最終回が迫る「龍馬伝」。その斬新な演出方法とは?

人気アーティストの福山雅治主演で今年話題のNHK大河ドラマ「龍馬伝」。これまで我々の中にあった司馬遼太郎作の「竜馬がゆく」で描かれた坂本龍馬像を大きく塗り替える、新たなその存在感は、その大胆な描き方も功を奏して、一般的にも大きな話題となった。しかし映像業界ではまた違った視点で、放映当初から話題となっているTVドラマでもある。

注目されているのはその撮影方法で、大河ドラマ史上初となる30Pによる撮影。極端に画作りされたシネガンマを調整したカラーコレクション。スタジオセットとは思えない全体に煤けた煙い演出。これまでの日本のスタジオ撮影では用いられなかった照明技法。映画製作における、いわゆる”汚し”の技法が大胆に用いられたメイクや衣装、道具類など、これまでの大河ドラマの象徴であった、クッキリパッキリの60iコンテンツとはかけ離れた映像になっている。これは、これまでの多くの大河ファンを少しばかり当惑させたとともに、逆に映画ファンや本物志向の映像派、そして若いクリエイター達に多く受け入れられているようだ。

しかしこの「龍馬伝」で最も注目すべきは、その斬新な演出方法である。「龍馬伝」のチーフ演出を担当した大友啓史氏は、これまで「ハゲタカ」「白州次郎」などの世界にも通用する話題作ドラマを撮ってきた敏腕監督である。11月1日に開催した筆者主催のトークショーイベントでは、その大友氏にゲスト出演頂き、<「龍馬伝」フィクション×ノンフィクション>と題して、その演出術の真髄に迫る機会を得た。

現場のモチベーション重視

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ぶしつけな言い方かもしれないが、大友氏はNHKの中では相当な異端児だろう。彼は今でもドラマ番組部の専任ディレクターというれっきとしたNHK局員だが、公共放送という枠の中でこんな感性丸出しで映像作りをしている人は珍しい。だから作品も面白いわけだが、それは自他ともに認めるように、やはりハリウッドでの経験が大きいようだ。彼はNHK入局後、1997年から99年まで2年間、ハリウッドでディレクションを学んでいる。そんな経歴を持つ大友氏は「龍馬伝」を作ると決まってから何を最初に思ったのであろうか?

ハリウッドから帰ってきて以来、TVのビデオの質感を映画の質感に近づけたいと思ってドラマの演出をやってきました。そこが過去の作品で評価されたこともあって、今回の大河ドラマは、僕とチームを組んでいるスタッフにとっても大きなチャンスでした。彼らからプログレッシブ(30p)カメラを含めた映画的な画づくりでやりたいというアピールがありました

大河ドラマの映像は通常、明るいクリアな画面で、高齢者の目に優しい見やすい画面。サウンドも、セリフを高齢者に聞き取りやすいようにクリアにすることを第一に考えて作られる。しかし、こうした既存のテレビ的価値観による画づくりは、新しいものが生まれにくい状況を作り出す。ある意味でプロフェッショナルな領分が狭くなれば、自然と現場サイドが弱い立場に成り兼ねない。そうならないためにも、現場側の創意工夫をきちんとPRしなければならない、と大友氏は言う。

廃れる産業というのは、現場の人間が大事にされない、モチベーションが上がらない現場です。そういうことを意識しながら「ハゲタカ」や「白洲次郎」でやってきたことを、大河ドラマという枠で提示したときに何が残るのか、何が起きるのかを、龍馬伝」ではそこにチャレンジしました。

エコディレクター宣言!

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芝居が終わってもカットを掛けない、10分超え当たり前の長廻し、現場への台本持ち込み禁止…。「龍馬伝」の現場では、数々の逸話が生まれている。大友氏がそこで一貫してやろうとしているこは、現場重視の姿勢であり、その緊張感あふれる”空気”を切り取る演出術だ。

カット割をまめにしていくというのが大河ドラマ収録の常道ですが、その決まったシステムで撮影すると、みんな条件反射的に決まった映像を撮ってしまう。そういう画は、僕にはみんな同じにしか見えない。だからそういう画をカメラマンが出したときは「そんなドラマっぽい画を出すな。ドラマ作ってんじゃない!」って怒鳴ります(笑)。とにかくみんな安心したがるので、現場に入ると何が起こるかわかんないというスタンスで臨んでいます。それと、長廻しですが、カット割があると台本しか見なくなるんです。目の前でいま芝居が行われているのに、スタッフは芝居より台本を見てる、なんて有り得ない。だから僕の現場ではキャストはもちろんスタッフも。事前に台本を読み込んでおいてもらい、誰も台本を持ってません。

またカット割をするとそれを台本に写すんですが、リハーサルで変更が加わると(台本の)修正が発生するわけです。しかしこの作業は非常に無駄なんです。このためにスタッフは寝る時間がなくなり、そして現場に入ってから集中力がなくなる。助監督もカット割をすると、そのカット割を全スタッフに配るために200部とかコピーする。

僕は今回”エコディレクター”宣言したんですが、もう、こういう無駄をやめて、現場に入ったら芝居を見て撮ろうと。現場に入ってみないとどうなるかわからないというスタンスでやれば、現場にいる人全員、何が起きるかわからないという緊張感を楽しむようになっていくんです。脚本など現場に入る前まではもの凄く緻密に作りますが、現場に入ったらもう”役者の生の感情”をあるがままに撮るだけ。全員が体を動かしている現場にしていきたい。そういう現場の熱が”何か”を生むという感覚がものすごくあるんですよ。

今月末で最終回を迎える「龍馬伝」。もう毎週見る側にも伝わって来た、あの緊張感が無くなってしまうのも淋しいが、大友氏がまた次の作品で、どんな演出を仕掛けてくるのか?今から非常に楽しみでもある。

「龍馬伝」放送予定
11月28日 
・最終回「龍の魂」(75分拡大版)
BSハイビジョン 午後4:15〜5:30
NHK総合 午後8:00〜9:15
BS2 午後10:00〜11:15

・総集編 2夜連続放送
NHK総合 12月29日、30日 午後9:00~11:00

WRITER PROFILE

石川幸宏

石川幸宏

映画制作、映像技術系ジャーナリストとして活動、DV Japan、HOTSHOT編集長を歴任。2021年より日本映画撮影監督協会 賛助会員。