がキュレーティングしたり見出した作品が選に入るということ。作家とともに歩むささやかな努力がより顕在化し楽しく広がるその瞬間。そんな今年の成果は、Web制作集団「バスキュール」による、デジタルサイネージによるインタラクティブの可能性をみせてくれた作品「ぎょろる」が、エンターテイメント部門の奨励賞を受賞したことだ。

写真提供=文化庁メディア芸術祭実行委員会

写真提供=文化庁メディア芸術祭実行委員会

WRITER PROFILE

岡田智博

岡田智博

クリエイティブクラスター代表。メディアアートと先端デザインを用いたコンテンツ開発を手がけるスーパー裏方。