大いに盛り上がったTechnology Summit on Cinema。こういったカンファレンスがいくつも開催される

NABshowもう一つの側面。カンファレンス(技術研究会)

NAB Showといえば商品見本市展であり、そのホール展示は誰もが知るところだ。しかし、NABにはもう一つの側面がある。それが、カンファレンス(技術研究会)だ。カンファレンスには、主に学生や若手あるいは新規転職者に向けた技術取得コースである「ワークショップ」と、主に新規分野に関して業界先駆者が来場者と共にパネルディスカッションを行う「サミット」、著名な作品やスタジオが自分たちの成果を発表する「スーパーセッション」などなど、オフィシャル開催のものだけでも多くの種類がある。それ以外にもオフィシャル開催以外では、出展企業がプレス向けに独自に広報する「プレスカンファレンス」や大手販社向けの「プライベートセッション」などというものもあり、こちらは事前に発表内容をプレスや業者に明かすことで記事の速報性と正確性を図るというものだ。

今回は、筆者が参加した2つのオフィシャルカンファレンス「Technology Summit on Cinema」と「Media Technologies for Military & Government」からいくつか面白かった情報をご紹介したい。

今こそ映画のデジタル化を真面目に話そう「Technology Summit on Cinema」

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「The Future of Cinema」セッションは、錚錚たる面々で行われた

「Technology Summit on Cinema」は、NABのエキシビション開催直前の4/5と4/6に開催されたカンファレンスで、サミットという名前が付いていることからわかる通り、米国映画界の先駆者たちを集めて、テーマ毎にパネルディスカッションをする形式で執り行われたカンファレンスイベントだ。NABはその名の通り放送に関わる展示会ではあるが、2007年のREDの登場以来、映画産業を牽引する存在でもありつづけてきた。そのNABがついに映画面でのテクノロジーカンファレンスを大々的に開いたのだから、これが注目されないはずが無い。カンファレンスが行われた大会議室は常に満員で、活発な意見が交わされた。

今回のNABはここ数年来無く盛り上がったが、その原動力は、デジタルシネマ関連の新製品ラッシュと、事前に行われたこのTechnology Summit on Cinemaの盛り上がりによる場の暖めの効果だと筆者は確信している。

中でも筆者が参加していて興味深かったのは、映画テクノロジの未来を、モデレーターMichael Karagosian氏(MKPE Consulting LLC)、パネリストがMatt Cowan氏(Entertainment Technology Canada Ltd.)、Rob Hummel氏(Group 47)、David Keighley氏(IMAX)、Howard Lukk氏(The Walt Disney Studios)、Steve Weinstein氏(Deluxe Entertainment Services Grope)という豪華な面々で語り合った「The Future of Cinema」のセッションであった。

このセッションでは幅広い近未来の技術についての議論が行われたが、中心となったのは、4Kなどの高精細度技術の話であった。4Kはダウンコンバートで簡単に2Kにできるが、当然に逆はただの補完計算となり、難しい。そのため、パネリストの間でも、4Kでの制作が当然だと言う受け止め方が多かった。このパネリストたちがそこで意見が一致したのだから、少なくともDCI 4K(4096×2160)のサイズでの制作は当然のことと考えた方がいいだろう。

ただし、実際問題としてまだ低解像度の環境に観客はいるし、また、4K映像自体も同じS35サイズのセンサーで考えるとピクセルあたりの光量は2Kでの制作とは大きく異なる点に注意が必要では、という声があった。そこで、IMAXのようにセンサーサイズそのものの拡大も必要では無いか?という質問があった。

IMAXのDavid Keighley氏の回答は「実際うちの子供達はDVDや、せいぜいブルーレイを見てるよね。それで納得してる。でも、IMAXがブランドとして強力な価値を持つのだから、4Kやハイダイナミックレンジが価値を持たないはずが無いでしょう?」というもので、これは非常に説得力を持つと感じられた。実際、IMAXの持つピクセルとフィルムサイズのパワーとその精細感は、確実に価値を持つことを我々関係者全てが知っているのだから。

また、4K特有の問題として、フォーカスや映写環境の問題についても熱く語られた。フォーカスに関しては、技術的にEVFなどが発達すれば解決するし、そもそもフィルム映画では(IMAXなど)もっと高精細だったのだから問題はない、というのがパネリストたちの一致した見解であった。また、ハイフレームレートについては色々な意見が出たが、映画は24pというバランスなのだからそれが主流となるだろうし、それよりも、まずはハイダイナミックレンジが大事だし、さらにいえばそのダイナミックレンジを伝えられる映写スクリーンの環境の方が大事だ、という話が主流であった。

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確かにいわれてみれば、NABの看板もネット系やその機材を出す新興企業ばかりだ

その話の最中、スクリーンといえば、とモデレーターのMichael Karagosian氏が話題を振ったとき、会場には一種の連帯感があった。彼が「iPhoneとかは?」と口にした瞬間、会場はそれ来たぞ、とどっと湧いたのだ。もちろん、観客は、映画界の「古い重鎮」であるパネリストの誰もがこれを否定してくるものと思ったのだ。しかし、彼らは違った。口を揃えて「表現力の高い凄いスクリーンだ」「普及率が高い」「いつでも誰でも持ち歩いている」「僕もよくiPhoneで予告編くらいは見るよ」「近い将来確実に4Kにも対応してくるだろうね」と、むしろ世界最大級の映像配信ネットワークとしてスマートフォンを見ていたのだ。これは新鮮な驚きであった。時代は、そうした巨人たちの認識をも大きく変えていたのだ。

実際、NAB会場の広告を見ても、外の大広告は、新興のネット放送機材やネット放送サービス系のメーカーに取って代わられてしまっているし、会場外に据え付けられた定番の衛星放送車も、気がつけば今年はネット放送企業のものであった。そもそも、映画機材の話をこのNABでしていること自体が、映画関係者にとっては大きな変化であるとも言える。もはや、フィルムかデジタルかという口論は過去のものとなり、今や現実問題として、そのデジタル化された映画コンテンツを携帯にどう配信して行くのか、というところまでが映画ビジネスの主要な柱となっていることを痛感させられた。アメリカを代表する映画というビジネスも、今、大きな変革期に入っているのだ。

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NAB定番の中継車もクラウドサービスのものだ

とはいえ、流石は映画関係者のパネルディスカッションだけ有り、やはり映画らしいなあ、という古くからの関係者にはちょっと嬉しくなるコメントもあった。例えば、一般質問でUHD(QFHD=3840×2160)の映像や機材の話題が出たが、パネリストたちがあっさりと「いやあ、4Kの話をしようよ」(=つまり、QFHDは4Kとは認めない)と全員で笑って流してしまう場面もあった。筆者もそうだがフル4K(4096×2160)でない4K環境に、映画関係者は興味ない。まずは映画たるもの第一義として映画館のスクリーンで上映できること。その上で、他のコンテンツ配信媒体に流せること、というのが大事なのだ。

いずれにしても、こうした「Technology Summit on Cinema」のセッションからは、映画への熱い思いと、そして、それに対して積極的に新技術を導入していこうという熱意が感じられた。こうした地盤作りがあったからこそ、NABエキシビション本番でのあの、AJA CIONやPanasonic VARICAM 35などなどのシネマカメラ群発表での盛り上がりがあったのだ。

「Military & Government Summit」は縮小、「Media Technologies for Military & Government」へ

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赤い持ち込み照明が怪しい「MARS ONE」のセッションは大いに盛り上がった!

カンファレンス好きには嬉しい「Technology Summit on Cinema」の大成功があった傍ら、当然に割合を減らされたカンファレンスもある。それが、筆者も例年通って大好きだった「Military & Government Summit」で、これは看板だけあちこちに残したままで規模を縮小し、「Media Technologies for Military & Government」という4月9日1日だけの限定開催、小規模でしかも非軍事系中心のカンファレンスとなってしまった。

この原因は、オバマ大統領による軍縮の成功によるもので、米国軍産共同体系系統の強い日本ではあまり報じられては居ないが、米国の軍事系イベントは大きく縮小され、軍事系の人材は次々に新エネルギー開発分野などに配置変えをされてしまっているのだ(余談だが、いわゆるシェール革命の一層の盛り上がりもこの一環だともいわれている)。シェール革命や新エネルギー開発は、ブッシュ家を初めとする共和党系が大きく利益を得ているため、敵である筈の民主党のオバマ大統領の軍縮政策に文句を言いにくい状況となっているようだ。ホワイトハウスのスタッフも、その多くを共和党系や軍産共同体系の者にそうした軍事転用技術などの新規事業をやらせていると聞く。敵に塩を送る、非常に上手い政治戦術だと言える。

そんな事情でMilitaryとは名ばかりの民間系ばかりのイベントが一日中続く中、筆者の目を一段と引いたイベントがあった。それが「One Way Astronaut」と題打って行われた「MARS ONE」のセッションイベントだ。

「MARS ONE」は、民間ベースの火星移住計画で、その訓練や移住の様子を流すリアリティ番組の放送権などを財産として世界中からファンドを募集、その資金を元にして「片道で」火星に人々を送り込もう、という計画だ。非常に低コストなコスト計算が為されているのだが、これはNASAなどの政府系の計画が人を「往復させる」事を前提としているから打ち上げ重量が大きくなって高価になるのであって、初めから帰って来なければ安く上がる、というのがこの「MARS ONE」の主張なのだ。このNABの「One Way Astronaut」セッションでは、その言い出しっぺのBas Landorp氏自身が語るとあって、大いに盛り上がった。

イベントでは、頻繁にコロンブスを例に取り「果たしてコロンブスが帰国を考えて冒険に出たのか!?」と、とにかく帰還する事を考えずに先に進むことこそが大事なのだ、という主張がBas Landorp氏によって繰り返された。

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繰り返し語られたコロンブスの手紙。彼に「発見」された側の有色人種としては複雑な思いが無いわけでは無い

既にロードマップに従ってクルーの一時募集まで終えており、来年2015年には地球の砂漠に作った実際の宇宙船と同寸の閉鎖環境でのトレーニング開始、2018年には衛星機器、2020年にはローダー車輌によるミッションを開始、2022年には荷物や自動機材の初打ち上げを行い、翌23年には前述の衛星機材やローダー車輌によって人々が住むエリアの建設と探査を開始、そして2024年には最初のクルーの打ち上げ、翌2025年には火星に初着陸、その後は2年おきに4人ずつのチームを送り込む、という予定になっている。

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宇宙船はそのまま住居になるそうだ。住居の床面積は10平方メートル程、とのこと

気になる宇宙船の技術については「自主開発をせず、サービスを買ってくる」という手段で挑むとのこと。「MAERS ONE」のグループは技術者グループでは無く、あくまでもファンドを中心にした集まりであって、技術はそのファンドで得たお金で「買ってくる」というのがこの計画の肝だ。それも、技術自体を購入するのでは無く、例えば「地球を出て火星にまで運ぶサービスを買う」という形での出資になるそうだ。一般質問では「宇宙船の技術は本当にあるの?」とかBas Landorp氏に対して「なぜあなたは行かないの?」といった鋭い質問が飛び交ったが、それでも聴衆は好意的に捉えている人が多かったように思える。

この「MARS ONE」は、現状では現実性が高いとは言いづらいミッションだが、既にクルーの募集を終えているということで、非常にわくわくするものを感じる話では無いだろうか。少なくとも、もしも移住自体が成功しなくても、その過程で得られるものは大きいのでは無いかと思えてくる。真面目に映像を語り合うカンファレンスだけでは無く、こういう全く斬新で面白いイベントが見られるのも、NABの凄いところと言えるだろう。新製品の見られる派手なエキシビション会場も大事だが、もし機会があればカンファレンスも覗いてみて欲しい。

txt:手塚一佳 構成:編集部


Vol.02 [NAB2014もうひとつの視点] Vol.04