3D映画制作に必要な2D-3D変換作業の実態

新たな3D映画ブームの火付け役となった映画「アバター」の成功から早2年。以来、映画業界はハリウッドを中心に3D化へ一気に突き進んでおり、日本のシネコンでも必ず何かしらの3D作品が掛かっている状況だ。またTVの3D対応コンテンツも更なる普及が望まれている。

しかしステレオスコピック3Dの製作現場はそんなに簡単ではない。ここに来て3Dリグの普及や二眼式一体型カメラもようやく出て来たが、さすがに作品全編を3D撮影するというのは、技術的にも時間的にも、そして何より逼迫したいまの経済状況では製作予算的にも非常に難儀である。また既に公開されている3D作品のうち、そのほとんどが2D-3D変換によって作られた3D映像部分を基本として制作されている。

日本でも昨年公開の「THE LAST MESSEGE 海猿 3D」や「バトルロワイヤル 3D」は、全編が元の2D映像から3D映像を擬似的に作り出した作品であったし、それは海外でも同じ。現況の撮影環境を考えても100%3Dカメラで撮影するというのは現実的ではなく、今後の3D市場の活性化を促す上で通常の2Dから3Dへの変換技術は不可欠だ。

優秀なクロマキーソフトやAdobe After Effectsなどの合成ソフトウェアにより、かなり向上した3D変換作業の環境はあるが、しかしまだまだ2D-3D変換作業には多くの手間と時間がかかっている。前後のレイヤー別にコンバージェンスのズレ幅を補正するため、膨大な工数のマスク抜き作業が必要とされ、それらはすべて人海戦術による作業が発生しているからだ。現に昨年末に公開された「ハリーポッター」シリーズ最終作のパート1が3D化を予告したものの実現が見送りになった理由は、公開までにその膨大な2D-3D変換作業にプロダクション側の作業が追いつかなかった、というのが事の真相のようである。

現在、2D-3D変換は大きく2つの方法がある。1つは2D映像から手作業によるマット抜きで3D映像を生成する方法。元の映像からAdobe After Effectsなどで左右それぞれのレイヤー情報を切り出し、ここから距離情報(デプス)を割り当てて、左右のデータとして合成していくもので、現行の大半の2D-3D変換作業には用いられている方法。もう一つは2D-3D変換専用のコンバーター、例えば日本ビクター(JVCケンウッド)の「IF-2D3D1」などを使用する場合である。

前者のマット切り出し方法は精密な3D映像を作る事ができるが、それには膨大な作業量と時間がかかるため、2時間の作品をすべて行うとなれば、とてつもない時間と費用がかかってくる。後者は、ある程度の自動変換はできるものの、自動で生成できるデータ状態には限界があり、平面画像を前後に並べただけのカキワリ効果になってしまうなど演出の自由度が低い。また取り出したデータの深度位置を調整するには、もう一度それらのデータを手作業で修正する、といった余計な手間が掛かってしまう。

2D-3D変換の効率化ソフト「RayBrid ADDepth」誕生

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こうした諸問題を解決できる、2D-3D変換専用の新たなソフトウエアとして今夏に登場したのが「RayBrid ADDepth(レイブリッド・アデプス)」だ。「RayBrid」という名前を聞いて、おや?と思う方もいるだろう。そう、2008年のInterBEE会場に突然登場し、グリーンバック/ブルーバックが無くても、複数の動的対象物を検知して一括マスク抜きで全てのアルファチャンネルの自動生成ができるシステム「RayBrid [Matte Maker(マットメーカー)]、[Quietude(クワイエチュード)]」を発表して大きな注目を浴びた、あのエム・ソフト社の新製品、つまり純国産のソフトウェアなのである。

その後「RayBrid」のテクノロジーは、劇場映画を始めとするハイエンド映像プロダクションから注目を集め、多くの劇場映画で使われているが、その中で2D-3D変換に苦悩する現場の声を聞いた技術者が、今度は「RayBrid「の技術を3D映像に活かせるように、2D映像から3D映像を一切のマット切りを行わずに半自動生成可能にする開発を進めてきたものだ。

「RayBrid ADDepth」は、二眼カメラでの撮影が必要だったステレオスコピック3D映像を、普通の1眼レンズで撮影された2次元映像から半自動的に生成できる。さらに従来の2D-3D変換作業では、2D映像からオブジェクトの切り出しやCGシミュレーションによる奥行き情報の生成が不可欠だったが、この「RayBrid ADDepth」では、一切のマット切りを行わずに短時間の作業で2D-3D変換が可能になる。これらの生成映像はADDepthが提供する独自アルゴリズム(特許出願中)から算出される。

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「RayBrid ADDepth」は、また対象となる映像の中で、どこが一番手前(または奥)にあるかという、人間の目による認識情報を、手動に寄るマーカー(ADDepthではポールと呼ぶ)指定するだけで、人間の目で感じるのとほぼ同じ奥行き感を生成でき、演出の狙いや合成によって、3D映像内の特定部分に手を入れたい場合でも意図した編集が可能だ。それぞれのオブジェクトの深度に関する各パラメータも詳細な調整が可能。暗部の前後関係など見分けにくい部分でも3Dモニターで立体感を目視しながらの編集ができる。さらに「RayBrid ADDepth」からデプスマップが出力でき、プラグイン的な使用方法で、Adobe After Effectsなどの一般ツールにもデプス情報を持って行き、編集することも可能だ。

3Dリグなど使用した3D撮影では、視差調整などにどうしても時間がかかり、ロケ現場での撮影時間が長くなるなど、まだまだ現実的な諸問題は多い。しかしこの「RayBrid ADDepth」を利用すれば、通常のポストプロダクション作業によって3Dステレオ映像に短時間で変換できるため、メインの3D撮影以外は2Dで撮影して後に「RayBrid ADDepth」によって変換を行えば、従来どおりの撮影スケジュールがキープされるなど、制作フローをこれまで通りに進行できるなどのメリットも生まれる。

「RayBrid ADDepth」は、現行では高価なターンキーシステム販売となるが、サービスやメンテナンスの面においても純国産であり、運用面での安心感もある。今後この可能性が浸透すれば、ソフトウェア単体での製品販売/提供も考えられる。過去作品等の3Dコンテンツ化にも行かせる等、今後の発展が楽しみな国産テクノロジーに今後も注目したい。

WRITER PROFILE

石川幸宏

石川幸宏

映画制作、映像技術系ジャーナリストとして活動、DV Japan、HOTSHOT編集長を歴任。2021年より日本映画撮影監督協会 賛助会員。