MPCが手がけた、ARゲーム「マインクラフトアース」のCMより
txt:安藤幸央 構成:編集部

広告系の映像制作もロケが困難。CG/VFX効果が重要に。リモートワークで進める映像制作

新型コロナウイルスの影響で、米国やイギリスの主要CM制作プロダクションでもリモートワークが余儀なくされた。今まではロケ地やスタジオに集まっていた労働力は完全に遠隔地に分散し、可能な作業は各々在宅で進めざるを得ない状況になった。ミーティングや進捗管理であれば、ビデオ会議でなんとかなるものの、俳優やタレント、モデルを使った撮影は困難な状況にある。

集団での撮影は事実上困難になり、映像的にも大勢が集まって騒いでいるような表現は避けられるようになった。そこで、大勢での撮影を行わず、フルCGで広告映像を制作する必要性に迫られた。人と人が距離を保ったまま、ソーシャルディスタンシングを保ったまま、リモートで撮影を実施し、限られた人員、限られた状況でCMとして求められるクオリティの映像制作を行う必要がでてきたのだ。

SIGGRAPH2020で行われた映像制作の裏側を紹介するプロダクションセッションの一つ、「MORE WITH LESS: THE STATE OF THE ART OF CG IN ADVERTISING」(より少ない労力でより多く:広告におけるCGの現状)が業界内の注目を集めた。

セッションでは映画制作のCG部門もかかえる大規模CGプロダクションであるMPC、イギリスロンドンを中心とし、広告賞の受賞歴も多く世界中のCMを手がけるThe Mill、映画の始めや終わりに流れるタイトルシーケンスの映像作りでも知られるMethod Studiosの面々がリモートワーク時代の映像制作について、それぞれの現状や工夫を視聴者へ伝えた。

MPC(Moving Picture Company)

発表者

  • Moving Picture Company/Jessie Amadio(CG/VFX Supervisor)
  • Moving Picture Company/Camila De Biaggi(Senior Executive Producer)

もともとMPCは世界各地に拠点があり、仕事の種類や人的リソースの空き状況によって世界各地のメンバーでチームを組んで制作していたことが今回の新型コロナウイルスへの対応でも功を奏したそう。米国ニューヨーク、ロサンゼルス、イギリスのロンドン、インドのバンガロール、オランダのアムステルダムなど、実際に一度も会ったことのないメンバー同士でチームを組むことは今までにも数多くあったようだ。

過去にロケ地での撮影に制限があり、フルCGで制作した百貨店のCMの仕事は、映画「ナイト ミュージアム」から着想した映像で、46のキャラクタが登場したCMだ。スニーカーやゴルフクラブ、サッカーボールなどが3DCGキャラクタで擬人化された。衣服(フード付きパーカー)がひとりでに動き出すCGは、実際に人がパーカーを着た動きを模倣して制作された。

CM本編:”The New Kid”-DICK’S Sporting Goods Holiday 2019

メイキング:The Making of “The New Kid”

カツラが空を旅するバージン航空のCMは、現物のカツラを仔細に観察し3DCGで再現された。カツラの再現にはシミュレーション機能が優秀な3DCGツールHoudiniが用いられた。実際にスキンヘッドのメンバーがカツラを被ったり外したりを繰り返し、それらの映像をリファレンスとして制作された。

CM本編:Virgin ‘Up, Up & Toupee’

メイキング:Virgin Australia VFX Breakdown By MPC

大作SF映画などで知られるリドリー・スコット監督が手がけたブランデー(コニャック)ヘネシーの2019年のCMもMPCが手がけた映像だ。タイトル通り、7つの独特の世界を描いた4分ほどの映像作品で、CG/VFXによる特殊映像は約100ショット、お酒のCMとしてではあるが映画一本撮影できるほどの予算と手間がかけられている。

もともとリドリー・スコット監督はアート作品かと思えるほどの綿密な絵コンテを描く監督として知られ、監督が思い描いた絵コンテ通りの映像をいかに3DCGで再現するというのが今回の制作のポイントであった。

CM本編:ヘネシーX.O-7つの世界–リドリー・スコット監督

メイキング:Hennessy X.O-The Seven Worlds-Directed by Ridley Scott-Behind The Scenes

CGで作られた人間も登場し、表現豊かな映画はともかく、CM映像であればCGで作成した人間でも十分役目を果たすが、その代わり撮影した人物に比べ膨大な手間がかかるのが現状だということだ。CM向けのデジタルヒューマンの需要は増えつつも、MPCでは撮影とCGとの両方を使い分けているとのこと。

イギリスの百貨店ジョンルイスの年末CMでは、CGで作られた若きエルトン・ジョンが登場した。過去の記録映像を全く使わずにCG/VFXで作られた映像で、よく知られた有名人の顔をCG/VFXで制作するのは困難を極めたそう。

CM本編:John Lewis:The Boy and the Piano

メイキング:John Lewis & Partners ‘The Boy and The Piano’-VFX Breakdown

PS4のゲーム「The Last of US 2」発表の際の映像は、MPCが全て担当し、ゲーム中のCG映像を生かした制作が行われた。

CM本編:The Last of US 2(ゲームの予告編)

現在新型コロナウイルスの影響でリモートワークを余儀なくされているが、MPCがここ数年進めてきた複数拠点で連携して働くバーチャルプロダクションの仕組みや、デジタルヒューマンによる表情や動きを全てリモートでも演出可能な仕組みに関してはとても可能性を感じているとのことであった。

The Mill

発表者:

  • The Mill/Todd Akita(FX Supervisor)
  • Epic Games/Jimmy Gass(Senior Technical Artist)

少し過去のCM作品と、最近のCM作品を見比べることで、どういう現状なのかを把握する話であった。転職サイトMonster.comの2017年のCMでは、Mill Mascotというリアルタイムに演出可能なキャラクターアニメーションの仕組みが使われた。

その当時最先端だったLeap Motionという手の動きをトラッキングするセンサーと、リアルタイム描画に優れたゲームエンジンであるUnreal Engineが活用された。Monster.comのCMには約8本のセリフの無い台本があり、大きくて可愛げのあるキャラクターが登場することと、ソーシャルネットワークで浸透しやすい30秒以内の広告映像であることが求められた。

CM本編:monster.com-Opportunity Roars(2017)

メイキング:Behind the Scenes: Monster.com ‘Opportunity Roars’

Mill Mascot|Real-Time Animation System

ここで培われたリアルタイム描画の仕組みはTHE HUMAN RACEというゲームと車メーカーが協力した映像作りにも応用された。四方八方に位置トラッキング用のARコードを貼り付けたMill Blackbirdと呼ばれる電気自動車に道路を走らせ、撮影されたダイナミックな背景と車体走行映像を、車体のみリアルタイムCGに差し替えるというアプローチだ。

この方法を使えば高級車やビンテージカー、未来の存在しない車まで、ありとあらゆる車の走行映像が制作できるのだ。この挑戦の初期にはゲームエンジンの映像が実際のプロダクションレベルで使えるかどうか不安であったが、現在はなんの心配もなく信頼しているそうだ。

メイキング:Behind the Scenes: Chevrolet ‘The Human Race’

2019年に作られたChantixの禁煙促進CMでは、リアルタイムで七面鳥の羽がふさふさとしている様子を生成していた。羽の様子ひとつひとつをコントロールした上で全体の羽の質感を周りの環境に合った形でシミュレーションし、演出ができる優れものであった。

CM本編:Chantix-Slow Turkey(2019,USA)

CM本編:Chantix|Rink|The Mill

2020年はじめ、AppleのゲームサブスクリプションApple Arcade登場時に発表されたゲーム「Beyond a Steel Sky」のCMは3週間で制作しなければいけないというタイトスケジュールであった。4人のUnreal Engineアーティストと、CGアーティストがUnreal Engineを学びながら協力して作業が進められた。リアルタイムでCG映像を作りつつ、それらを素材とし従来型のコンポジット(合成)による流れで、映像制作が行われた。

Beyond A Steel Sky-Apple Arcade Launch Trailer

The MillではリアルタイムCGによる映像制作を進めているが、以前として従来型の手間と時間をかけるVFXの手法をまるごと置き換えるものではなく、要所要所で使い分けていくことによって、このリモートワークの時代にも効果を奏するとのことであった。そしてリアルタイムCGの活用は、従来型のVFXではできなかったスケジュールや予算で映像制作が可能となる新しい機会をもたらしていると、Todd Akita氏は語った。

Method Studios

発表者

  • Method Studios,Method Made/John Likens(Creative Director)

Method Madeは、米国とカナダに複数の拠点をもつ老舗のCGプロダクション・VFXスタジオ。マーベル系の映画をはじめ、オンライン配信ドラマのCG/VFXや、ミュージックビデオ、ゲームのオープニング映像、広告映像を数多く手がける。映画のオープニングに流れるタイトルシーケンスを得意とし、Method Studiosの中でデザイン業務を担当する部門がMethod Modeである。

Method Studioが手がけた広告映像のデモリール(2017年版なので少し内容は古い)

タイトルシーケンス:The Night Of-Main Title Sequence

タイトルシーケンス:WARRIOR-Main Title Sequence

タイトルシーケンス:Deadpool 2-Opening Titles Sequence

Method Studioでは一般的なCM制作には使われていないCG/VFXの最新技術モーションキャプチャやフォトグラメトリ、モーションコントロール、バーチャルセットといったテクノロジーをうまく活用し、先進的な映像を生み出しているとのこと。クライアントへのプレゼンテーション作成作業用のマシンも、GPU(グラフィックスハードウェア)満載の超ハイエンドのコンピュータを用意して作業効率を高めているそう。

■モーションキャプチャ活用

Bud Lightのビールの泡が踊り出すCM映像と、そのメイキング2人のダンサーの動きをモーションキャプチャしたデータを泡CGに変換している。

CM本編:Bud Light-Made for Living/alt music.

メイキング:Bud Light-Made for Living making of

■フォトグラメトリ活用

フォトグラメトリとは撮影対象を360°撮影することで、その物体を3Dデータ化しCGデータとして取り扱う3Dキャプチャ手法実写の映像と合成しても違和感が生じないメリットがある。

CM本編:Staples Back to School-Everything On Your List

■モーションコントロール活用

CM本編:”Just Got Better” 2020 Titleist AVX

■バーチャルセット活用

通常はグリーンバックで撮影して合成するところを、背景全面にLEDスクリーンを配置し、カメラの動きに合わせた映像を投影することで、合成が必要ないバーチャルセットが運用できるようになった。

一昔前だと、コスト的にも技術的にもクオリティ的にも難しい面があったが、現在は実用レベルのセットが作れる。背景を全て自由に演出できるだけでなく、照明もコントロールでき、なんならグリーンバックとしても使えるのだ。確かに通常のスタジオ内に組み上げるセットに比べればコストと設置の時間がかかるが、その後工程の便利さを考えるとこれ以上の方法はないと考えられるそうだ。

Epic社と協力して進められたバーチャルスタジオのプロジェクト。オンライン配信映画「マンダロリアン」ではさらに大規模なバーチャルセットが使われている

Epic社の次世代ゲームエンジンUnreal Engine 5ではさらに写実的でリアルな映像制作が可能となるため、John Likens氏は今から期待しているそうだ。

Unreal Engine 5 Feature Highlights

今後こういったバーチャルセットを用いた撮影が普及していくことで、スタジオの中だけで様々なことが可能になってくる。今は家がオフィスになっている状況だけれどもさまざまなツールのおかげで、より多くのものが得られるようになることをこれからも期待しているそうだ。

本プロダクションセッション発表者の皆様

続くレポートでは、SIGGRAPH2020より最新機器、最新の研究情報をお届けする予定だ。

txt:安藤幸央 構成:編集部


Vol.02 [SIGGRAPH2020] Vol.04