埼玉県深谷市。「深谷ねぎ」で有名な埼玉県の一地方都市ですが、ここに以前から、多くの映画ファンに愛され、また著名な映画監督など多くの映画関係者たちが注目している映画館があります。それが今回ご紹介する、「深谷シネマ」です。

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現在は埼玉県内の市民のミニシアターと街の映画館を応援するNPO「埼玉映画ネットワーク」の理事も務められている竹石研二館長

1999年、現館長の竹石研二氏が「町には必ず映画館があるべき!」との想いから、市民のための映画館をつくるために仲間を募り、「県北にミニシアターを!市民の会」を発足。市民から賛同署名を集めて深谷市と話し合い、常設映画館の設立に向けて活動を続けてきました。そして2000年1月、第1回市民映画会として「のど自慢」を深谷市民文化会館で上映したのを皮切りに、ホール上映、野外上映などを行いました。その後、深谷商店街の店舗の一部を借りて「フクノヤ劇場」を開館、その後もNPO申請や深谷市TMO構想(市街地活性化構想)に参加して、常設館としての準備を進められてきました。


2002年1月、深谷市より正式にTMO構想が認定され、映画館の常設が決定。同年7月27日、旧さくら銀行跡地を改装し、最初の「深谷シネマ」が開館しました。 その後2010年4月より、300年の歴史を持つ酒蔵であった現在の「七ッ梅酒造跡地」をリノベーションしてここに移設、現在の「深谷シネマ」として深谷の街と人々の暮らしに根付いて運営されています。

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地元で300年続いた酒蔵「七ッ梅酒蔵」の跡地をリノベーションされた「深谷シネマ」さんの趣きのある外観

市民に愛される映画を上映する…極めてベーシックなポリシーから選ばれた珠玉のフィルムたちは、これまでも多くの深谷市民の心をとらえてきました。しかしそんな「深谷シネマ」さんにもどうしても時代の変調とともに大きな変化を余儀なくされます。それは映画上映のデジタル化です。時代の変化によって新作のほぼ全てがDCPファイルによるデジタルデータ供給になってきています。フィルム衰退の波はここ「深谷シネマ」さんにも影を落とし始めました。そこで、この2013年夏、DCP機材を設置し、新たな深谷シネマのストーリーが始まったのです。

市民活動と映画館

「深谷シネマ」さんはNPO=特定非営利活動法人『市民シアター・エフ』が運営しており、こうした形式での映画館運営はおそらく日本で初という形式かと思われます。このNPO団体の理事長であり、館長の竹石研二氏にお話をお伺いしました。

ここに映画館をつくろうと思われた理由について

竹石氏: 以前、生協で働いていたときこの深谷を一時離れていました。離れてみて気づいたことが自分が深谷を愛していて、深谷のために何かしたいと思ったのです。私は以前、日活の児童映画というところで映画関連の仕事をしていたこともあり、映画館を作ろうという意識が芽生えました。当時の深谷市にはすでに映画館はなく、いまから40年以上前になくなっていました。 映画館を作るとなると人口比率に対する集客数といったことが取り沙汰されることが多いのですが、当時の深谷市の人口は10万人でしたが、結果として小さな町でもこういう映画館ができることは証明できたかと思います。

現在、隣りの熊谷市までいけばシネコンはありますが高齢者の方には遠いですし、上映作品も商業映画が中心です。我々はやはりそことは違うドキュメンタリーや日本の古い映画などを掛けることで棲み分けをして、シネコンとも共存して色んな映画作品が観られるという環境が理想だと考えています。

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定員は60席。上映前には必ず係員の挨拶もある。後方には小さい子供づれのお客様でも周囲に迷惑がかからないような消音ボックス席が設けられているという気遣いも嬉しい

定員60名、週一回火曜日が定休日の「深谷シネマ」さんですが、実際の映画を観て感じる一番の良さは、やはり昔の映画館にはあったような、映画の作り手と観客をつないでくれるという、本来の映画館のあるべき姿が再現されていることだと感じます。

竹石氏:シネコンですと、誰がこの映画を作ろうと思い、どんな人がこの映画を皆さんに観せたいと思い、また観に来た人もそれがどんな映画だったかを話すといった、映画を通じてのコミュニケーションが出来る環境はありません。どこか数字だけを追いかけている風潮も見受けられます。「深谷シネマ」では最初に受付での“おはようございます”から始まって、映画を観たあとにもどんな映画だったかを会話できるような雰囲気もあり、映画について語ったり、知ったりする、そんな映画館を目指してきました。

NIPPON_vol3_06.jpg シアター横の廊下には、ロードショー映画のアンケート結果が細かく掲示され、映画の人気や情報が見て取れる。これを元に以降の上映作品が選ばれる
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わざわざ映画館に来る価値観とは何なのか?そこを求めて常に観客の立場にたって映画を選考されているのですが、上映作品の選考方法も実にユニークです。

竹石氏: 今は映画もレンタルだったりネットだったりと様々な観賞方法があります。その中でわざわざ映画館に足を運んで頂くという、価値感を我々も常に考えていく必要があると思っています。その考え方の一つして、我々は上映する映画を選考する際に、ロードショー公開時に我々のスタッフが実際にその映画を観て評価をしたアンケートを元に上映作品を選んでいます。「深谷シネマ」では料金が1000円均一で、昔でいうところの2番館3番館なので、ロードショー公開時には作品上映できません。

逆にその時間差のメリットとしてロードショー時に前もって作品を観て、その評判などの情報をアンケートから知ることができます。そこから月1回のNPOの理事会で検討して上映作品を決めるという方法で行っています。こうすることでロードショー時に見逃してしまった方も観られますし、あまり拡大公開されなかった名画を観ることもできるのです。その他にも昔の日本の名作やドキュメンタリー作品なども上映しています。

NPOでの映画館運営という点においては、深谷市民の大きな助力があるようです。

竹石氏: 正職員は私を含めた映写技師などの3名とパートさん1名のみで、そのほかのスタッフは約15名ほどのボランティアの方が様々な形で手伝ってくれています。市民の映画館として、深谷市の様々な方の助力によって運営されています。

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2台のフィルム映写機の間には、今夏に新たに設置されたデジタルプロジェクターがある

今夏に導入されたデジタルプロジェクターも、実はNPOならでは方法で導入が実現したのです。また今後も過去の名作をフィルム上映することも平行して上映されていくそうです。

竹石氏: 今夏8月30日にデジタルプロジェクターを導入し、デジタルでの作品上映も開始しました。今回の導入は「深谷シネマ」が独自で導入したわけではなく「コミュニティ再生補助事業」として商店街がこのプロジェクターを購入して、それを映画館がレンタルするカタチで導入されました。この「深谷シネマ」には年間で2万5千人〜3万人のお客様がみえられます。これはすなわちこの商店街にこの人数の方が来られるということでもあります。このコミュニティを活性化する目的で、最新映画の上映を提供する環境を整えるという目的の活性化事業として導入することが出来ました。ただし今後もフィルムの上映も平行して続けて行きたいと考えていて、フィルムの映写機も2台残してあります。

いまだ多くの映画資産はフィルムです。シネコンさんはすでにフィルムの映写機を撤去してしまっていますが、これまでのフィルムの恩恵を考えると、デジタルの機材が入ってもフィルムの映写機をなくすことは、僕にはできません。いつかまたフィルム上映の価値がきっと見直されます。

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シアターに隣接する「シネマかふぇ 七ッ梅結房」では、上映作品に関わるメニューを毎回創作して提供

「深谷シネマ」さんでは上映後のお楽しみとして、上映後に映画館と隣接した「シネマかふぇ 七ッ梅結房」さんで、そのときに上映している作品に関係した食事などが味わえます。店内には上映作品の監督さんなども多く来店しており、その上映期間中は映画の空気感などを施設全体で味わえる雰囲気作りが自然と出来上がっているのも、この「深谷シネマ」さんの大きな魅力となっています。こうした映画にまつわる環境を含めて映画館を中心としたコミュニティの活性化は、今後の地方都市のより良きお手本となるのではないでしょうか?

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取材時は「体脂肪計タニタの社員食堂」とコラボ。名物マスターの戸坂さんが実際にタニタの社員食堂でレシピを学んだという映画にも登場する低カロリーメニューが提供されていた

最後に…竹石館長に映画の現状と町の映画館のあり方についてお聞きしました。

竹石氏: シネコンなどの隆盛も含めて、いまの映画の情勢はよりデジタル化になったことでアメリカ型の仕組みに飲み込まれていますが、ハリウッド映画以外でも日本映画やドキュメンタリー、他のアジア圏の映画など、より多様な映画を観て行くことが必要だと考えています。こうした映画を観られる環境として街の映画館は大切な存在なのです。

私はひとつの街には必ず1つの映画館が必要だと考えています。現在、埼玉県でも皆大きな都市のシネコンに集中してしまっていて、映画館のない都市が約7割です。しかし町のスタンダードとして、1つの街に必ず1つは街の映画館があるべきで、こうした考えの元、個々の街に映画館を復活させようとという動きが各地でも次第に広まってきています。街の文化コミュニティを活性化する中心的存在として『映画館は街の必需品』だと思うのです。

WRITER PROFILE

ViewingLab

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未来の映像体験を考える有志の研究会。映画配給会社、映像作家、TV局員と会員は多岐に渡る