txt:小林基己 構成:編集部

150坪スタジオ内に約50坪グリーンバックステージを備えた日本最大規模の合成専用スタジオ

日活調布撮影所の中に存在するバーチャル・ライン・スタジオ。その第4スタジオの扉を開けるとホリゾントをグリーンに塗られた約150坪の大きなスタジオが広がっていた。

しかし、ここはただのグリーンバックスタジオではない。カメラの動きに合わせてリアルタイムでフォトリアルな3DCGの背景の映像も違和感なく動いてゆく。背景だけではない、前に置かれた車、樹木、雨や雪といった被写体の前景も、今、撮影している被写体の映像を反映した状態で表示される。バーチャル・ライン・スタジオという会社名が示す通りバーチャルリアリティを用いたリアルタイム合成スタジオなのだ。

老舗の映画スタジオの日活と、VFXのデジタル・フロンティア、テレビCM制作会社を傘下に持つAOI TYO Holdingsの3社の出資によってバーチャル・ライン・スタジオは2020年の10月にスタートした。

まず、このスタジオのディテールを説明しよう。約150坪のスタジオに約50坪の3面グリーンに塗られたホリゾントとグリーンカーペットの床があり、ETC社ColorSourceで制御されたARRI社SkyPanel(LED照明)で照らされている。グリーンバック用の照明はそれで賄われているので、中心にいる被写体の照明だけ考えれば良いというのは撮影スタッフにとっては好都合だ。

カメラはBlackmagic DesignのURSA Mini Pro 4.6KにレンズはFUJINON 19-90mm T2.9。トラッキングセンサーはRedSpyを使用している。もちろん持ち込んだカメラやレンズを使用することも可能だ。その場合は、事前にキャリブレーションが必要になる。そして、それら全てをつかさどるのがZero DensityのRealityというVFXシステムである。このRealityがマッチムーブ、合成、CGレンダリングと、大活躍してくれている。

BlackMagic Design「URSAmini Pro 4.6K G2」とFUJINON「ZK19-90mm」。xR対応スタジオ用にキャリブレーション済み
オンセットプリビズとリアルタイム合成を実現するZero Density社のReality

ロケ撮影よりも自由度の高いクリエイティブな空間を実現

このスタジオを理解するにはバーチャル・ライン・スタジオ公式YouTubeチャンネルで公開しているプロモーション映像を見てもらうのが一番だと思う。かなり丁寧な作りで、分かってもらい難いバーチャルスタジオというシステムを分かりやすく解説している。

バーチャル・ライン・スタジオ プロモーション映像

その中でも登山のシーンと渋谷のスクランブル交差点のシーンは秀逸だ。なによりもナチュラルな照明と背景のリアリティだろう。

登山シーンを例にとると。本来、自然光の晴れ渡ったコントラストの強い映像はグリーンバックの苦手とするところだが、それを接地面とその周辺を美術で作りこむことによって上手く処理している。しかも、その実際のセットとリアルタイムレンダリングの山の風景とのマッチングも良い。

コントラストが強い映像はグリーンバックに向かないというのは、影の暗部にグリーンの反射が影響してしまうからだが、これもスタジオが広いことによってグリーンとの距離を取れることや接地面を実際にセットで作っていること、Realityのカラーコレクション機能などで違和感無いレベルに追い込んでいる。

このスタジオで使用しているRealityのメーカーZero Density社のデモリールでもファーストカットに使われているぐらいだ。

渋谷のスクランブル交差点にいたっては、広さを利用して縦横無尽にダンスする姿を手持ちカメラで追っていく。カメラマンのモニターには背景まで映り込んだ映像が出ることでロケのようなフレーミングが可能だ。

最近だと栃木県足利市に渋谷スクランブル交差点のセットを常設し映画やドラマ、CMといろいろな場面で目にすることがあったが、このデモリールのスクランブル交差点は全てCGレンダリングである。

特に驚いたのは通行人がいることだ。さすがにこれだけはリアルタイムレンダリングではないとInterBEEでもカミングアウトしている。ただ、それでも人物無しの状態で仕上がりの映像を確認しながら撮影できるのは、このような手持ち撮影の時には助かる。

奥のモブの人物モデルは、リアリティが保てる距離感の選び方が絶妙にうまい。

それにしても、リアルタイムでこのグリーンのキー抜きの精度には驚いた。これにはRealityとバーチャル・ライン・スタジオならではの理由があるようだ。キー抜きにはスタンダードな色や輝度で抜く方法と、空舞台と被写体がいる映像を比較して違う要素を抜き出すという差分キーヤーという方法がある。Realityは両方を併用することで精度を上げている。

INTER BEE CREATIVE講演「バーチャルスタジオの可能性」(講演)

特筆すべきは、その差分の方法が実際の映像と、3Dレンダリングされた空舞台CGとの比較でキーイングをしていることだ。本来、差分キーヤーは固定カメラか同じ動きをするモーションコントロールカメラでないと成立しない。しかし、Realityはカメラが動いていてもカメラと同じ動きを再現した空舞台CGとの差分で抜くことが出来る。

INTER BEE CREATIVE講演「バーチャルスタジオの可能性」より

このスタジオが布ではなくホリゾントにグリーンが塗られていることで、風などで変化しないCGで表現しやすいグリーンになっているという所以である。これによって透明な物体やうっすらと出た影など、グリーンバックが苦手とする物体も比較的きれいに表現することが出来る。

自分の記憶では、これだけ大きなグリーンバック常設のスタジオはなかったような気がする。グリーンバック撮影がこんなに多いにもかかわらず、なんで今まで存在しなかったのか不思議なくらいだ。

グリーンバックは、そのバック素材を借りるのにも料金がかかるし、それを均一に照明するのもライト量が必要だ。それがデフォルトの状態で出来上がっていて、来てからは人物周りのライティングを決め込んでいけばいいというのだから、考え方として非常にシンプルだ。

とはいってもグリーバック撮影か。と、残念に思ってしまう自分がいるのは何故だろう?自動運転やAIなど、最新技術が搭載されている車でさえ、雨が降ればワイパーを左右に振っている。そんな残念感だ。合成にはブルーバックかグリーンバック、もうこれはフィルム合成の時代から変わらず続いてきた潮流である。だからこそ、追求し続けてきた分、撮影部や照明部にも感覚がつかみやすい。今までのノウハウも活かせる。

じゃあ、バーチャル・ライン・スタジオの新しい部分とは何だろう?

その場で完成形に近い映像を見ることによってグリーンバックで問題視される、照明のマッチングも即座に確認することが出来る。背景を先に撮っておくという合成撮影の既存のセオリーなら、光の方向性もカメラワークも背景素材に準じなければならなかった。それがRealityを使った合成なら、スタジオの照明にCGの照明を合わせていくこともできる。

スタジオの人物の動きに合わせてカメラを動かしたとしても3DCGの背景なら、そのカメラワーク通りの背景素材をレンダリングしてくれる。そしてRedSpyでカメラの動きをトレースすることで、グリーンにつけるマーカーもいらなければ、モーションコントロールカメラに頼らなくても良くなる。

LEDスクリーンを使ったバーチャルプロダクションでは基本的に1カメしか使えないが、RedSpyとRealityを複数セット用意することでマルチカメラにも対応できる。

バーチャル・ライン・スタジオは、この150坪という広さを武器に、今まで不自由だと思っていたグリーンバック撮影を、場所や時間に縛られず、思い描く完成形により近づけることが出来る。そして、ロケ撮影よりも自由度の高いクリエイティブな空間を作り出している。

「みんなが集まり、思考錯誤ができる場所にしたい」田中正社長インタビュー

日活調布撮影所内に日本最大規模という合成専用スタジオを開設したバーチャル・ライン・スタジオ。そのスタジオ開設の思いと今後の意気込みについて、同社代表取締役社長の田中正氏に話を聞いてみた。

小林氏:こちらのスタジオは、国内のバーチャルスタジオの中でも初期に開設されたと思います。具体的な時期はいつごろでしょうか?

日活とデジタル・フロンティアさんは、2006年に公開の映画「デスノート」から2011年に公開の映画「GANTZ」などでお付き合いをしてきました。

そんな作品に関わっている最中に、海外からバーチャルプロダクションみたいな言葉が聞こえてきまして、日活としても撮影所で何か新しい技術やシステムを取り入れることが武器になるのではないか?それで面白い作品が作れるのではないか?日本のスタジオと映像制作技術があって、日本トップレベルのCG制作会社であるデジタル・フロンティアのこれまでの知見や技術があればできるのではないか?と盛り上がりました。

そこで事業計画やシステム導入の検討も開始すると同時に、2020年1月には世界で最も高度な技術を持つスウェーデンのVFXスタジオ「Stiller Studios」を視察に行きました。

さらに、合成専用スタジオはCM業界でも活用できるのではないだろうかと、AOI TYO Holdingsに話をしたところ、ご賛同を頂きまして、日活、デジタル・フロンティア、AOI TYO Holdings3社の共同出資による合弁会社「バーチャル・ライン・スタジオ株式会社」が誕生し、2020年10月12日に営業開始しました。

私達が導入したVFXソリューションはRealityシステムです。Unreal EngineをベースとしたRealityシステムとグリーンバックスタジオと照明も常設にした形でスタートしました。

VFXのソリューションにReality以外の候補はあったのでしょうか?

確かに存在はしていました。Realityは元々、映画やドラマではなく放送用のシステムなんです。また、ライブアクションの実写映画撮影に選ばれる専用システムが少し見当たりませんでした。その中で、精度の高い情報の取得や世界的な使われ方の信頼性みたいなことも含めて選択しました。

確かにRealityの2020年の中から選ばれた28のプロジェクト映像「Reality Virtual Studio 2020 Showreel」をみると、バーチャル・ライン・スタジオ以外はテレビ放送が中心でした。だから一番最初に実写に近いあの登山のカットが使われている。あれインパクトありますよね。

恐らくZero Densityからすると、そこに当社の映像に興味をもってくれたと思います。生放送ではないコンテンツ制作で使ってくれたことで注目していただいたかと思います。私達の当初の計画では、ライブアクションでの利用や撮影現場でVFXと実写映像のマッチングを確認できるオンセットビジュアライゼーションという使い方が中心でした。また、そのまま収録して完パケも当然内容によってはできると思います。

そんな使い方を想定してスタートしましたが、実際始まってみると怒涛のライブ配信イベントの問い合わせを頂いております。弊社スタッフの仕事の8~9割がその見積もりの対応状態です。

去年のコロナ禍でオンラインイベントが増え、積極的なアーティストはいち早くからオンラインイベントや無観客配信を実施していたかと思います。恐らく今年に入ってもまだこの状態は続く予測も含めて、さらなるクオリティの高いものができないか?と考えられているようです。その中で、何やら日活にスタジオがあるらしい。Realityを持ってるらしいと、話が広がっているようです。

弊社としても、もともと配信をやりたいとは思っていましたが、想定以上の反響でした。

LEDウォールではなく、昔ながらのグリーンバックであることは気になりました。ですが、そのグリーンバックだからこそできる自由度があることも改めて感じています。

LEDで撮影することによって、面白い映像が撮れることも分かっています。しかし、まず事前に背景の画ができていないといけません。完成していないと、LEDにグリーンを出してポスプロで合成する方法もあると思いますが、LEDまで用意する必要はないですよね(笑)。

LEDは、ピントをLEDウォールに合わせるとモワレが出てしまったり、荒さが見えてしまいます。そこらへんは、「どっちがいいの?」ではなく、それぞれ一長一短があるのではないかと思います。

LEDスクリーンのスタジオを見ると、新しいもののトキメキみたいなものがありますが、それに縛られてしまう何かもあります。その一方、グリーンバックは「こんなこともグリーンバックでできたんだ」と再確認しました。

Realityの面白いところは、人物の前にCGオブジェクトが置けることです。なにか造形物があって、人物がその前に行くことや、後ろに行くことが可能です。おそらくこれは、従来のリアルタイム合成ではできなかったクオリティのはずです。

トヨタ「MIRAI」の新型MIRAI発表会の収録をこちらのスタジオで行いましたが、車をCGの車を一周して裏にもいけます。しかもその人物が窓を抜けて見ることも可能ですし、ボンネットには影が映ります。こういった実存感みたいなものがRealityを使うと演出可能です。

また、監督さんやカメラマンさんがリアルタイム合成されたモニターで確認しながら撮影できるのは恐らくクオリティアップにつながると思います。当然ライブだけではなく、映画などの収録でも活かせると思っています。

あとは日活調布撮影所の4stが使えたのは凄い大きいですね。この広さは凄い。

広さは最大の売りです(笑)。ここは普通にCMや映画の撮影で稼働していたスタジオです。それを合成専用スタジオに改装する決断には、なかなか勇気がいりました。

広さを拡張できるのがバーチャルスタジオの利点だと思いますが、このスタジオの広さへの投資は有効だったと思います。

広さがあればできることが違うだろうし、音を出すこともできます。すでに、ここの広さでさまざまな実績があります。

映画の人やドラマ撮影の現場の方は、この広さの範疇で「これぐらいのことができたらいいな」と、さまざまなことを考えてきていると思います。この広さがあれば、クレーンも入れられますし、かなりワイドな画を撮ることも出来ます。

この広さだったら、ちょっとしたセットも建てられますね。フルセットを建てると意味がなくなってしまいますが(笑)。

でも面白かったのは、デモリールの中の「NATURE」で、山のセットをやるときは「接地面は無理だよね」とのことで、あれはあえて地面を作りました。濡れた土を用意して、そこを靴で歩きます。このようなペシャと踏み込む感触をCGで再現するのは困難ですが、そこの範囲を実際に作ってやればいい。それが、リアルタイムであの合成ができるものの面白さです。ステージはグリーンですが、床だけ作っても別にいいんです。

また、渋谷の背景はデジタル・フロンティアさんが、これまでも作って来られていて、ご自分たちの中で常にアップデートして、さまざまな形で持っていた物を今回用にアップデートして使った感じです。

最後に今後のスタジオの展望を聞かせてください。

撮影所としてこれまで以上にここに人が集まり、集まって来て頂いた方が「次これやろうよ」「この実験してみようよ」「こういうもので行ってみようよ」というように、一緒に新しいものを生み出せる場所にしてくことが理想です。その中でまた見えてきたら、次の技術も入れたいと思っています。興味のある方はぜひ問い合わせをください。

txt:小林基己 構成・写真・動画:編集部

小林基己
MVの撮影監督としてキャリアをスタートし、スピッツ、ウルフルズ、椎名林檎、リップスライム、SEKAI NO OWARI、欅坂46、などを手掛ける。数多くのCM、映画「夜のピクニック」「パンドラの匣」他、ドラマ「素敵な選TAXI」他、2017年NHK紅白歌合戦のグランドオープニングの撮影などジャンルを超えて活躍。noteで不定期にコラム掲載。

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WRITER PROFILE

小林基己

CM、MV、映画、ドラマと多岐に活躍する撮影監督。最新撮影技術の造詣が深く、xRソリューションの会社Chapter9のCTOとしても活動。