[新世紀シネマレンズ漂流:フィールドインプレッション編]Vol.04 柔らかい表現を可能にしたキヤノンプライムレンズ「Sumire Prime」をテストする
2019-10-16 掲載

txt:倉田良太 構成:編集部
ミュージックビデオをSumire Primeで撮影
シネマレンズレビュー、今回は柔らかな映像描写を実現したキヤノンのPLマウントのプライムレンズシリーズ「Sumire Prime」。まずはSumire Primeの「CN-E24mm T1.5 FP X」、「CN-E35mm T1.5 FP X」、「CN-E50mm T1.3 FP X」と、5.9Kフルサイズセンサーを搭載の「EOS C700 FF PL」を使用して作り上げたミュージックビデオ「Sublime and Sublimity」を観てほしい。

柔らかな映像描写が特長の「Sumire Prime」
アーティストのマナ(manautes)さんは、素晴らしい才能の持ち主で今後の活躍が期待される。興味がある方は、 YouTubeチャンネルをご覧下さい。
撮影実現に至るまでの経緯
これまで、フォクトレンダーとシグマとレンズレビューを写真で行ってきた。これは写真の方がデータ量が多く、レンズの描写力を表すことができると考えるためだ。何より映像作品を作るには、時間とお金、人が必要だ。
いわゆるYouTuberのような家庭用ビデオカメラで自撮りするような動画なら個人で撮るのは簡単だ。しかし、レンズのレビューとしてそのメーカーの発売しているシネマカメラの中でもフラッグシップ機を一緒にお貸し出しを頂いた手前、ヘタな映像を作れないし出せない。どうしたらいいのか…。
撮影助手時代の後輩であり、今はカメラマン同士として友人である中野貴大さんに「こんな状況なんだけど、誰かミュージックビデオを撮りたい人いないかな?曲が良くてルックスが良くて…」と相談をしてみた。そんなに都合のいい話はあるわけないと思いつつ。

カメラマンの中野貴大氏
しかし、話はとんとん拍子に。
中野さんがこの話を藤木和人さん(作曲家、音楽プロデューサー)にしてくれて、藤木さんがマナさんを紹介してくれた。全員が顔を合わせて打ち合わせできたのが、撮影日の3日前というスケジュール。
そこからMVを作る曲を決めて、企画を考えロケハン。あっという間に準備期間は過ぎて本番撮影に挑むことになった。また今回は撮影を中野さんに頼み、自分は演出にまわった。
Sumire Primeを使ってみて

葛西臨海公園の撮影風景
何度も書いているが、レンズの評価はカメラの評価と一体化してしまう。今回でいうなら、キヤノン風の色づくりが写真的で好感が持てる。加えて「被写体を印象づける柔らかな映像描画を実現した」というSumire Prime。確かにMV全体が柔らかな印象だ。
普段はブラックプロミストやグリマーグラスなど、何らかの光学フィルターを入れて撮影することが多い。今回は内蔵ND以外、ノーフィルター。それでも、芯があり程よくボケて柔らかい感じ。
これも実は長年多くの撮影者が追い求めている画づくりに違いない。
フルサイズによる柔らかさの表現は絞り値による深度の要素が大きいが、そこを超えてレンズの持つ柔らかさの表現力、レンズメーカーは、まさに今ここに到達してきた。
決して今までのCN-E(EFプライム)レンズが硬いという印象があるわけではない。しかし、同一条件で撮影をしたら、Sumire PrimeはCN-Eレンズに比べて少しふわっとした、光学フィルターを一枚入れたような印象になるのだろう。今後発売されるCN-E85mm T1.3 FP X、CN-E135mm T2.2 FP Xにも期待している。
メイキングから見るSumire Primeの描画
以下、本番当日の時系列に沿って各ショットを紹介していく。
■渋谷駅
視線がクロスする渋谷のシーンから撮影スタート。ステディカムと24mmによる歩き、追っかけ。
フルサイズ24mmという画角はスーパー35サイズの画角で考えると大体16mm相当。ワイドである。広角感が少し強調されはじめる画角。この画、一枚ではピントの位置が床にきているように見える。
フォーカスの待ちポジなのだが、残念ながらMV内ではそこまで使用していない。フルサイズの広角ならではの被写界深度。

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同ショットの続き。ハイコントラストな窓辺。窓が大きく壁や床が白いため、内部の光のフレアも多い。暗部も思ったより明るいかもしれないが、外と中という状況で飛ばず潰れない画を撮れるのはLogならでは。上の写真と同一ショットで、絞りも一緒だが、グレーディングで調整している。

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■渋谷スクランブル交差点
交差点内での撮影も全てステディカム。三脚を使用した撮影許可が下りないので有名なところである。青信号の間に1ショット撮影するということを繰り返し、なんとか終了。
フォーカス送りを私が行ったが、シネレンズは送り幅が大きく、至近ではさらに大きい。フォーカスプラー全盛期から20年近く経った今、送るスピードが遅かった。
フォーカス送りはステディカムのため、ワイヤレスで行っている。いわゆるフォローフォーカスでは、スピードクランクというものを使う局面。

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この作品の重要なショット。現場で思いつきでトラックインしてみたが、フォーカスは自分だったというオチ。相変わらずの撮影ドM具合(笑)。なんと偶然にもピントが合っていた!

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オープニングとエンディングを飾る印象的なショット。解放のとろけるようなボケ具合。陸橋による光の明滅が、エンディングに非常に合っている。こういう偶然を取り込む力がこの作品にはあった。

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■葛西臨海公園
ステディカムによる横位置ドリーショット。普通ならレールを引く場面かもしれないが、今回はステディカムを使って、より被写体に寄り添った精神的な心の揺れ具合に付随するような心情表現ができたような気がしている。
いずれにしても、朝からずっとステディカムをオペレートしてくれている中野さんには頭が下がる思いだ。

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撮影風景
光、風景が気持ちよく、急遽撮影したバックショット。

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歌シーンの引き。背景を微妙にボカすことにより、アーティストの立体感、背景との分離に成功している。まさにフルサイズならでは。ワイドで微妙にボカすということは、撮像面が小さいと難しいからだ。歌シーンに関してはミニジブを使用している。

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撮影風景
今回の撮影では最望遠が50mmという状況だった。このサイズくらいのバストショット~アップは、距離感の近さもあり力強い。加えてマナさんの表情も情感豊かで、非常に魅力的なショット。

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歌い始めのパンショット。話がそれるが、監督とカメラマンの呼吸というか信頼関係というかパンのスピード1つでわかる。
阿吽の呼吸でパンスピードがイメージしたものと同じかどうか?普段は、撮影という立場で監督の求めるパンのスピードを具現化する。今回は、逆にイメージ通りのスピードをテイク1からやってくれた。

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撮影風景
■丸の内近辺歩き
ナイターでの歩きが数カット欲しくて、撮影したショット。大都会の街並み、整理整頓された風景、そして海外からみた日本、みたいなイメージを意識してロケ地を決めた。

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有楽町駅。上記同様35mmのウエスト。7分サイズは空気感が良い。

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迷いシーンショット。35mmはややワイドな画角になるが、標準レンズの50mmより気持ち引きたい時や、この画のように背景も広く入れたい時に使い勝手が非常に良いと感じた。

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何を撮るか、どう撮るか?
最後に今回4本の記事を書いた感想をまとめよう。フォクトレンダー、シグマ編の2本では、写真としての仕上げを目標にした。もちろん映像用途的な意味合いは濃かったが、記事に載せる写真というのが最後の形。
この場合、「何を撮るか、どう撮るか?」は写真家的な意味で一体化していて問題なかった。最終的な写真が写真家レベルに到達できなかったのは置いておいて。今回のSumire Primeは、映像作品として作るという目標に設定したことで何を撮るかに集中した。その結果、撮影を中野さんにお願いした。
前代未聞かもしれないが、これでいいのだ。感性の共有とでも呼んでいいかわからないが、大勢による映像作りは楽しい。
実写映像の世界では、明らかに何らかの共有する価値観が存在していて自分の個性、感性、他のスタッフの感性、そして共有する価値観、このセッションがたまらなく面白い。
スマートフォンの普及によって、「記録」的映像は非常に増えた。そんな中で今回一連の記事で紹介したシネマレンズによる「表現」としての映像、その自由度も大きく増した。レンズは明らかに次世代化しつつある。今必要なのは、レンズの描写力、味を受け止めるカメラなのではないか?
最後に、素晴らしい才能の持ち主、マナさん、編曲、プロデューサーの藤木さん(小道具としてギターやマイクもお願いさせてもらいました)、そしてステディカムやミニジブの機材まで含めて撮影を担当してくれた中野さんに感謝します。
■撮影Tips(04)−“柔らかい”の考察
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“画が柔らかい”とはどういうことか?柔らかいの反意語は硬い。硬いの方がわかりやすいかもしれない。画の硬さ、柔らかさについて影響がある要素を列挙してみると
- 光の質
- 光のコントラスト
- レンズの焦点距離、絞り値、フォーカス位置による被写界深度
- グレーディング
- レンズの持ち味(ボケ味、フレアの拾い方など)
- カメラ、センサーの階調表現力
- 被写体そのもの
まだ他にも要素はあるかもしれない。
これらの総合的な組み合わせの結果、画の印象は決まってくる。今回Sumire Primeを使用して出来上がった「Sublime and Sublimity」は全体に柔らかい印象である。
その印象はSumire Primeの持ち味によって、多分それはボケ味なのだと思うが、それによって形作られている部分もあるし、そうじゃない要因によるところもあると思う。
レンズの特徴はひとつのショットで形作られるのではなく、ひとつの作品全体から受ける総合的なものではないか、というのが自論であり、今回特に挑戦したかった部分である。
一つだけ確実に言えることは、今回の映像、そして抜き出した画像は全てSumire Primeというレンズを通った光によって作られている。
それだけは間違いない。
txt:倉田良太 構成:編集部
[ Category : SPECIAL ]
[ DATE : 2019-10-16 ]
[ TAG : 新世紀シネマレンズ漂流]
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