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撮影助手セカンドから見た撮影現場を語る

「万引き家族」の撮影助手セカンドとして、主にカメラ周りのセッティングからフォーカスを担当した大和太氏。近藤撮影監督とタッグを組み、撮影現場をどのように支えてきたのか?大和氏に撮影現場の裏側を聞いてみた。

――今作ではどのようなポジションを担当されましたか?

日本映画界においては、撮影部の「セカンド」と呼ばれるポジションです。セカンドは現場の進行に合わせてカメラ周りのセッティング、体制を管理しつつ、撮影時のフレームの中のバレものなど、画づくりを、カメラマンやカメラに寄り添ってサポートしていきます。さらに、フォーカスプラーとしての役割もあり、カット割りや演出、カメラワークや芝居などを汲み取って、フォーカスを送ります。

撮影現場を振り返り語る大和氏

――撮影監督の近藤さんとのお仕事は、いかがでしたか?

カメラマンによって撮影方法は大きく異なります。基本FIXの方、移動車を多用する方、ジブに乗りっぱなしの方、ハイアングルやローアングルが多い方、フィルターやレンズの選択まで、極端に言えばカメラマンの数だけ方法論は異なります。

今回初めて近藤さんの助手につかせていただいて、近藤さん独自のスタイルを多く感じることができました。カメラマンを目指す助手にとって、このような実感を得られたことは、かけがえのない経験だったと思っています。

――現場ではどのようなイメージを目指そうとしたのか、撮影部で共通の認識みたいなものはありましたか?

特に細かなイメージの共有作業はありませんでした。不思議なことに、他の多くの映画の現場でも、具体的なイメージの確認作業的なことは、あまりしていません。もちろん、時には、監督やカメラマンから説明されることもあれば、事前にイメージの意図に相違がないかこちらからも確認することもあります。ですが、基本的には台本が中心にあり、台本を中心に各スタッフの理解や共感覚で現場が進んで行きます。

是枝組の場合、特に監督の脚本から受けるイメージが強いので、やはり台本を中心とした流れや雰囲気のイメージがしやすいと思います。僕は「三度目の殺人」に次いで是枝組二作品目でしたが、両作品とも、やはりイメージしやすかったです。

――特に印象に残っている撮影などはありましたか?

終盤の雪の一連のシーンですね。映画の製作は、多くの偶然性をはらむと僕は思っています。

是枝組は基本順撮りで、撮影が進むにつれ、物語と登場人物が役者に淘汰されて行き、撮影との組み合わせで生じてくる偶然性を、監督は必然性として修正されているように僕は感じました。なので撮影中でも台本には改定が出て、編集も変わって行きます。

多くの人が関わること、日々変化する季節、天候、ロケーションなどの組み合わせも偶然性です。東京数年ぶりの大雪という偶然も、終盤の治と祥太の二人の再会の情感には最高のシチュエーションとして、撮影に引き寄せられました。

個人的には、治と亜紀の居間でのカットバック、お風呂場でのじゅりと信代、亜紀と4番さんのくだりが好きです。

雪の降る中で撮影を行う近藤氏

――今作で使われたレンズとカメラを教えていただけますか?

カメラはフィルムカメラで、ARRIのARRICAM STです。世界的にはPanavisionとARRIのフィルムカメラが主流ですが、日本ではARRIが主流で、ARRICAM STとLTは、ARRIのフィルムカメラの最後期の機種です。レンズはLeicaです。シネレンズとしては、比較的新しめのラインナップです。

Leica Summicron-CとARRICAM STで撮影をする近藤氏

――なぜARRICAM STを選ばれたのでしょうか?

ARRICAM ST(スタジオ)とLT(ライト)の大きな違いは、STはマガジンが上部と後部の取り付けが選択でき、LTは、軽量化されていて手持ちなどに特化されていることです。今回は手持ちもほとんどなく、狭いロケーションも多かったので、マガジン位置の選択肢としてARRICAM STが適任だったと思います。

――ARRICAMと535Bの違いはどこにありますか?

現在フィルム撮影を行う現場でも、より良いHD画質でのモニターアウトを求める声が当たり前になり、 フィルム撮影の減少も伴って、HD-IVSに対応しなかった535Bは廃れてしまったように思います。

535B自体は現役でも使える良いカメラだと思います。535Bのバランスが好きなカメラマンもいて、モニターアウトを重要視しないカメラマンの現場では、少なくはなっていますが、まだまだ使用されることもあります。

――レンズにLeicaを使われた感想を教えてください

これは個人的な感想ですが、Leicaは、シャープネスに関しては柔らかい方向性だと感じました。さらに、今回使ったSUMMICRON(T2.0)は、SUMMILUX(T1.3)に比べて、やや柔らかい印象を受けました。一方でコントラストに関しては、Leicaは、Carl Zeissのレンズのようなコントラストの強さを感じました。 またLeicaのレンズ設計なのかボケ方のニュアンスにも個性を感じました。

本編のカットより

――今作はフィルム撮影でしたが戸惑いはありませんでしたか?また、大和さんが関わる現場のフィルムとデジタルの比率はどれぐらいですか?

カメラ1台のスタンダードな撮影の段取りでしたので、戸惑いはありませんでした。

僕のサード時代にフィルムからデジタルへ変わり始め、フィルムとデジタルが拮抗した状況となりました。巡り合わせでサード時代にはほとんどの作品をフィルムでキャリアを積ませていただきました。なのでフィルム撮影には戸惑いはありませんし、むしろフィルム撮影が与えてくれる、ルックや精神性が大好きです。

セカンドにステップアップした頃には、さらにフィルム作品が減少していましたので、フィルム作品でフォーカスを送ることはないのかなと思っていましたが、何本かのフィルム作品でフォーカスを送れたことは、幸せだと思っています。次の映画もフィルム作品でチーフとして参加するのですが、楽しみにしています。

――フィルムとデジタルの選択についてはどう考えていらっしゃいますか?

ただの選択肢だと思っています。

求める画がどういうものか?フィルムルックならフィルムが適切でしょうし、デジタルにしかできない画作りならデジタルで撮影すべきだと思います。どちらが上でどちらが下だというものではないとも思いますし、例えるならば、水彩絵の具かアクリル絵の具かのような違いだと思います。デジタルだとグレーディングでのルック作りをするという方法論なので画作りの幅は広いと思いますし、そのような技術をコントロールできる知識を身につけないといけないなと個人的には思っています。

デジタルでもフィルムに近い画作りもできますが、あくまでフィルムとデジタルはニアリーイコールでしかないと思います。フィルムにはフィルムでしかない表現の深みや、魅力があると思います。若輩者の僕には具体的に言えないのですが、フィルムが一つの選択肢として未来永劫残って欲しいです。

――フォーカスマンとして日常的に練習をすることはありますか?

フォーカスマンにも才能があると思います。例えば、投球のコントロールが良い人、悪い人がいるように、目測の才能、目勘が良い人、悪い人もいると思います。因みに僕は目勘の才能はない方の人間だと思っています。もちろん鍛錬はします。ある先輩は中国に行った際に買ったお土産のお面を壁にかけて、毎朝起きたら何フィート、ここから何フィートと距離感を確認されていたと聞きます。僕もルーティーンとしてスケールを引きます。ワイド玉だろうが、長玉だろうが、近距離だろうが遠距離だろうが一度はスケールを引いて、目勘の誤差を修正します。

目勘は狭いところ、広いところ、仰ぎ見るとき、俯瞰で見るとき、そして自分の体調でも誤差が生じてしまう感覚的なものだと思います。全てのフォーカスマンが各々の方法で目勘の修正を行なっているはずです。

本番までの段取りも重要です。現場の進行をしつつ、流れを崩さないように、こそーっと着実に準備します。カメラの移動幅、動きの点と点、役者の演技の把握、予測。絞り、ミリ数に対するレンズ光学的な深度の把握。それでもボケるときはボケます。それを観た時、全てのフォーカスマンは吐きそうになるでしょう。ラッシュが公開処刑場と化すことになります。ボケないレンズはありません。

――最後に今回の現場を振り返ってみていかがでしたか?

是枝監督は脚本から一貫して作品に想いを寄せられているように感じます。作品に関わる役者、カメラマン、美術、スタッフなどの多くの偶然性も包容し、丁寧に咀嚼され、必然的に受け入れつつ、作品を創られます。ここまで一貫してオリジナル作品を作られる監督・組は少ないと思います。そして組全体の雰囲気が抜群です。そんな組にまた関われたことは、僕にとって大きな財産だと思います。

そして、早くからカメラマンとして独立され、独自のスタイルを模索・確立されている近藤さんにつけたのは新鮮で貴重な経験だったと思います。近藤さんは優しく、質問すればいろいろなことを話してくださりました。歳も近く、お兄ちゃんみたいな人です。またお酒でも飲みながらいろいろなお話をお聞きしたいと思います。

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