txt:曽我浩太郎(未来予報) 構成:編集部

気になるVRについても考えてみよう

SXSWが開催前に発表した2018年のトレンドの一つとして「THE VR MARKET MATURES:成熟化するVRマーケット」があった。VRはすでに「どう使えるか?」を探るニッチなテクノロジーではなく、エンターテインメントをはじめアートや医療など様々なビジネスでの活用方法が広がりはじめ、テクノロジーのメインストリームになりつつある。果たしてそれらを加速させるためにはどうすればいいのか?というような議論が今年のVR/ARトラック(カテゴリー)には集まっていた。

SXSWでも2年目となったバーチャルシネマ。360度動けることが驚きになる時代は終わり、心を動かすコンテンツ体験をどう作れるかが問われていた

数あるVR /ARのセッションの中でも、特に「SXSW2018事前の見どころVol.02」で解説した「VRジャーナリズム」が今年大きく話題となった。これは「VRジャーナリズムって新しい!」という話ではない。成熟期に入ったVR市場において、より多くの人に届け、より多くの人の心を動かすためには、今後どのようなコンテンツやテクノロジー、そして視点が必要なのか?といったトピックを議論する中で、VRジャーナリズムが一番その分野で功績をあげているからだろう。

果たしてその最先端にいるスピーカー達は今、どのような未来を見ているのだろうか?いくつかご紹介したい。

サンダンス初のVR作品の出品。新たなジャンルを切り拓いたパイオニア

コンバージェンス(融合領域)の基調講演は「VRのゴッドマザー」とも呼ばれるNonny de la Peña(ノニー・デラ・ペーニャ)だった。

VRのゴッドマザーの講演を聞くために、インタラクティブ・フィルム・ミュージックすべてのジャンルから一気に人が集まった。会場はすぐに満員となり、サテライト会場も設けられた

今では懐かしい言葉に聞こえるかもしれないが、2007年頃に日本でも流行した仮想空間「セカンドライフ」。その仮想空間内において、男性が女性のアバターを使っている場合(いわゆるネカマ)に、女性よりもセクハラについて敏感になると言うリサーチがあったそうだ。ノニー氏はこの結果を振り返りながら、バーチャルリアリティにおける身体性と共感装置としての可能性を講演冒頭で強調した。

ノニー氏の功績を少し振り返りたい。2012年のサンダンスに出品されたはじめてのVR作品「Hunger in Los Angeles」」を製作して、VR界にファーストインパクトを与えた。Hunger in LosAngelsは、フードバンク(廃棄前の食材を食べ物に困っている人に届ける公的サービス)で現実に起こった事故を題材にした作品だ。行列に並ぶ男性が糖尿病の発作で倒れる中、人々が何をしていいのかわからずに戸惑う瞬間を360°映像と音声で再現した。

コンテンツの素晴らしさもさながら、この作品が評価されている点としてVRテクノロジーへの寄与もある。というのも、ノニー氏が納得する体験が既存のデバイスでは実現できないため、OculusRiftのリリースの前にも関わらず同社の開発メンバーの一人とともにVRのハードウェアを作り上げたのだ。まさに2013年頃から始まるVRデバイスの流行を、今までにない体験を求めるコンテンツクリエイターが生み出した事例である。

Hunger in Los Angelsを実際に体験した人は何もできず涙を流したり、反応がないことをわかりながら倒れた人を励ましたりする姿を見て、ノニー氏は更にVRジャーナリズムの可能性を感じたと言う

シリア爆撃からLGBTQ、環境問題まで。技術的ハードルも越えた作品を次々に輩出するノニー氏

もう少しノニー氏の功績を振り返ろう。SXSW2015でも展示されていたシリア難民問題を扱う「ProjectSyria(プロジェクト・シリア)」は、VRジャーナリズムのセッションでは言及されない事がないほどの有名作品だ。

「Project Syria」では、シリアの難民キャンプでの空爆をVRで体験できる)

次の作品は、アメリカの若年層のホームレスのうち40%がLGBTQで、特に有色人種が多いというリサーチがあったそうだ。その問題をより深く考えるきっかけを与えてくれるのが「Out of Exile: Daniel’s Story」。実在するゲイの少年ダニエル氏の家族へのカミングアウトの瞬間をVRで再現し、家族に受け入れられずに家を追い出されてしまう瞬間を体験できる

「Out of Exile: Daniel’s Story」ダニエル氏本人が動画で撮影していた音声をほぼそのまま使用。モーションキャプチャ技術や人工知能でボリューム計算を効率化するなど、技術的にも新しい事にチャレンジのある作品づくりをしている

環境問題にも彼女は積極的だ。「Greenland Melting」では、溶けゆくグリーンランドの氷が消失していく様子を時間を超えて確認することができる。

この作品では技術的なハードルだけでなく、科学者と一緒に作品を作るという新たな試みもはじめた

こうして振り返ると、ノニー氏のVR作品が一つ一つ制作されるごとに、ハードウェアやソフトウェアの進化が促されているのがわかる。2012年からノニー氏のスタンスは変わっておらず、常にハードウェアやソフトウェア、インフラ、プラットフォームの枠にとらわれず、自分が作り上げたいコンテンツ体験を妥協をせずに追い続けている。

今、世界はノニー氏のようなクリエイターを求めているはず。それはVRジャーナリズムの話に限らず、先に述べたようなエンターテイメントをはじめアートや医療など様々な領域においてだ。成熟を見せ始めるVR市場が更に世の中に受け入れられるために、ハードウェアやソフトウェア、そしてコンテンツ制作の枠を超えて、人々に本当に価値のある体験を想像できる力と異業種とのコラボレーションがもっと必要なのだと感じた。

安価なワイヤレスヘッドセットと5G通信がVRの未来を大きく変える

「今のインターネットはフラットすぎる。未来のインターネットはボリューメトリック(立体)になるはずだ」とノニー氏は未来像を語る。たしかに5G通信が実現したら3Dコンテンツ向けの通信も問題なく行われるだろうし、安価なデバイスが広がれば多くの人が手に取ることができ、現在スマートフォンで体験しているような事が、立体的な体験(VR/AR)に変わる可能性もある。スマートフォンの普及のスピードを思い返して見ると、その速度は一気にくるかもしれない。

ついつい私たちは「5Gで何ができる?それによって世界はどう変わる?」という発想をしがちだ。しかし「5Gをより意味のあるものにするためには?」という彼女の姿勢こそ、自分も心がけたいこれからのクリエイターの姿勢だと感銘を受けた。

VRジャーナリズム混迷期における資金調達の苦労も語ったノニー氏。VCからの女性起業家への投資はたった2%しかないとジェンダー平等化についても言及した

New Ethics(新しい時代の倫理)の必要性

VRジャーナリズム領域のプロデューサーやディレクター、オンラインプラットフォーマーが集まって、VRにおける未来の倫理について議論をした

多くの人がVRやARを使うようになると、事件や問題も多くなってくる。現にいくつかの事件が起こってきている事例をもとに、これからの倫理のあり方を議論されたセッションが「Ethics in VR/AR Journalism」だ。

正直このセッションの中でVRらしい良い事例はあまりあがらなかった。ハリウッドや映画業界で言われている事と同じように「人種や性別、セクシャリティなどを現実世界と同じように多様性のある配役するべきだ」などが挙げられたくらいで、まだVRとしてはフロンティア状態なのだと確信した。

その中で一つ、ARの事例で非常に興味深い事件があったので紹介したい。昨年、ScnapChatがARアートプラットフォームをローンチした。GPSタグで任意の場所にアーティストが自分の作品を置いて、ScnapChatのユーザーがその場で閲覧できるというもの。米国の人気アーティストJeff Koons(ジェフ・クーンズ)とコラボして行われたキャンペーンでは、公園にジェフ氏のAR上の作品がスナップチャットを通して見られるというものだった。

Snapchatオフィシャルの動画。憧れのアーティストの作品がARで体験できる素晴らしい未来が語られている

しかし、このキャンペーンにアーティスト側から「AR空間は誰のものか?Snapchatが勝手にそれを使っていいのか?」という反発があったのだ。Snapchatのようなイチ企業が公共空間のジオタグに対してプラットフォームを開いた結果、YouTubeのような独占的な市場となり、アート作品自体がビジネスのネタにされてしまう可能性があることをアーティスト達は危惧している。

反発するアーティスト達が、同じ場所のジオタグに、ジェフ氏の作品に落書きをして抗議をした

非常にこれは面白い事件だと関心した。これはどちらが悪いのか? どうするべきなのか?これに対する明確な答えはまだなく、議論や試行錯誤がこれからもっと行われるべき領域なのである。未来に起きるこのような事件や問題を想像し、議論を呼び起こせるかが今のコンテンツやストーリーテリングには期待されていると、改めて痛感した。

txt:曽我浩太郎(未来予報) 構成:編集部


Vol.06 [SXSW2018] Vol.08