日本の撮影現場では聞き慣れない役職名…

海外の映画作品のエンドクレジットには、日本の撮影現場では聞き慣れない役職の名前が数多く登場する。撮影部一つとっても、日本の撮影部、照明部と別れている制度とは異なり、海外の撮影現場では監督と撮影監督(=DP:Director of Photography)をトップとした形式でプロダクション作業が進められ、撮影チームはいわゆる”DP制”と呼ばれる、DPを頂点としたシンジケーション(繋がりのある組織)で作業が進められているのは周知の通りだ。映画プロデューサーは次の作品企画が動き出すと、監督の次にDPを決定する。このDPの元で、各スタッフが撮影をこなしていくわけだが、海外の撮影プロダクション(=現場のスタッフ構成)はさらに3つの部署に別れている。

まずは”Camera Department”。いわゆる撮影部でカメラを廻す撮影班だ。DPは大きな作品では自身でカメラを廻す人も居るし、著名なDPであるロジャー・ディーキンス氏(「ショーシャンクの空に」「ノーカントリー」「007 スカイフォール」)のように、必ず自身でメインカメラを廻すという人もいるが、基本構成として2つの役割に別れる。1つは”Camera Operator”と呼ばれるカメラマンで、これは撮影班が複数に別れる場合、1st、2ndなど複数のカメラマンが担当する。そしてもう一つは”Assistant Camera”。これは日本で言うところのいわゆる「カメアシ」さん。さらにフォーカスマンの”Focus Puller”など細かい職種もある。

次に照明部。これは”Electrical Department”と呼ばれ、DP制における照明チームは基本的に照明設計とライト自体の操作のみを行う。”Gaffer(ギャファー)”は照明チームの責任者であり、作品制作ではDPの相棒となる存在だ。実際の照明を作っていく作業は”Best Boy Electric(照明チーフ)”や”Lighting Technician(照明助手)”さんの仕事になる。

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そして…日本には無い職種として実はかなり重要視されている部署が“GRIP(グリップ)Department”である。要は撮影機材のスタンド設置や足場を作ったり、カメラのためのシャドーやディフューズを掛けたりする、いわばロケ現場の撮影に関わる建設や設置作業を一手に引き受けるのが、このグリップの役割だ。ここでも”Key Grip”と呼ばれるグリップチームの「棟梁」を中心に、現場のチーフ的な役割を務める”Best Boy Grip”や、吊りモノ専門の”Rigging Grip”、ドリー専門の”Dolly Grip”などがある。

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FOX STUDIO GRIP DEPARTMENTのヘッド、Robert Anger(ロバート・アンガー)氏とそのオフィスを拝見。ご自身もチベット仏教徒で、デスク周りにはチベットの工芸品や装飾品などが並べられていた

米国4大ネットワークの一つであり、またメジャーの映画制作会社、20世紀FOXを抱えるFOXスタジオのGRIPデパートメントを訪問した。そこで1970年から40年以上にも渡り、このFOXでグリップの仕事に従事され、FOXスタジオの生き字引でもある、GRIP Department Head、Robert Anger(ロバート・アンガー)氏にお会いできる機会を得た。今回はGRIPの仕事について色々と聞く機会を得たので、その一部をご紹介しよう。

グリップはDP制の要

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グリップの重要な仕事の一つ、撮影用の特機製作。撮影のシチュエーションに合わせたオリジナルのリグなど、各種撮影サポート機材をカスタマイズする造作設備も充実

Robert氏のFOXでの最初の仕事は、1970年1月にブリタニカという百科事典の会社が、「エンサイクロペディア」という学校で上映するための教育映画を作ったのが、この世界に入った最初の仕事だったそうだ。最初はドライバーとしてスタートした。現在は、FOX GRIP Dep.のスーパーバイザーとして活躍されている。現在のこの部署の大きな仕事として、各機材のレンタル業務がメインになっていることから、その管理や調整、そして新しいプロダクションのための設計図(ブループリントと呼ばれるもの)に対して、どんな機材や資材が必要かを設計、検討して、プロデューサーへの予算申請などを主な業務とされている。

Robert氏:アメリカの映画プロダクションは3つのデパートメント(部署)に分かれていて、それがカメラ、照明、そしてグリップです。グリップは動きのあるカメラのときに責任のある部署です。クレーンで人間の視線では出来ないようなカメラ視点を作ったり、地面がゴツゴツしている場所でもスムーズなカメラの動きを作り出したりするのがグリップの仕事です。アメリカ映画の中でカメラが動いているシーンを見たら、それはすべてグリップのスタッフが操作しています。実際の撮影プランにあたり、ライティングチームのトップであるギャファーとグリップのトップのキーグリップは、一番最初にDPと話をします。FOXスタジオにおいて、グリップの部署が出来たのは1930年からで、おそらく最初は多くの資材を管理するためにできた部署ですが、いまはその需要と役割が少しずつ変わって来て、いまはグリップ用機材のレンタルビジネスなどがメインの業務になっています。

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何百種類というラグ(RAG=布素材)が管理されている部屋。ディフューザーなど様々な光と照明のコントロール用途など、トラス(鉄骨材)を組み合わせて明かりの演出を作っていくのもグリップの重要な仕事。ちなみにRUGはカーペット類のこと。RAGの語源はボロ切れ布の意

また日本では考えにくいかもしれないが、日本では照明機材として扱われるディフューズや照明用のジェル(カラーフィルター)などのセッティング担当もこのグリップが行っているのだ。ハリウッドや海外ではなぜそういう仕事配分になっているのだろうか?

Robert氏:“照明”についてはライト自体を操作するのはライティングチームの担当ですが、シャドーを作ったり、照明のジェルを作ったり、ディフューズを掛けたりするための立て込みや足場を建設するのはグリップの仕事です。なぜこういう作業をグリップスタッフが行うようになったのか?詳しい経緯はよくわかりませんが、大昔の映画スタジオというのは、実は四方を囲む4枚の壁面しかなく、天井が空いている状態だったそうです。そこで上から降り注ぐ強い太陽光を柔らかくする=ディフューズするのをグリップが担当したことから、この部分の作業はグリップが担当するようになったのでは?と考えられています。

またスタジオ内にライトを吊るすためのパイプや足場などを建設する”Scaffolding”という作業がありますが、これもアメリカではグリップの仕事で、ライティングチームはそこにライトを設置するのみです。こうした作業をグリップがやることになった背景として、スタジオ内での仕事配分を均衡化するという大人の事情もあったのかもしれませんね。

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ラグが現場から戻って来たら、巨大ランドリーで洗濯する

実際に作品制作が始まると、グリップはどのようなスタッフ構成で仕事を進めて行くのだろうか?

Robert氏:通常一つの作品には6人のグリップスタッフがつきます。まずグリップチームのヘッドとなる”Key Grip(キーグリップ)”がいて、その下に”Best Boy(ベストボーイ)”と呼ばれるセカンドスタッフがつきます。彼は基本的に本番に備えての準備作業で中心的な存在になります。そしてドリー操作を専門とする”Dolly Grip(ドリーグリップ)”。この3人が基本となり、これに加えて通称”Hammer(ハンマー)”と呼ばれるハンマーグリップという人たちが3名つきます。彼らは光のデュフューズを作ったり、ジェルを設置したりする傍ら、撮影が始まるとドリーグリップのドリー操作を手伝ったりします。基本はこの6名体制で仕事をします。

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照明用カラーフィルター(ゼラ)を一括管理している巨大な棚。グリップデパートメントの資材倉庫の中は、用途に応じて、照明用、撮影用などの資材がブロックごとに管理されている

ロケ現場の何でも屋さんという印象もあるグリップだが、「優秀なグリップスタッフ」とはどんなスタッフなのだろうか?

Robert氏:グリップスタッフというは、カメラに対して様々な施しを行う業務をメインとして、その他、ある時は大工として、またメカニックとして、そして撮影現場での問題解決係としての役割があるのです。以前は大工としての腕前やメカニックとしての技量が重んじられましたが、いまはむしろ周辺のカメラスタッフやライティングスタッフと上手くコミュニケーションできるかどうか?特にキーグリップにはその辺りの能力が求められることが多いでしょう。

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ハリウッド映画の撮影現場は周知の通り、フィルムからデジタル撮影へ急速に移行して来た。Robert氏の周辺でも、ここ5年で撮影もフィルムからデジタルに変わったという。FOXスタジオでは私の知る限りもうフィルムで撮っている人はいないそうだ。デジタル化によってグリップの仕事にも変化は起きたのだろうか?

Robert氏:グリップの仕事はデジタル化されてもあまり大きな変化はありませんが、最も変化が大きかったのはライティングチームでしょうね。フィルムやデジタルに関係なく、グリップは昔も今もフィジカルな面を一番要求される部署です。最近の作品で言えば、例えば”Life of Pie”(2013)は、特に大変な現場だったと思います。人工プールでの撮影だったようですが、ほとんど水上シーンでの撮影で、カメラを固定しなければならないというのはかなり大変だったでしょう。また”The Mission(1986)”では、南米の厳しい大自然での撮影で、巨大な滝の上での撮影シーンなどやはりグリップスタッフは体力的にもかなり大変だったと思います。

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広いスタジオ内では人間はゴルフカートで、資材はフォークリフトやトラックで移動

グリップが行っている建設などの現場作業は実際に専門性も高く、確実性や効率性、そしてその安全性を鑑みても、撮影や照明といった分野とは実際には全く違う能力が要求される仕事である。また当然ながら撮影と照明の両方の機材知識も必要なため、実はこの”DP制”を根底で支えているのはこのグリップスタッフだ!とも言われている。

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駐車スペースでは、後ろ向きでなくともサイドミラー等で安全確認できるように、注意事項は”逆さ文字表記”

最近日本国内でも、DP制で撮影に臨んでいるチームも少しずつ増えているようだが、どのスタッフがこれらグリップの仕事を実際に現場で担うかは別にしても、ハリウッドを筆頭に海外で行われているDP制システムが、こうした現場の根底を支えるグリップ職人たちの技術が基礎になって成り立っている、という事も知っておくのも良いだろう。

WRITER PROFILE

石川幸宏

石川幸宏

映画制作、映像技術系ジャーナリストとして活動、DV Japan、HOTSHOT編集長を歴任。2021年より日本映画撮影監督協会 賛助会員。