txt:安藤幸央 構成:編集部

特別なVR体験から、普通の体験へ移行してきたVRへ

常に長蛇の列であったVRシアター入口

最高峰の映画上映システムとして認知されているIMAXもVR専用の上映シアターを米国2カ所に試験的に設立したり、日本でもVR専用の常設アトラクション施設がオープンしたり、PlayStation VRなどの市販機材も販売され、従来型のVR研究や、ビジネス用途に限らないVRの利用が広がっている。何度目かのVRブームなどと言われながらも、VR専業の企業は増え、VR関連コンテンツやVR関連企業への投資も増えており、今度のブームは一時の流行ではなく、地に足がついて定着するとの予想もある。ただし、実際のところはまだ分からないというのがおおかたの見解だ。

一般のブームに加えて大御所と呼ばれる映画監督もVRに興味を持ちはじめているのが現状だ。全てを演出し、全ての映像を操りたい映画監督にとって、VRコンテンツは悪夢のようなものだと言われている。その理由は、緻密に作った映像も、観客が何を見てどこを見て何を感じるか、どのタイミングで何を見るかを監督の意志でコントロールすることが出来なくなってしまうからだ。

スピルバーグ監督が手がけるVRが発達した退廃的な未来を描いた映画「Ready Player One」や、リドリー・スコット監督の「The Martian VR Experience」など、VRブームの中心から若干距離をおきつつも、VRならではの新しい演出方法や、映像制作の仕方、見せ方などを業界全体で模索中であるとも言える。

従来からVR関連の機材展示や、コンテンツ上映が盛んであったSIGGRAPHでは、今年からCG短編映像上映のコンピュータアニメーションフェスティバルのカテゴリのひとつとして新しくVRシアターが設けられた。VRシアターでは、VR関連の研究や、工業系、製造業系の利用は排除し、純粋に物語を語る手法のひとつとしてのVR作品に限定したシアターとして準備されたものだ。

宇宙的VRシアターの内観。中央には任天堂バーチャルボーイの展示

SIGGRAPH参加者であれば、だれでも無料で見られるシアターとして展示会場近くに設営されていたVRシアターは、上映初日のうちにほぼ全てのチケットが配布完了してしまい、あとはキャンセル待ちという過酷な争奪戦となった。一般消費者でも手軽に利用できるスマートフォンを活用したVR視聴システムもあるとはいえ、Oculus RiftやHTC Viveなどといった本格的なVR機材は、まだまだ一般には普及していない。そのため、今回のVRシアターによる本格的なVR映画視聴が初めての体験の人も多かったようだ。

VRシアターでは、20組の完璧にセッティングされたVRヘッドセットと、映像にビックリしても転ばずに安心して視聴できるゆったりとしたイス、それにヘッドセットの装着や、ヘッドフォンの装着などを手助けしてくれる専任のスタッフなど、数分から数十分たらずのVR視聴環境をスムーズに行うための準備が整っていた。おまけに時代が早すぎて流行らなかった任天堂バーチャルボーイや現状のVRブームのきっかけとなったOculus DK1など往年のVR機材の展示がなされていた。上映はスクリーニングAの組と、スクリーニングBの組に分かれて視聴することとなった。

スクリーニングA 上映作品

Fantasynth(HelloEnjoy:イギリス)

サンプル動画

往年のデモシーン風、サイバーなクラブ会場を探索するような映像コンテンツ。


Son of Jaguar(Google ATAP:アメリカ)

家族を大切にする片足のプロレスラーの物語


The Antarctica Series: Under a Cracked Sky(ニューヨークタイムズ:米国:招待作品)

ブラウザやYouTubeアプリで360°コンテンツが楽しめる

NYT VRアプリで、臨場感のある報道の場でVRを活用する活動を進める新聞社ならではの冒険コンテンツ


Zero Days(Scatter:アメリカ)

サンプル動画

サイバー戦争を描いたドキュメンタリー映画。2017年のサンダンス映画祭にも出展


■Chocolate(Gentle Manhands:アメリカ)
サンプル動画

VR表現を活用したミュージッックビデオ。音楽と視覚だけでなく、体験としての効果が強く感じられるVR作品

スクリーニングB 上映作品

■Sonaria(Google ATAP:アメリカ)

サンプル動画

「音」をミニマルなキャラクタ映像で表現した作品


Dear Angelica(Oculus Story Studio:アメリカ)

メイキングを含むサンプル動画

50人ほど居たOculus Story Studio自体は事情により解散してしまったが、そのスタジオの最後の手書きVR作品


Arden’s Wake(Penrose Studios:アメリカ)

メイキングを含むサンプル動画

主人公Ardenを中心とする、海上での様々な出来事を描いた臨場感のある、始まりも終わりもないVRストーリー


We Wait(Aardman Animations:イギリス)

サンプル動画

クレイアニメ「ウォレスとグルミット」で知られるアードマンスタジオ初のVR作品で、イギリスBBCとの共同制作。シリアの家族が海を渡ってトルコの海岸にたどり着くまでを描いた作品


Rainbow Crow(Baobab Studios:アメリカ)

サンプル動画

映画マダガスカルを手がけたエリック・ダーネル監督によるVR作品。森に住む動物達が季節の移り変わりとともに生き生きと描かれている

VRコンテンツの制作も、ふんだんに手間をかけた制作プロセスへ

SIGGRAPHの中で、VR作品のメイキングを紹介する「Behind the Headset: The Making of Google Spotlight Stories」という特別セッションも開催された。ここで紹介されたのは、GoogleのVR作品配信プラットフォームである Google Spotlight Storiesで公開されている(もしくは公開予定の)3作品で、Google ATAP制作の「Sonaria」と、Feel FX制作の「Son of Jaguar」、Oculus Story Studios制作の「Dear Angelica」だ。


■Sonariaのメイキング解説

Sonariaのポスター

音を中心としたVR作品で、6DoF空間(前後上下左右と6方向に移動できる空間)のための音の最適化はどのようにすると良いのか?という疑問と課題が制作の発端となった、三次元音響のためのVR作品。ミニマルなスタイルで見せるのが目的で、ディズニーの音楽映画「ファンタジア」みたいな、音が重要な映像を作りたかったそうだ。登場する生き物たちもミニマルなスタイルで制作し、海の生き物のような動きと、森の生き物、空の生き物たちといった架空の生き物をそれぞれデザインしていった。生き物達は、音波を表現する形状や色使い、さらにそれに合った動きをもった生き物としてデザインされた。

全部で11種類の動物と、8つの環境セット、それに様々な動きを用意し、360°全てをカバーするストーリーボードをスケッチしながら制作を進めたそう。そこで制作した360°ストーリーボードを3DCGツールであるMayaの中で、円柱に貼付けて周囲の環境を検討し、アニメーションの前段階で、できるだけトライ&エラーを繰り返すようにした。

キャラクターたちの見映え(ルック)は、平面的な色使いで、半透明、平らな表面を持ち、凝った質感を持たずテクスチャ無しで、単色またはグラデーション。色と色の重なりを活用したキャラクターデザインとした。

実際に水中にマイクを沈めてボコボコ、ポコポコという音を集録したり、VRの視聴者が座った状態、立った状態で音が異なるように、細かく音場が設計された。水中に居るとき、水中と水上との境界、水上の空気中に出ているときと、それぞれの音場を細かく設定し、空間内を移動した際の音の変化を音の低音部を削るハイパスフィルタ、高音部を削ってくぐもった音にするローパスフィルタ、残響音であるリバーブのかかり具合などの組み合わせで細かく調整していったそうだ。


■Son of Jaguar

Son of Jaguarキャラクター制作中のスケッチ

アイルランドの詩人、オスカー・ワイルドの言葉「素顔で語る時、人はもっとも本音から遠ざかる。仮面を与えれば真実を語り出す」という格言にインスピレーションを受け、作られたVR作品。中心となるキャラクターはメキシコの義足の仮面プロレスラーで、この設定は実在の義足の闘牛士から考えついたそう。

キャラクターをあえてローポリゴンで表現し、ポリゴンのゴツゴツした感じを筋肉のゴツゴツした感じに見立てて作られた。立体感の確認には、3Dプリンタで出力したクレイモデルも活用された。制作を担当したReel FX社にとって、360°映像はとても難しい挑戦で、従来の映像制作とは全く異なる制作パイプラインとの戦いでもあったとのこと。

CGキャラクタの表面の質感を表現するテクスチャは、ほぼすべて位置をあらかじめ指定して貼り込んだものを活用し効率化し、実際のプロレス会場の、リアルな光と影の表現は、通常のVR映像描画ではやらないようなトリッキーな工夫で実現している。


■Dear Angelica

DEAR ANGELICAのワンシーン

残念ながら2017年5月に解散してしまったOculus Story Studioの作品。Oculusの独自開発ツール「Quill」を使用してVR空間の中に手作業で描かれた素材を元にしている。

Oculus Story StudioでのVR制作は、まずはお気に入りのコミックをVR空間に表示するところから始まった。次にLostというVR作品を手がけ、次にHenryというオリジナルキャラクタの作品。映画的な作り方をしたVRショートフィルム作品をリリースしていった。

Lost

Henry

サンプル動画

メイキング動画

制作では事前にCGを検討するためのプリビズ、ストーリーボードの段階で、すでに全て360°で制作、ビルボードと呼ぶ仮想的な壁に貼付けた画像で奥行き感を確認したりしている。そういった中で、Oculusのコントローラーのプロトタイプで完成し、VR空間でドローイングが出来ないか試してみたりしていた。そこからさらに進化させ、三次元空間に描画できるようQuillというツールを開発し、とても高速に描けるようになった。

Dear Angelicaの制作ではQuill→SideFX Houdni→Unreal Engine 4という流れで利用している。Houdiniは大量のデータでも、どう扱うのか流れを設定することで扱えるのが重宝し、VR空間に描いたものを動かし、特殊効果をかけて、さらに最適化し描画時のストロークのタイミング、描画開始と、描画終了のタイミングなどを調整している。

さらに、orboltというsmart 3D assetsを活用している。制作では実際に何回も描いてみて、Houdiniを使った強固なパイプラインに何度も助けられた。この環境で、人間が描いた手順やストロークをうまくデジタル環境で再現し、表現することができた。描く人の情熱や勢いみたいなものも伝えられた気がしているとのこと。

VR黎明期の情熱と混沌

今回のSIGGRAPHでは、VRコンテンツ制作に関わる人々の情熱や、苦労、現在も開拓中のさまざまなノウハウの探索といった、いわゆる黎明期の情熱と混沌とが強く感じられた数日間であった。

ここで紹介したVR作品の数々やツール等は、スマートフォンアプリで視聴できたり、最新のVR機材で、ダウンロード視聴、コンテンツ購入等ができるものばかりであり、是非いろいろ試して体験して頂きたい。

VRゲーム開発者の中には、乗り物酔いの薬が欠かせないという人も居るようだが、一般視聴者にとっては、VR映像に酔ってしまったというネガティブな印象が残らないよう、「VR酔い」をリセットする方法をお薦めする。その方法は、まず正面を向いて目をつぶり、そのまま顔を下に向けて数分程度しばらく静止する。その後、下を向いたままゆっくりと目を開けると、映像酔いの原因である視覚と耳の奥にある三半規管が感じている感覚のズレをある程度リセットすることができる。お試しあれ。

txt:安藤幸央 構成:編集部


◀︎Vol.01 [SIGGRAPH 2017] Vol.03