フジテレビNEXTが、アリスの東京ドーム公演をステレオスコピック3D(S3D)収録し、4月23日19時から「3D アリス~東京ドーム『明日への讃歌』」として3D放送した。この番組が、CS放送として初めて3D放送した番組となった。

2009年に28年振りに再始動した谷村新司・堀内孝雄・矢沢透の3人組バンド「アリス」。2009年7月から全国40公演を行い、11月に日本武道館で2日間の追加公演も行った。この追加公演のファイナルとなる11月14日の公演は、フジテレビONEが完全生中継した。その生中継で発表されたのが、2010年2月28日の東京ドーム公演だった。

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フジテレビジョンは、この東京ドーム公演を5セットのカメラでS3D収録。パナソニックの3D対応ハイビジョンテレビとブルーレイレコーダーの発売日となる4月23日に放送した(4月29日、5月2日、5月8日にも再放送した)。S3D収録と制作について、フジテレビジョンを取材した。


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フジテレビNEXTは、アリス東京ドーム公演をS3D収録。CS放送では初の3D番組として放送を行った。注意事項として、3Dテレビとテレビに付属する3Dメガネが必要なことと、通常のテレビでは左右に並んだサイド バイ サイドの状態になることが明記されている。3D番組が普及するまでは、こうした注意事項も必要な措置だ。(画像はフジテレビのWebサイトより)

アリス東京ドーム公演のS3D収録を提案したのは、デジタルコンテンツ局ペイTV事業センター ペイTV運営部の平野雄大 主任だ。「最初に番組を提案した時は、まだ時期尚早ではないかという反応だったんですが、私としては他局よりも先に、それもできるだけ早い時期にS3D収録の番組を作りたかったんです。3D番組の制作は通常の制作費とは異なり、機材費も人件費も編集作業時間もかかりますから、制作にどれだけ費用がかかって、どれだけ制作作業が大変になるかを実感し、その制作ノウハウをいち早く身につけたいと思いました」

平野氏は、S3D制作がフルデジタルで可能になった今回の盛り上がりのなかで、早期にワークフローの構築とノウハウを取得することが必要と感じていたようだ。 平野氏の提案を受けて、東京ドーム公演のS3D収録が決まったのは、2010年1月中旬。技術局制作技術センター制作技術部の斉藤浩太郎 部長は、平野氏からS3D収録をしたいと言われた時に「準備期間も含めて、東京ドーム公演を収録するのはかなり難しい」と感じたそうだ。「3D収録に取り組むにはもう少し小規模な会場で始めた方がいいのではないかと思っていました。3D機材を保有する会社も国内にはほとんどなく、東京ドームの規模に見合う機材が集められるか心配でした。結果的に国内にあるほとんどの機材を集めることが出来、また大きな会場だったおかげでスペースがあり、通常の中継カメラと3D撮影用のカメラがステージ周りにたくさんあったにもかかわらず、観客の皆さんの視界のさまたげにならずにすみました」

S3Dカメラ5セットを使用してライブ収録

公演のS3D収録は、1セットをスタンドに配置し、残りの4セットをステージ周辺にセットして行った。ハーフミラー式3Dリグにソニー製HDコンパクトカメラを同架したものが4セット、並行式3Dリグで池上通信機製マルチパーパスカメラを同架したものが1セットという構成だ。

カメラセッティングは公演前日から。セッティング中のステージを利用して、レンズの画角を考慮しながらカメラを配置し、3Dリグの視差調整も行った。さらに当日のリハーサルでチェックを重ね、視差調整を追い込んだ。東京ドームという広い会場であったため、リハーサル終了後の観客入場時間が2時間ほどあり、本番開始までに視差の再調整の時間を確保することができたそうだ。5セットのカメラの1つを使用してステージ周辺で撮影を担当した制作技術部の武田篤カメラマンは、S3D収録のセッティングや、2D収録とは別に気を遣わないといけない部分について次のように話した。

「ステージセッティング段階とリハーサル前までにポジションを決めて、中継車内で映像を確認しながら指示をだしてもらい、各カメラマンが視差を細かく微調整していくという作業を続けました。ビューファインダーは左側カメラの映像だけを使用して撮影を行いましたが、カメラ2台を使用している3D収録は、撮影可能な範囲や、ハレーション対策、カメラワークなどで2D収録とは違う部分があります。特に、視野周辺部に入るライトには気を遣いました。3Dリグでハーフミラーを使用しているので、違和感のあるハレーションが生じることもあります。通常の撮影ではライトを画面に入れたいケースでも、ハレーション対策のために入れないように収録しました」

こうした収録段階で気をつけるポイントを把握しながらカメラワークを考えていくことは、収録した映像の仕上がりでかなり影響してくるのだそうだ。 「3D映像は簡単に撮ることはできるんですが、演出に合ったベストな映像を撮るということになると、カメラポジションの制約など、越えなければならないハードルも高くなります」(武田氏)

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ソニー製HDC-P1(左)や池上通信機HDL-45Aなどのマルチパーパスカメラは標準レンズマウントを採用しているので、新たにレンズを購入しなくても既存のENGレンズを使用できる。スッキリとした箱型ボディなので、3Dリグにもスマートに装着できる。

初の3D番組に向け念入りに視差調整を繰り返す

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視差調整に活用した3ality Digital製ステレオイメージプロセッサーSIP2100

編集作業は、オフライン段階で左側の映像を使用してカット編集と尺合わせを行っている。このオフラインデータを元に左右の映像をコンフォームし、フィニッシング段階で視差を修正していった。東京ドーム内で公演を収録した映像については、3ality DigitalのイメージプロセッサーSIP2100を使用して視差調整を行っており、編集段階でもスムースに奥行き感を修正することができたそうだ。

東京ドームという広い会場であることもあって、被写体をアップで写すようなカットは長焦点レンズを使用せざるをえない。こうした奥行き感に無理が生じるカットについては、あらかじめS3D収録を行わずに、日本ビクターの2D-3D変換技術を活用することに決めていたという。ドキュメンタリー部分のS3D収録映像で奥行き感に違和感のあったものも2D-3D変換を使用した。実際の映像で奥行き感を調整するか、左側の映像情報を元に右側の映像を作成して擬似的にS3Dの表現をする2D-3D変換を使用するかの判断は、平野氏とディレクターがカットごとに実際に見て判断したという。

「SIP2100のステータスで問題のない視差範囲に収まる映像であっても、長時間見ると疲れるという場合がありました。逆に多少問題がある映像でも、瞬間なら気にならない場合もあります。良しとするかどうかは、人が判断していくしかないようです」(平野氏)

編集段階で奥行き感の調整に苦労したドキュメンタリー部分はリハーサルなどの裏舞台を追ったもの。人物のインタビューなどが多いため、コンバージェンスポイントを1.5m先にセットしていたそうだが、狭い空間で撮っていることもあって、レンズの方に手を伸ばした場合などで奥行き感が破綻してしまうことも多かったようだ。 今回は初めての3D番組ということもあって、視聴者が視差に違和感を覚えて気分を害するようなコンテンツに仕上げてはいけないと、放映前の視聴チェックにも時間をかけたという。

「撮影段階で視差調整をしているので、編集段階での奥行き感の調整範囲はそれほど広くありません。ここでもSIP2100を利用しながら、極端な奥行き感にならないように気を遣いました。収録や編集段階で3D映像を長時間見ているので、我々は奥行き感に慣れてしまって立体感や奥行き感を強調したくなります。しかし、初めて長時間視聴する人にとっては、奥行き感がありすぎると気分が悪くなる場合がありますので、社内でも視聴経験の少ないスタッフなどに見てもらって違和感がないかを何度もチェックしました」(平野氏)

最終的に仕上がった映像は、早稲田大学 大学院国際情報通信研究科の河合隆史教授に解析を依頼した。また、河合教授のアドバイスのもと、同内容の2D映像とS3D映像をそれぞれ20人に視聴してもらい、疲れや違和感が2D、S3Dともに同じレベルであったので、S3D映像で放送しても問題がないことを確認した。

S3D映像を番組で活用しつつノウハウの蓄積

平野氏は「3D アリス0東京ドーム『明日への讃歌』」は、CS放送で課金するコンテンツとしては最適なものだったと振り返った。

「現時点では、地上波で3D番組を放送する態勢は整っていないので、CSで放映する必要があります。CS放送は、料金を払っても視聴したいという金銭的に余裕のある視聴者層が中心になりますから、年齢層も高くなります。そういう意味で、アリス復活公演というのは最適なコンテンツでしたね」

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パナソニック フルハイビジョン3D対応テレビ「3D VIERA」の発売日である4月23日に合わせて、放送をすることを決めていたという。収録後に、パナソニック1社提供スポンサーと決まり、番組中でプロゴルファー石川遼選手が登場する3D CMも放送された。3D CMの放送は日本初だ。

今回、パナソニックが番組単独スポンサーになったのだが、放送日は一社提供決定以前にパナソニック3D対応製品の発売日である4月23日に合わせていたそうだ。S3D制作自体をスポンサードする形だったのかと思ったが、実際は違っていた。

「パナソニックさんには収録を終え番組を制作している段階でスポンサーになっていただきました。収録後に1社提供スポンサーがつくというのは初のケースだったので、我々としてはとても励みになりました。3D番組としては初めてのスポンサーになっていただき、プロゴルファー石川遼君のCFを初の3D CMとしてうちのチャンネルで流す事ができて嬉しかったですね。放映日は、当初よりパナソニックの3D対応ハイビジョンテレビの発売日に合わせていたので、パナソニックさんにもとても喜んで頂けました。発売日当日にオンエアしても視聴可能な人は限られますが、広報的なインパクトを優先しました」(平野氏)

フジテレビにおける今後のS3Dに対する取り組みについては、各種スポーツ中継をはじめ、コンサート収録、スタジオ収録、祭りや自然など、さまざまなシチュエーションでS3D収録をしながら試行錯誤を続けていく。

「アリス東京ドーム公演の3D収録と前後して、スポーツ関連でも3D収録できないかという話が出始めるなど、社内でも関心が高まってきました。何が3D番組に向いているかどうかは、実際にやってみて経験していくことが重要だと思っています。今後、CS放送では、月に1回くらいのペースで何らかの3Dの番組やコーナーを放送していこうと考えています」(平野氏)

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フジテレビジョンにとって、アリスの東京ドーム公演のS3D制作のワークフローを構築している時期は、まさにメーカー各社が3D対応製品を相次いで発表するタイミング。市場の盛り上がりとともに、社内でもS3D制作をこれまで以上に研究していこうという機運が高まっていく段階だったようで、今後の3D番組への取り組みにも注目したい。

(秋山 謙一)