ソニーはこれまで、4Kデジタルシネマプロジェクターと、RealDとの協業で3Dプロジェクションレンズユニットなど、映画市場における上映環境の充実を図ってきた。昨年末のInter BEE 2009でステレオスコピック3D(S3D)ライブ中継環境を発表し、4月に開催された2010 NAB Showで実機を展示するなど、いよいよフルデジタルS3D制作の普及とコンテンツ充実に向けた取り組みを加速させてきている。ソニーの目指すS3D制作環境とは何か。


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3Dプロジェクションレンズユニット

「”Good 3D”を、効率良く作るためのワークフローという部分が最大のテーマ」──S3D関連製品開発の方向性について、プロフェッショナル・ソリューション事業本部コンテンツクリエーション・ソリューション事業部CCS企画マーケティング部の岡田修司 課長は、こう話した。3D対応ハイビジョンテレビが市場に出始めてコンテンツの充実が求められている現在、近いうちに数多くのS3Dコンテンツを目にするようになってくる。ソニーは、市場が限られているこの段階で、良質のコンテンツをどう増やしていくか、いかに効率よく、従来よりも低価格でS3D制作を実現していくかに注力している。

「これまではデジタルシネマについて取り組んできましたが、これからは放送分野も含めた映像業界全体でS3Dを盛り上げていこうという段階に入って来ています。3D対応ハイビジョンテレビやブルーレイレコーダーなどの普及にはコンテンツの充実が欠かせません。最初のうちこそ、S3Dという表現の可能性に興味を持って視聴してもらえるはずですが、視聴していて疲れるという人が出て来るのは現実です。しかし、その疲れが、低価格で作ることにより視差調整が十分でないことによるのであれば、そうしたコンテンツばかりが市場に溢れてしまうのは長期的に見ても問題があると考えています。クオリティが不足したS3D映像が増えることで、やはりS3D映像は疲れて見続けられないという評価になるようなことは避けなければなりません。当社は映像のクオリティ次第で、見る印象が変わったり人の心が変えられていくものと考えており、いかに”Good 3D”を増やすかが重要です」

S3Dマルチカム ライブ中継は視差調整が鍵

岡田氏が”Good 3D”と表現した「良質のS3Dコンテンツ」を増やすために、ソニーが映画の次に取り組んだ分野が、S3Dライブ中継だ。映画のように制作期間をかけて収録・編集・上映を行うものとは異なり、リアルタイム性が求められるライブ中継をどう実現するかは、S3Dに不可欠な視差調整をどう軽減し素早く行えるか。特に、ライブ中継ではマルチカムで切り替えながら収録することが多く、3Dリグの調整をいかに短時間できっちりと終わらせることができるかが、収録の効率を大きく左右する。

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マルチイメージプロセッサー「MPE-200」。MPES3D01ソフトウェアと組み合わせて使用して、リアルタイムに視差補正を行う。

「映画のように、シーンごとに3Dリグで視差調整をしながら作り込んでいく撮影とは異なり、ライブ中継は2台のカメラ映像をズレなく同期してリアルタイムに送出する必要があるという点で、まず難易度が高くなります。カメラの小型化はもちろん必要な要素ですが、マルチカメラで収録するために、いかに素早く左右の映像の視差調整をするかという点が重要になります。Inter BEEに参考出展し、2010 NAB Showで正式に出展したマルチイメージプロセッサー「MPE-200」は、ライブ収録用として、3Dリグによるメカ的な視差調整を補助して、電子的な調整を加えることにより”Good 3D”を作り出すことを目指して開発しました」

「MPE-200」は、光軸、高さ、回転など2台のカメラの視野のズレをリアルタイムで解析して補正し、出力できる映像処理処理デバイスだ。Inter BEEでの参考出展以降、「MPE-200」を中継車内で視差調整をするのに利用できないかという問い合わせが増えているという。スポーツ中継などでは、中継開始までの限られた時間で複数セットの3Dリグの視差調整をする必要があるため、中継車内でS3Dカメラを切り替えながら視差調整を行うための導入が検討されているようだ。

中長期的な視点でS3Dワークフローを開発

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光ファイバーアダプター「HDFA-200」

マルチイメージプロセッサーの他に、NAB Showでは、2台のカメラのHD-SDI信号とコントロール信号を3Gbpsの光ファイバーケーブル1本にまとめるための光ファイバーアダプター「HDFA-200」や、円偏光フィルター方式を採用した24型/42型の3D対応業務用モニター「LMD-2451TD」/「LMD-4251TD」を出展した。これらはいずれも、S3Dワークフローを円滑にするための製品群だ。よりS3D収録をしやすくするようなカメラ部分の取り組みは、まだ検討段階だと岡田氏は言う。

「2台のカメラ映像を組み合わせて、より良い画質を維持しながら、あるいは画質を向上させながら、S3D収録しやすくするにはどうしたらいいかと研究はしています。視差調整は、カメラ内に機構を設けるのが良いのか、3Dリグで調整するのが良いのか、求められるワークフロー全体の中でどう取り組むかを検討している段階です。レンズを小型化すれば狭い視差にも対応できますが、そのぶん感度・解像度は低下して画質が悪化します。S3D収録は目幅65mmが基本とよく言われますが、サッカーなどで迫力を求められるようなフィールド内の映像で立体感を確認すると、目幅をもう少し狭くしないと違和感のある映像となるようです。このように、経験値でしかないんですが、目幅30~40mmで撮った時に最適となるような映像も増えてきています。S3D収録用の小型カメラは作ろうと思えば作れるのですが、目幅やレンズサイズなどの制約が生じるので、開発者としてはジレンマを抱えますね」

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42型/24型の3D対応業務用モニター「LMD-4251TD」/「LMD-2451TD」

S3Dコンテンツを制作する1つの手段として、1つの映像からS3D映像を生み出す2D-3D変換技術も、3D対応ハイビジョンテレビにも使われるなど注目されてきている。しかし、岡田氏は、S3D制作における2D-3D変換の取り扱いについては慎重な見方を示した。

「2D-3D変換については、難しい判断を求められます。確かに、3D対応ハイビジョンテレビに搭載するなど技術的にも可能な段階にはあり、特に過去の2Dコンテンツの3D化や家庭での視聴には必要な技術の1つになってきています。2D-3D変換のクオリティを上げる研究も続けていますが、S3D表現を簡易的に実現できるものとして位置づけ、”Good 3D”を実現するコンテンツ制作の中心にあるものはS3D撮影であると考えています。状況に応じて利用すべきところには変換技術を使いながらも、しっかりS3D制作ができるようにすることが重要です」

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ソニーは、3D対応ハイビジョンテレビやブルーレイ3Dの登場で、S3Dコンテンツの早期充実が求められていることに理解をしつつも、より良質なS3Dコンテンツの制作をするためのソリューションを中長期的な視点で模索しながら、開発を続けているようだ。岡田氏の言葉からは、とりあえず使えるというレベルで実機投入するのではなく、長時間見ても疲れない高品質なS3Dコンテンツを確実に、低価格で制作できるようにしたいという思いが感じとれるものであった。

(秋山 謙一)