ピクサー・アニメーション・スタジオ(以下、ピクサー)といえば、『トイ・ストーリー』『モンスターズ・インク』『ファインディング・ニモ』、そして現在公開中の『メリダとおそろしの森』など様々な名作を生み出してきた世界でもっとも有名なCGアニメーションのプロダクションだ。そのピクサーで、ライティング テクニカル・ディレクターとして『トイ・ストーリー3』や『カーズ2』の製作にも関わられたウェンチン・シュー(Wen-Chin Hsu)氏がAutodesk University Japan 2012のセッションに合わせて来日した。ピクサーの強みやライティングのテクニックについて話を聞くことができた。

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–どのようなきっかけでアニメーション業界に入られましたか?

シュー氏:大学の専門はぜんぜん関係のないソーシャルワークを勉強しました。4年生のときにインターンシップの機会がありまして病院で仕事をしました。そのインターンシップで行った病院で私が担当したのは小児がんの病棟で、そこで入院患者のお子さんと遊ぶことでした。

例えば、一緒に映画を見たり、絵を描いたりしていて、それが結構楽しかったのですね。ちょうどおりしも『トイ・ストーリー2』が公開された頃で、『トイ・ストーリー2』を見せると本当に子供たちが真剣に見てとても喜ぶのですね。小児ガンの患者さんだからやっぱり苦しいとか痛いとかあるはずなんだけれども、それも忘れて凄い喜んでくれる。そういうのを見たときに、自分がソーシャルワーカーという仕事に就かなければほかになにができるか?

もともとアートというのは興味があったので、ひょっとしたら他のことをやるんであれば映画のほうに進めるかもしれないと。ちょっとクレイジーかもしれないんですけれども、そういうふうに思ったのがきっかけでした。

–最初に入られた会社はどんな会社でしたか?

シュー氏:卒業して最初に入ったのはR!ot Pictureという小さなプロダクションでした。一番最初に手がけたのは大ヒットシリーズの映画『スパイキッズ』を手がけたロバート・ロドリゲス監督の『シャークボーイ&マグマガール 3-D』という3D映画です。あの当時の3D映画は片方が赤で片方が緑のメガネが必要でした。そうすると確かに3Dには見えるけれども、色はとてもひどくなってしまいます。最初の公開初日にすごいエキサイティングだと思って映画館にいったのですが、予想以上に子供が少なくてがっかりした記憶があります(笑)。

–現在はピクサーで活躍されていますが、ほかのアニメーションスタジオとピクサーはなにが違うのでしょうか?

シュー氏:最近はどこでも常等手段でシリーズ第2作、シリーズ第3作、シリーズ第4作みたいな続編ばかり作る。しかし、大体は段々クオリティが落ちていくことが多いのですね。ピクサーはあまり続編というのを作ってこなかったし、続編を作ったにしてもクオリティは落ちません。続編とはいえ世界はそのままに忠実に維持はしているけれども、まったくオリジナルなストーリーがそこに展開される、というところがほかとは違います。

–ピクサーの作品といえば傑作ばかりです。ここまでヒット作を生み続けられる要因として何があるからなのでしょうか?

シュー氏:創造性と自由だと思います。オフィス自体も考えて設計されていて、たとえば男子トイレと女子トイレが両端にあるとします。つまりトイレに行くにも真ん中を突っ切らないといけないから、トイレに行こうとすると途中で誰かと鉢合わせすることがあります。そうすると、どうしても話をせざるを得ない。コミュニケーションをせざるを得ないような設計になっているのです。そうやって人と話をすることによって、いろんな新い考えが沸いてきたりとか、今まで自分が経験してきたこととか、そういったことを交換しあうようなコミュニケーションが生まれるようになっているのです。そこで偶発的に起きた話が、火花のごとくヒットにつながることもあるかもしれないというわけです。

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2010年に公開された『トイ・ストーリー3』(c) Disney/Pixar

–『トイ・ストーリー3』と『カーズ2』ではどのようなポジションで具体的にどのような作業をしましたか?

シュー氏:基本的にライティングとコンポジティングをやりました。『トイ・ストーリー3』の場合にはいろいろなシークエンスを担当しましたが、特におもちゃたちがアンディーに別れを告げるシーンもやりました。ここはできるだけ人を泣かせたい、というシーンです。監督は人を見て振っているかもしれないのですが、そういうお涙頂戴シーンがなぜかよく私のところに回ってきます(笑)。

ライティングの具体的な作業なのですが、まずアートディレクターはカラースクリプトというものを作って用意します。それに基づいて、我々はアートディレクターが求めているようなものをライティングワークで再現します。例えば、色をデサチュレートする、つまり色を失うことによって悲しい感じだったり塞ぎこむような鬱な感じを表すことができます。逆に、サチュレートを豊かにカラフルにすると、ハッピーな思い出や感じを表すことができます。

また、窓から差し込む光、つまり後ろから光が射している形になると、夢を見ているようなほんわりしたような雰囲気を出すことができます。下から光を当てるとキャラクターがちょっと怖い、なにを考えているのかわからないといった悪者のようなイメージを与えることができます。

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2010年に公開された『トイ・ストーリー3』(c) Disney/Pixar

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2011年に公開された『カーズ2』(c) Disney/Pixar

–『トイ・ストーリー3』や『カーズ2』で、特に苦労されたところや、それを解決する方法があったら教えてください。

シュー氏:『カーズ2』は劇中で車がレースをしているわけで、特にたくさん車が登場します。なので、反射とかスペキュラーによってレンダリングに凄く時間がかかりました。また、多数の車が出てくる中で、その中で一番重要な車とかキャラを見ている人の視線が集まるようにさせなければなりませんでした。きちんと一番重要なキャラや車を浮き立たせないと、どこをみていたらいいのか分からなくなってしまうからです。対処としては、メインキャラのところにはスペキュラーをかけて際立たせて視聴者の視線が集まるようにしました。

また、写真でよく使うテクニックなのですが、背景を全部ぼかしてしまって真ん中のはっきりしているところだけに視線がいくようにしたりもします。非常によくある写真のスキルなのですが、そういったものも映画でもよく使用します。

–ライティングワークをするうえでどのようなことに注意していますか?

シュー氏:1つ目は、撮影監督の指示をきちんと理解することが重要です。とても行間を読み取らなくてはいけないようなコメントをよく撮影監督は言います。例えば、「もうちょっとスイートにしてくれない?」とか、「もうちょっとこれキュートにしてくれない?」という表現を使われます。撮影監督のいうところのスイートとかキュートというのはもっと赤みを強くすればいいのか?もう少し明るくすればいいのか?とか読み取る必要があります。うまく読み取れなくて「何で?」ということになったことも多数あります。

また、アートディレクターはすべてのショットにカラースクリプト化してくれるわけではありません。例えば1シークエンスあたり1つのカラースクリプトということもあります。具体的なカラースクリプトが出ていない場合には、アートディレクターや撮影監督と話をして何が求められているのか?というのを理解する必要があります。その時には口頭で聞いた中身から心の中で自分なりの画を描いていき、そしてそれをクリエイティブな形で行いつつ、それが実際にアートディレクターおよび撮影監督が求めることに忠実であることが重要です。

それには実際にライティングに取り掛かる前に全体的な映画のストーリーの流れを感覚的につかむことが重要です。例えば私の場合ですと、『メリダとおそろしの森』のライティングに取り掛かる前に6回ほど見ました。

–『トイ・ストーリー3』から『カーズ2』、『メリダとおそろしの森』にいたるまでピクサーの製作する映像はどんどんリアルになっています。ピクサーの中でも技術的な進化というのはあるのでしょうか?

シュー氏:技術は日進月歩で進化しています。あとは、作品ごとのスタイル上の違いというのがあって、『メリダとおそろしの森』の舞台はスコットランドで現実に存在する場所です。ですから、実際の場所の映像とかそういったものを参考にして、かなりリアリティを出しているという部分もあります。例えば『モンスターズ・インク2』だったら、これは現実にありえないことですよね。ですから、描き方が違ってくるというところもそう見えるところだと思います。

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日本でも2012年7月より公開中の『メリダとおそろしの森』(c) Disney/Pixar

–ピクサーのようなところで働きたいといった場合に、どのようなことを勉強をしたらよいのでしょうか?

シュー氏:私の大学の場合は放課後の課外授業のようなものがありました。塾とはちょっと違うのですが、むしろ放課後に勉強ができる専門学校みたいなものがあって、そこで一ヶ月ほど3ds Maxを習ってポートフォリオを作り、アメリカの学校に入学申請を出しました。アメリカの学校ではMayaを使っていました。そこでさっき話をしましたR!ot Pictureに就職したんですね。中にはMayaは使いづらいというような人もいるみたいですけれども、一回コンセプトをつかんでしまえばぜんぜん難しくないと思います。

就職をしたいならば3ds MaxとMayaとSoftimageができなければなりません。この他にあるとすれば、Side Effects SoftwareのHoudiniですね。アメリカは就職のときに求められるスキルをはっきりと具体的に聞かれます。すると、だいたいこの4つがでてきます。Houdiniは特殊ですので、この3つを抑えておくのが基本ですね。

–ありがとうございました。

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