昨年の2011 NAB SHOWで発表、Inter BEE 2011で披露された4KシネマカメラF65が、2012年1月についに発売となった(ロータリーシャッター、NDフィルター内蔵モデルのF65RS)。イメージセンサーに8K CMOSセンサーを使用し、記録にSRMASTERを採用した新しいシネマカメラだ。このF65には、イメージセンサーで捉えた映像を、ダイナミックレンジを生かしてそのまま記録するF65RAW方式での記録が可能になっている。これまで、ソニーのCineAltaカメラでダイナミックレンジを生かす撮影は、S-Logを使用して記録してきた。従来、フィルムで撮影してきた映画やドラマ、CMなどを中心に活用が進んでいる。

ソニーがF65で新たにF65RAWを採用した理由とは──。F65を開発したプロフェッショナル・ソリューション事業本部で、イメージセンサー部分の開発に携わった外村雅治統括課長と、F65のプロモーションを担当する遠藤一雄シニアプロダクトプランナーに聞いた。

新たにF65RAWのワークフローを提案

遠藤氏は、より高画質な16bitリニアのF65RAWを提案することについて、ファイルベース化と制作環境の向上が後押ししたと話した。

「ファイルベースワークフローにより10bit以上の情報を扱える制作環境もかなり普及してきました。これまでは、イメージセンサーやA/Dコンバータの部分では12~14bitで扱うことは可能だったのですが、SDIの制約から10bitまたは12bitに抑える必要があったため、内部にLogカーブを持たせて、高輝度部分も階調を下げる方法で記録していました。制約をつけながら10bitに情報を入れて来たのですが、その必要もなくなっていく段階に入って来ました。F65でF65RAWを採用したのは、CMOSセンサーが8Kの解像度を持ち、これまでにない広い色域があるので、これをなるべく加工することなく情報を残したいと考えました。RAWは『生』を意味するように、基本的な情報は加工しないで16bitリニアで残しています。現場でRAWデータをプレビューするために、プレビュー用ハードウェアで可能な処理を行う簡易RAW現像機能を搭載し、LUTをあてて表示する機能も含まれています」

新たに登場した16bitのF65RAWだが、これまでのS-Logからの置き換えではなく「両立するものだ」と外村氏は話す。それはイメージセンサーとフィルムの特性の違いによるものだ。

「イメージセンサーは、入射光の光子の数に対してリニアな情報が出力されます。フィルムの場合は、入射光の強さに対して対数で濃度が生じて感光します。映像制作ワークフローは、フィルム特性からルックを思い通りにコントロールすることに慣れていたため、イメージセンサーのリニアな情報をフィルムと同様に扱えるようにS-LogというLogカーブを用意したわけです。RAWはCMOSセンサーに入って来た光の情報をなるべく忠実に残すもので、Logはフィルムで培われ、慣れ親しんだ対数のデータで制作していくもの。どちらも残っていくんだと思います」(外村氏)

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S-Logカーブ(ソニー『S-Log White Paper─S-Log within Digital Intermediate workflow designed for cinema release』より)

S-LogとF65RAWでは、データ記録の考え方も全く異なる。S-Logは、イメージセンサーの映像に対しLogの性質を持つカーブをあてることによって、高輝度な部分を圧縮して記録しているが、F65RAWではガンマカーブをあてることなくリニア情報として記録する。そのぶん、階調を16bit採ることで、より広い階調を実現しているわけだ。RAWでの記録は、どうしてもファイルサイズが大きくなるが、この点について遠藤氏は次のように話した。

「F65RAWはリニアな情報で記録していますから、高輝度部分にも低照度部分にもデータがしっかり載っているのが利点です。イメージセンサー配列はG成分に対しRB成分が半分のため、F65RAWはRGBをフルに記録するよりも小さく、さらに画質に影響を与えないほどの非常に軽い圧縮をかけてさらに小さくしたため、4KのDPXファイルに比べ1/5ほどになっています。4Kを16bitのF65RAWで扱うのはマシンスペックが必要になります。現状では、ワークフローは10bit S-Logの方が都合がよいが、制作解像度を2Kから4Kに上げたいという場合もあるでしょう。既存環境を生かして4K制作を検討している人は、まず10bit S-Logを扱いたいと考えるようで、最近は問い合わせが増えています。当社のビューワーでは、S-Logに変換してDPXファイルとして出力する機能を持っていますし、他社にもサポートをお願いしている段階です」(遠藤氏)

次世代制作環境を見据えたF65開発

これまでのカメラコーデックは、メディアに記録された解像度が最終解像度だった。つまり、SD収録したものはSDマスターでしかなく、ハイビジョンテレビ用にアップコンバートしてリマスタリング利用しても、HDカメラで収録したものと同じになることはない。HDと4Kの場合でも同様だ。解像度を合わせ映像品質を近づけることはできても、それを越えることはできなかった。F65は、次世代環境という部分にも切り込んだ。8Kイメージセンサーを使用して4K素材を作るF65だが、そこで扱うF65RAWデータは8Kのままで、次世代制作環境で扱えるアーカイブ資産となるようことを想定している。

「現在はHD/2Kの制作システムが4Kに変わろうとしている段階なので、F65は4K制作向け製品として提案しているのですが、カメラとしてはさらに進んだ制作環境を見据えています。現在は制作内容に合わせて最終の映像は4Kや、2K、HDで利用されると思いますが、F65RAWデータは8Kの情報をすべて記録しています。現在の制作は2KやHDだけれども、RAWデータを残しておけば、将来は4K制作に利用することも可能になります。さらに、F65RAWを残しておけば、ネガフィルムを残すのと同様のアーカイブ資産になります。将来、4Kを超えるグレーディングシステムを用いることができれば、F65RAWをカラーグレーディングし直せます」(遠藤氏)

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F65RAWの場合、8Kセンサーで捉えた映像を8Kのまま処理して、4Kにダウンコンバートするのではなく8Kのままデータ出力している。外村氏は、F65イメージセンサーの設計段階から「4Kを超える制作への可能性を残した」と表現した。

「F65のイメージセンサーは独自配列パターンです。スーパー35mmのPLマウントが使えるイメージサークルが決まっているなかで、イメージセンサーのピクセルを増やすと1画素の面積が小さくなり、扱える信号のラティチュードも減ってしまいます。制作用途においては、ラティチュードは非常に大きなファクターです。そこで、4K2K解像度ではG成分がピクセル バイ ピクセルで存在していて、RB成分に関してはその半分という構造にしました。信号処理でRGBそれぞれが4K2Kに出力されるようにして、さらに4Kを超える制作への可能性を残したんです」(外村氏)

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「現像アルゴリズムは、学会発表などで常に更新されています。現時点でRAWデータとして保存しておけば、将来、より良い現像アルゴリズムで、より高品質にリマスタリングすることが可能になります。S-Logを使ったRGBデータでは、ビデオより広いダイナミックレンジが扱えるとはいえ、高輝度を抑えた状態のRGBデータからカラーグレーディングをするしかありませんでした。F65RAWであれば、最新の現像アルゴリズムでRGBデータを生成し直す余地が残されます」(遠藤氏)

ハード/ソフト両面から今後も続くF65の機能向上

ソニーは現在、アライアンスパートナーに対し、CPU処理のものと、GPU処理を併用するものの2種類のソフトウェア現像用SDKを提供している。すでに、SSDを搭載したMacBook Proを使用して、CPU処理で2K解像度をリアルタイム現像/プレビュー再生可能なパフォーマンスが出ているという。ベンダーによっては、SDKを使用しながら、独自アルゴリズムを加えたソフトウェアとGPU演算を併用する処理を行い、4K解像度のリアルタイム処理を可能にしたところもあるそうだ。遠藤氏は「アライアンスパートナーは現在でも募集しており、ソニーのRAWワークフローをを築いていきたい」と話した。

こうしたツール面での改良だけでなく、F65本体の機能向上も行われていく。来月に迫った2012 NAB SHOWの時期に合わせて、ドラマ制作などでも活用できるように、F65カメラ本体内でRAW現像処理を行いSRMemoryに直接HD映像として記録するモードが追加される予定だ。さらに将来は、ハイフレームレート120p収録への対応も実施する予定だ。

txt:秋山 謙一 構成:編集部


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