NAB2012で発表された米国オートデスク社Autodesk Smoke 2013は、ハイエンド編集・エフェクトソフトウェアながらも米ドルで3495ドル(日本販売価格53万5500円)という低価格、なおかつAutodesk Smoke is changing.Everything.という謡い文句の通り、インターフェイスをはじめ、全てをゼロから設計し直した大規模バージョンアップという思い切った戦略で、度肝を抜いた。

今回は、NAB2012会場にて、米国オートデスク社 メディア&エンターテインメント部門 エンターテインメント インダストリー マネージャーMaurice Patel(モーリス・パテル)氏に、この新しいSmokeについてお話を伺った。

今業界に訪れている3つの大きな変化

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モーリス・パテル氏。多くのユーザーのお陰で、Smoke2013の発表にこぎ着けたという

はじめに、パテル氏に、なぜ、このNABのタイミングでこれほど大きなリデザイン発表を行ったか、その理由を単刀直入に伺った。

まず、今の映像業界には、3つの大きな変化が訪れています。それは去年発生した、ハード、ソフト、そしてマーケットの要件の変化です。ハードウェアの変化では、非圧縮によるデジタル映像の取り込み、様々な機能を持ったカメラの登場、そして、なによりもマルチコアCPUの普及が大きな要素です。iPadなどのタブレットですらもマルチコアOSを搭載し、グラフィックボードでもそれが採用され、ローコストでハイパフォーマンスな環境が誰にでも手に入るようになりました。データの取り込みなどではMacに搭載された帯域幅の広いThunderboltテクノロジの登場は、その高速性と手軽さで、大きな変化と言えます。こういった素晴らしいパワーを持ったハードウェアを生かすソフトウェアの必要性が、ハードの側からも発生したのです。これにより、素晴らしい帯域幅を持ち、様々な用途に応用の利くデジタルメディアが誕生したのです

パテル氏はこのように、去年のNABから全てが始まったのだと指摘。今、なぜ、そうした応用の効くリッチメディアが必要なのだろうか。これに対してもパテル氏はソフトウェアの話に入る前に、と前置いてから、明確に答えた。

こうした様々な用途に応用の利くリッチメディア、つまり、複数の配信方法の映像フォーマットによる販路拡大や、マルチディストビューション(複数販路)などを前提としたリッチメディア開拓は、今の業界の必須事項です。例えば、(ネットなど安価な)オンライン映像制作サイドからその他のメディアへも転用できるような高いパフォーマンスの映像が増えただけでなく、(ハイエンドな)テレビ放送側からもそうしたリッチメディア展開を前提とした大きな変化が起きたのです。特にテレビ放送における変化は大きなものです。

ソフトウェア面では、昨年のApple社のFinal Cut Pro Xの登場の結果、映像業界全体に大きなシェア変動が起こり、多くのユーザーが弊社のSmokeを始めとする他のソフトへと移行したことも大きな要因です。去年のこの変化により、編集とは何か、編集ソフトとは何か、そうしたことをみんなが考え直すようになったのです。そこで、去年のNABの後、私たちは何百人もの映像編集者やその他のお客様にアンケートをしました。その結果、多くのお客様で、最も大事なものは「時間」であるという回答が出ました。どういうことかと聞き直してみると、つまり、ただ編集をするだけではもう駄目で、カラーグレーディングやエフェクト付けなど、様々な機能が同時に使えなければ時間が余分にかかり、編集ソフトとしては成り立たない、というのです。ワークフローの改善要求があったのです。

確かに、特に、Canon C300やSONY F3 Log収録キットなどのLog収録を前提としたリーズナブルなカメラ機材の発売や、様々なRAW収録メディアの発売による、LogやRAWの急速な普及は、カラーグレーディングの必要性を制作現場にもたらした。しかし、複数回のグレーディングは映像の劣化に直結するため、編集時に、同時にグレーディングやエフェクトまで仕上げる必要が出てきたのだ。そのためには複数のソフトを切り替えながら使う従来の手法では、時間がかかりすぎるというのだ。

そこで、マーケット上、映像編集者の方々に、そうしたワークフローの改善を含んだ提供を行う必要が出てきました。それも、なるべく安く手の届く範囲で、です。そこで我々はSmokeを再デザインして、実際にプロトタイプを作り、映像編集者の方々に触れて貰ったのです。その結果、映像編集者の方々がそのプロトタイプを大いに気に入って頂き、素晴らしいと褒めて頂き、今回のSmokeのゼロからの作り直しにGoサインが出たのです。多くの映像編集者の方々の協力の結果、今回のNABの発表にこぎ着けることが出来ました。実際の製品の発売は9月に予定しています

そうパテル氏は微笑む。秘密主義の多い業務用映像編集ソフトウェアにおいて、こうした多くのユーザーを巻き込んだ手法が採られたのは、大変に珍しく、画期的なことだと言えるだろう。

全てが作り直されたSmoke 2013

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一新されたSmoke2013のUI

Smoke 2013において、全ての機能を作り直しただけでなく、インターフェースから作り直しました。名前こそ同じ「Smoke」ですが、既存とは違う全く新しい製品です。もちろん、既存のSmokeからは多くの機能などを引き継いでいますが、新しい製品と考えていただいた方がいいでしょう

かつてアカデミー賞を取ったこれだけの看板製品をゼロから作り直すとは、何とも大胆な戦略だ。しかもそれを普及価格で、誰もが手に入れられるMac用ソフトとして販売するのだから凄い。しかし、なぜSmoke2013では去年まで同ソフトについていた「for Mac」という文字が取れたのだろうか?何か、そこに込めた思いなどはあるのだろうか。

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MacとThunderboltでつながれたストレージでSmokeの快適な製作環境が保証される

それは「Macが当たりまえ」だからです。他に理由はありません(笑)。 前述のThunderboltテクノロジ、安定性、ユーザー環境、そしてコストパフォーマンス。いずれもSmokeにはMacが当然なのです。もちろん、(Macではない)既存のターンキーシステムも弊社は従来通りやってますよ。かつて、HDが普及したのは、HD対応のインターフェイスカードが普及したことが大きなポイントでした。それと同様に、今起こっているこのリッチなプロダクションを(リーズナブルな環境で)可能とした変革においては、MacのThunderboltテクノロジによる高速インターフェイスの普及はとても大切な要因です。もし、Thunderboltテクノロジが無ければ、Smoke 2013は非常に高価なものになっていたことでしょう。もちろんThunderboltだけがMacを選んだ要因ではありませんよ(笑)

ターンキーシステムと言えば、以前のターンキーシステムの「Smoke Advanced」では日本円で1300万円以上だった事が思い起こされる。そうした高価なシステムが、「Smoke for Mac」となり、それが「Smoke 2013」となって、ついに、日本販売価格53万5500円という誰にでも買える値段までになった。これは何よりも画期的なことだろう。

よりリアルタイム性を必要とされる方には、従来どおり、ターンキーシステムの「Autodesk Flame Premium」がお勧めです。Flame Premiumの特長としては、やはりパフォーマンスです。あらゆる作業が高速に実現できます。さらに、3ds MaxやMayaの3Dファイルを読み込んで、プロシージャルテクスチャのサブスタンスやAlembicを利用可能です。しかし、もちろんSmoke 2013でも、S3Dによる立体視や3Dオブジェクトの読み込み、そして3Dリライティング機能などの優れた機能はついています

Smoke 2013が優れているのは、そうした優れた機能を、自然なワークフローの中で使えることだという。

私たちは、映像編集者が自分たちの仕事をするために最高のツールが必要だということで、このAutodesk Smoke 2013をつくりました。数百人の要望を受け、そこから作り上げられた、様々なエフェクト、カラーグレーディング、その他ユーザーフレンドリーな多くの機能は、複数のソフトウェアを行き来することなく、ワークフローを改善し、時間を節約することが出来ます。こうしたワークフローの改善の例の一つとして、例えばコネクトFXは、直接タイムラインで編集者が映像を扱うことが出来ます。複雑なエフェクトをフローチャートを使って簡単に扱うことも出来ます。こうした機能は、上位機種のFlameなどを参考に導入したものです。

しかし、こうした大幅な改善の結果として、ハイエンドだった「Smoke」は、例えばこれは大変にいじわるな質問だが、Adobe社のCS6 MasterCollectionのようなミドルレンジ製品と対抗することになったのではないだろうか?

確かにSmoke 2013は低価格にはなりました。しかし、私たちのSmoke 2013は、そうした製品に比べて、完全な統合環境で一本のソフトウェア内で全ての作業を完了することが出来るのが大きなアドバンテージです。つまり、Photoshopで画像を開き、その後AfterEffectsでエフェクトを掛け、そのさらに後にPremiereで編集をするといったような、あっちこっちのソフトウェアを行ったり来たりする必要が無いのが大きな強みです。つまり、ワークフローの改善によって、そうしたソフトよりも大幅に制作時間を短縮することが出来るのが、Smoke 2013なのです

ワークフローの改善は、映像業界における重要事項の一つだ。特に、Canon C300のようなLogカメラ、REDやBlackmagic Cinema CameraのようなRAWカメラの登場・普及によるワークフローの変化は、今後の映像業界の大きなテーマの一つとなるだろう。

もちろん、私たちはそうしたカメラメーカーとも協力して改善や対応をしてゆきます。元々RAWやLog編集に強いSmokeですから、その点では大きなアドバンテージがあるでしょう

こうした優れたハイエンド製品である「Smoke 2013」が、リーズナブルな値段で使えるようになるのは、9月だという。発売が非常に待ち遠しい。