サーフェシング・アーティスト北田栄二氏にインタビュー

日本でも絶賛上映中の映画『ハッピーフィート2 踊るペンギン レスキュー隊』。既に映画館でご覧になられた方も多い事と思う。今月のコラムでは、この作品にサーフェシング・アーティストとして参加された日本人デジタル・アーティストの北田栄二氏に独占インタビューを敢行、その制作舞台裏に迫ってみた。

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まず北田さんのプロフィールをお聞かせください。

私のCGのキャリアがスタートしたのは、大阪の小さな映像プロダクションからでした。その後「どうしてもエンターテイメントの映像制作に携わりたい」という思いが強く、上京。上京後はSquare Enix Visual Worksで主に『Final Fantasy』シリーズの映像制作に6年間携わっていましたが、同社に勤務中、結婚を経て第一子が誕生しました。『家族との時間を大切にしたい』との思いから海外転職を決意しました。その後オーストラリアのAnimal Logicからオファーを頂き家族での初海外生活が始まりました。渡豪当初は慣れない環境、文化、言葉の違いなどで大変な苦労をしましたが、今では良い思い出です(笑)

Animal Logicとの契約が終了した後、第二子出産のため一時帰国していましたが、しばらくして同じくシドニーにあるDr.D Studios(以降、Dr.D)から『ハッピーフィート2』のオファーを頂き、単身で再渡豪しました。『ハッピーフィート2』終了後はシンガポールのDouble Negative Visual Effectsに移籍し、オーストラリアに次ぐ第2の海外生活を家族と共に再開しました。

Dr.Dは、どのようなスタジオなのでしょうか?

Dr.Dは、2008年にアカデミー賞監督のジョージ・ミラー氏(代表作: 『マッド・マックス』シリーズ、『ハッピーフィート』シリーズ、『ベイブ』シリーズなど)とダグ・ミッチェル氏の二人がOmnilab Media Groupと協力して設立した、シドニーに拠点を置く新しいVFXスタジオです。まだ歴史は浅いですが、オーストラリアを代表するスタジオのひとつです。このスタジオが手掛けるプロジェクトの多くが、設立者の一人であるジョージ・ミラー監督の作品という事も大きな特徴です。

スタジオの規模は、『ハッピーフィート2』の制作ピーク時には500人近いデジタル・アーティストが働いていました。同作終了後は、多少の減員はあったと思いますが、次のプロジェクトの制作が既に始まっています。Dr.Dの制作スタイルは、ハリウッドの多くのスタジオと同じように基本的には分業制です。

(C) 2011 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED

『ハッピーフィート2』のプロダクション期間はどの位でしたか?

構想&企画段階からの制作期間を含めると、最低でも3~4年程度は掛かっていると思われますが、実制作のプロダクション期間は2年程だと思います。日本では1本の映画を作るのに2年!?と驚かれる方も多いと思いますが、ハリウッド映画の多くのフルCGアニメーションの場合だと実制作2年間で200~300人というのが現在のスタンダードなスタイルだと聞いています。

私が担当したアセットは、主に映画冒頭のオープニング・シーケンスに登場するエンペラー・ランド(皇帝ペンギンたちの住み家)と象アザラシが群れを成している浜辺です。スベン(鳥のキャラクター)が登場するスベンバーグという氷塊と、回想シーンなどに登場するライブアクション用の探索船のアセットを担当しました。

制作チームは、どのような構成だったのでしょうか?

分業制なので、大きく分けて10チームで作業していました。アート、レイアウト、モデリング、サーフェーシング、リグ、アニメーション、モーションキャプチャー、ライティング、コンポジット、そしてR&Dなどでした。各チームには専任のスーパーバイザーが1人~2人配置されています。また、リードはチームの規模、人数によって異なりますが各1人~7人でした。コーディネーターもリードと同様にチームの規模、人数によって異なりますが、各チームに専任で1人~5人ぐらいのコーディネーターがいました。

また、日本と異なり各チームにテクニカル・サポート専門のチームがあり、TD(テクニカル・ディレクター)とTA(テクニカル・アシスタント)が各チームに数人ずつ配属されていました。

僕が所属していたサーフェーシング・チームは30人弱のチームで、キャラクター・チームと背景チームに分業していました。ここにはスーパーバイザーが1人、リードが2人、コーディネーターが2人、TD1人、TAが3人。キャラクターを担当するサーフェーサーは10名弱、背景を担当するサーフェーサーが10名強という構成でした。最終的にアニメーション・チームとライティング・チームが100人近い人数になったのは覚えています。その他のチームは20人~30人前後のチームで、プロジェクトの進行と共に各チーム流動的に人数は変化していきました。

(C) 2011 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED

サーフェシングという仕事の魅力や、日本の現場との違いなどをお聞かせください。

日本ではあまり馴染みのない職種ですが、基本的な作業の内容はスカルプティング、テクスチャーペイントとシェーダーのセットアップになります。サーフェーシングという職種の名の通り、表面質感を作り上げる職種です。サーフェーシングの最大の魅力は、最終イメージに関われるという部分でしょうか?

自分の設定した質感が、最終イメージに反映される。自分の質感設定が、映像の出来、不出来を大きく左右する。そんな感覚が最大の魅力だと思います。日本ではモデラーがテクスチャー・ペイント、質感設定まで行うケースが多いですが、海外の大手プロダクションの場合は分業しているケースが多いですね。

また、ディスプレイスメント・マップを多用して仕上げていくのも海外プロダクションの特徴だと思います。日本の場合はレンダラーの違いもあり、ディスプレイスメント・マップをあまり使わない印象があります。

この作品では、ライティングのパイプラインにHoudini+3Delightが採用されたそうですが?

私自身はサーフェーシング・アーティストということで、直接ライティング作業を行うことはありませんでしたが、『ハッピーフィート2』のライティング・パイプラインでは主にルックに関わる部分(サーフェーシングとライティング)はHoudiniをメインソフトに使用していました。

作業の流れとしてはMayaでモデリングされたアセットをHoudiniに読み込み、サーフェーシングの作業を行いました。サーフェーシングが完了したアセットは、ライティング・チームにデリバリーされてライティング、レンダリング(3Delight)という流れになります。シェーダーは基本的に全てインハウスのシェーダーを使用していたので、自分でシェーダー・ネットワークを作る必要は殆どありませんでした。ターンテーブルの作成、ショットのセットアップ、レンダージョブの管理なども、すべてインハウスのツールで行われていました。

オーストラリアで働かれてみて、仕事と生活の中で印象的だった事は何ですか。

仕事で最も印象的だったのは、やはり労働環境、労働時間の違い、ワーク・フローやパイプラインの充実ぶりですね。日本ではアーティストが手作業で行うようなことをツール化して、自動化していることに大きな驚きを覚えました。またオーストラリアは多国籍なスタジオが多いので、様々な人種、文化で構成されていることが多いです。色々な国の技術が集まってきているのにも驚きました。

またオーストラリアは都心部でも非常に自然が多く、大きな公園、プレイグランドなど子供を遊ばせる場所も豊富にあります。時間の流れもすごくスローです。家族連れ、子育てには非常に魅力的な国、環境だと思います。もし、海外挑戦を希望される際は、アメリカだけでなく、オーストラリアも視野に入れてみてはいかがでしょうか?

最後に、読者の皆さんにメッセージを!

『ハッピーフィート2』は心温まる家族の物語です。ぜひ、劇場にはお子様連れで、足を運んで頂きたいですね。それと映画冒頭のペンギンの群れがタップダンスをするシーンは迫力あるシーンに仕上がっていると思います。映像と音楽の両方を楽しんで頂きたいです。

私自身は、今年の11月からシンガポールのDouble Negative Visual Effectsと1年契約をしたので、来年以降もシンガポールで働いている可能性が高いですが、最終的にはニュージーランドのWetaかアメリカ西海岸の大手プロダクションで働くことを目標に日々制作に取り組んでいます。また、私自身の海外での経験や印象に残っていることをまとめた『北田栄二の海外武者修行』というブログを運営していますので、是非こちらもご覧頂ければと思います。

オーストラリアだだけでなく、海外生活、就労に関する色々な情報を掲載しています。またブログのメールフォームから質問なども受けていますので、お気軽にご連絡頂ければと思います。

WRITER PROFILE

鍋潤太郎

鍋潤太郎

ロサンゼルス在住の映像ジャーナリスト。著書に「ハリウッドVFX業界就職の手引き」、「海外で働く日本人クリエイター」等がある。