クリエーターズカメラについてもう一度語ろう

映像クリエーターの目となり手足となるカメラという道具が、突き詰めればレンズとセンサーだという意見が最近よく聞かれる。これは今後、映像の非圧縮収録が一般化していくようであれば、更に大きな声になっていくだろう。レンズから入って来る光をそのまま記録して、あとは編集室で整えるという考え。これはとても合理的で、設備の整った(特にモニター環境)場所で理想の画調を作り込んでゆくというのは最も安全な考えだと言わざるを得ない。報道や記録、何より確実性とスピードを重視する職人達の仕事に於いてはその合理性と安全性が最も優先されるべき物だと言う事も理解できる。ただ私は映像クリエーターの立場からその流れにあえて危険性を指摘したい。

そもそもアートという物に合理性、安全性という基準は似つかわしくない。むしろ冒険が求められている。同じ道具を使う職人技とアート。それぞれ無くてはならない物ではあるが、お互いの基準を混同してはいけないと思う。「映像は編集室で作ってるんじゃない、現場で作ってるんだ!」としか叫べない、合理的理論武装にめっぽう弱いクリエーターの立場に立って、前回に引き続き”クリエーターズカメラ”について語ってみたい。

画調を作り込んでおく必要性とは?

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前回から紹介しているSONY NEX-FS100というカメラを引き続き引き合いに出すが、最初に言っておくと、”カメラはレンズとセンサー”という考え方にも充分応えられる物である事は前回にも紹介した。繰り返しになるが、SONYのEマウントというのはその短いフランジバックの特性から、レンズはほぼ限りなく自由に選ぶ事ができるし、センサーも動画専用に設計された非常に高性能な物だ。記録機器さえあればHDMI経由で非圧縮収録も可能だ。それを実行する人には関係のない話だが、カメラ本体でメディアに収録しようとした場合には、いまのところどのビデオカメラでも何らかの圧縮が必要だ。

家庭に普及したハイビジョンテレビに限って言えば今の圧縮技術は十分視聴者の期待に応えられる物だろうから心配はないのだが、編集室のプロ達が非圧縮にこだわるのには訳がある。それは色やトーン、又はエフェクト処理等を行う際、圧縮された映像データはとたんに弱点をさらけ出す事が多い。それが最も顕著に現れるのがグラデーション階調だろう。色味を少し触っただけでグラデーションが破綻し、予想もしない縞模様になってしまう事もある。だから圧縮して記録する前にできるだけの画調を作り込んでおく事が必要になるのだ。それが出来るのはカメラのパラメーターに他ならない。

逆に言うとその段階に画作りの為にどれだけのパラメーターが用意されているかがカメラの大きな価値となる。余談だが、静止画用に作られたデジタル一眼にはそのパラメーターが豊富に用意されているとは言い難い。なぜなら、静止画であればRAWという形で容易に非圧縮で記録する事が可能であり、ある一定以上の画作りをしたいカメラマンはRAWで撮って帰るというのが一般的になっているからだ。そういった弱点を補うべく、Canon EOS用にtechnicolor社がリリースしたCineStyleというピクチャープロファイルが話題になっているが、これは編集段階での色作りに於いても圧縮されたデータが破綻しないようにコントロールして収録する為の物だ。これは確かに合理的で安全な物であるが、収録時にはとても淡白な色合いになる。実はここにもう一つの問題があると私は考えている。

メンタリティに直接影響を与える画調

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撮影現場で見る画調という物はクリエーターのメンタリティに直接影響を与えるという事を忘れてはいけない。それはカメラマンや監督に限らず、カットの合間にモニターを覗き込む役者達の演技にも少なからず影響を与える物なのだ。もちろん、フィルム映画の時代には考えられない事ではあるが、現場で撮影中、あるいは確認中に画調から感じとれる作品性というのは、今のビデオでの収録現場では大きなメリットとなっている。クリエーター達が撮影現場で「きれいだなぁ!」とか「渋いなぁ!」とか感じるチャンスをみすみす逃す事はできない。カメラマンのカメラワークにほんの少しの優しさが生まれたり、役者のアクションに緊張感が付け加えられたり…そんなほんの少しの変化は、彼らがその作品の為に作られた画調によってもたらされる物だ。「それは後でスタジオでやるから」「その方が安全だから」といってしまえばそれまでだが、クリエーターたるもの、そのメンタリティを犠牲にしてまで、合理性を優先させるべきではないのだ。

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SONY NEX-FS100はその画作りにとことん応えてくれるパラメーターを持った正真正銘 のビデオカメラだと言える。特にガンマの調整に関するパラメーターは豊富で、ホワイトだけでなくブラックに関しても事細かに調整できる。もちろんそれらは今までの高級業務用ビデオカメラにも搭載されていたものだが、そこにクラシックレンズまでも守備範囲に加えて、好きな画調を選べる事と、動画専用大型センサーによる今までにない低ノイズと浅い被写界深度といった表現力を持つという事になると、その可能性は無限大に広がってゆくはずだ。

それはPMW-F3でも同じ事は言えるが、これだけの可能性を思い通りに操ろうとすればマイカメラとして所有し、経験を重ねていくしかないだろう。そういう意味ではこの価格帯で発売された事には大きな意味があるのだ。まだまだ改良の余地はある事も事実だが、これがクリエーターズカメラの新基準になる事は間違いないと思う。

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。