incendio…たった5人の大きな炎

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プロダクションも個性の時代、カラーコレクション/カラーグレーディング専門のポストプロダクションがあってもイイ時代だ。そんな次世代のポストプロダクションのあり方を示す実例がハリウッドにはすでに存在した。アメリカ西海岸、LAの西側にあるベニスビーチ近郊のサンタモニカの間に位置する場所に、アートショップが軒を連ねる一体がある。この中にDI/カラーグレーディング専門の小さなポストプロダクション”incendio(インセンディオ)“がある。

昨年5月に立ちあがったこのプロダクションは、CEOでイギリス出身のカラリストClark Muller氏と、アルゼンチン系の血を引くというCTOのAdolfo Martinelli氏の2名のカラリストを中心に、女性プロデューサー1名、データマネージャー1名、クライアントサービス1名の5人のスタッフだけで運営している小さなプロダクションだ。カラリスト2名が立ち上げたDI専門のプロダクションというのが、今の時代を象徴している。主にCMやMV関係を手がけるincendioで、ちょうどアメリカで撮影された日本のTVCMをカラーコレクション作業中の、同社のCTO/カラリスト、Adolfo Martinelli(アドルフォ・マーティンッリ)氏に取材に応じてもらうことができた。

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海外のプロダクションを取材していつも思うのは、まず最初にオフィスを訪れたときに、ここにもう一度来たいと思わせられるところだ。まず内装がオシャレ。居心地の良い空間演出で常にポジティブな雰囲気を醸し出してくれている。そしてクライアントサービスの女性は、ドリンク/フードなど客のホスピタリティに常に気を配ってくれる。少なくともその辺の感覚は日本のポストプロダクションとは全く違うところで、仕事の前にまずこの会社の雰囲気を気に入ってもらいたいという姿勢があり、エンターテイン(=もてなす)ということを解っているな、と感じるところだ。

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オフィスはこれまたVFXを専門に行う小さなプロダクションとスペースを共有しており、マシンルームも2社で共同管理しているという。ガラス張りのマシンルームには12TBと30TBのカラーグレーディング専用サーバを始めとして一般的なポストプロダクション機材が並んでいるが、ここでも興味深かったのはすでにVTRデッキをほとんど使用していないということだ。

昨年の東日本大震災のときにソニーのHDCAM SRテープが大量に不足しただろ?あのときにハリウッドでは皆一斉にファイルベースに移行したんだよ。特にCM関係では今は90%がもうファイル納品でテープベースの納品はほとんど無いんだ。日本からの仕事の場合は、まだテープ納品があるけどね。今はファイルベース納品がほとんどで、ここではProRes、DPX、OpenEXRなど様々な納品形態に対応できるよ

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カラーグレーディングルームは2つあり、中に入るとまず目に入るのはそのシステムだ。ここではImage Systems社のNucoda Film Masterを採用。Nucodaは元々スウェーデンのDigital Vision社が開発した製品で、軍事系とエンタメ系の映像システムを製造していた。Image System社がそれを買収して今日に至る。それらの技術を結集して出来たのが最高クラスのカラーグレーディングシステム、Film Masterだ。無制限のカラーグレーディングマルチトラックレイヤーで作業でき、ARRI Alexa、Canon EOS(5D/7D)、RED、Silicon Imagining(SI 2K)、Sony XDCAM、Panasonic P2 AVC-Intraなど各種デジタルシネマカメラのフォーマットにも対応、またAvid、Final Cut ProからのEDLからコンフォーム可能。

Avid DNxHD AAFインポート、MXF(DNxHD)エクスポート、ALE出力、Avid Interplay 2.0対応。また最新のHD、2K、4Kモニターとプロジェクターに対応しており、最終段階のディティールとクオリティを確認することができる。リアルタイムのカラーマネージメントとパン&スキャン機能により、フィルムスキャン後、すぐにビジュアル化できるのが特徴だ。Nucoda Film MasterのカラーマネージメントAPIは、Kodak Display Manager、ARRI、Cinespaceなど全てのサードパーティ・カラーマネージメントシステムをサポートしている。

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Nucodaは、前に勤めていたテレシネの会社からずっと使っていて、とても緻密なカラコレやグレーディングの作業をタイムラインとピンポイントで調整できるのが気に入っている。他のシステムとは違う、タッチパネル式で細かく調整出来るNucodaのコントロール・サーフェスは高いんだけど、これがとても便利なんだ。具体的な値段は僕は良く知らないんだけどね(笑)

面白かったのは最近フィルムノイズに関する認識が一般的に変わって来たという話だ。

いま持ち込まれるCM素材の95%がデジタル撮影されたデータファイルで、そのほとんどはALEXAのARRI RAWで撮影されているんだ。フィルムで撮影されたデータが来たときに最近思うのは、クライアントを含む一般の画像イメージが変わって来たということ。フィルムで撮影された素材のフィルムグレイン(フィルム独特の粒状感)を除去して欲しいという要望が結構あるんだよ。フィルムグレインはある意味、フィルム映像の味だったんだけれど、最近のデジタルで撮影された素材では、もうこうしたノイズを見かけるることはないからね。皆それに目が慣れてきて、フィルムグレイン=ノイズという感覚になってきたんだ。僕らがこの会社を立ち上げた際もテレシネ設備としてフィルムスキャナー等と導入しなかったのは、デジタルがフィルムを凌駕する時代がすぐそこまで来ているということ、そしてこういった感覚の時代が来ると確信していたからなんだ

Adolfo氏はREDがまだトランスコードソフトなどを持っていない時代に自身でオリジナルのアプリケーションとして、素材から必要なフッテージだけを取り出して現像するソフトなどを自身でプログラミングした。ハリウッドのポスプロにはこうした高いデジタルスキームを持ったプログラマー/カラリストという人材も少なくない。

カラリストの3つ条件

そして、次に目を惹くのがDOLBYのリファレンスモニター。

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このカラーグレーディングルームを作るにあたって、より正確な色表示ができるように、ここがドルビーのプロフェッショナル・リファレンス・モニター”PRM-4200″を世界で初めて導入したんだ。日本の製品も含めて他社モニターも比較したけど、カラー表示が微妙だったり、視野角が狭かったり、サイズが小さかったりと適正と思われる製品が無かった。その中でこのドルビーPRM-4200は、広色域を再現できてなおかつ真の黒を再現してくれるので、とても気に入ったんだ。またグーディング作業の際に暗室状態でずっとモニターを見ていると、次第に人間の目は正確な色を認識できなくなるので、モニターの背面にライトを仕込んでいてモニター全体を浮き立たせるように工夫しているんだ。これで眼の瞳孔調整ができるんだよ

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PRM-4200は、12bitフォーマットをサポートする42インチのフラットLCDパネルディスプレイで、3D LUTサポート、フルHD解像度の1920×1080ピクセル表示はもちろん、リフレッシュレート120Hz、そしてなんといっても+−45°という広い視野角を持つ。またバックライトは1,500のRGB LEDトライアド(計4,500個のLED素子)で構成されており、RGBの各素子を個別にフレーム単位で制御してフルカラーのバックライト映像を生成。このLEDバックライトとLCDスクリーンの組み合わせで最終的な映像を出力し、リアルブラックの色再現と優れた暗部のディテール表現、そしてワイドダイナミックレンジを再現出来る。また色の専門家である彼らにDITについて聞いてみた。

これまではずっと外部のDIT専門会社に任せていて、彼らから上がってくるデータに問題があったことは一度も無いので、DITの専門会社等に任せれば良いと思っているけど、この会社をもっと大きくするという意味においてはDITを社内に置く事は興味があるよ

最後に今の時代のカラリストにとって大事なこととは何かを聞いてみた。

良いカラリストにとって必要なアスペクトは大きく3つあると思うんだ。1つは、他人が要求しているイメージを理解し、それをクリエイトする力。自分がこうだと思っても、クライアントがイメージするものは違うので、それを理解してクライアントのイメージを創造できる力が無いと仕事にはならない。2つめはクリエイターとしての自分のスタイルを持っている事。これは、クライアントの要求に対してこういう方法を使えばカッコイイ画になる等の自分独自のスタイルがあることが重要だ。そして3つめは技術。いまはデジタルカメラも日々進化し、コーデックやフォーマットも多様化していてカラースペースも色々ある。今はそれを常に勉強することは重要だよね。でも、僕自身がいま欲しいのは…これら3つのことをまとめて他人にちゃんと伝えられる能力が一番欲しいよ(笑)

incendioが制作したハイエンドなコンテンツはすでに日本のTVでも見ることができるが、そのクオリティの高さから、たった5人のプロダクションで制作されているとは全く思わない。いまはファシリティ(設備)の時代ではなく、クリエイティブ・スタイルの時代であることをまさに痛感させられるプロダクションだ。いずれこの潮流がincendio=大きな炎(スペイン語)となって行く事を期待せざるを得ない。

txt:石川幸宏/猪蔵 構成:編集部


Vol.05 [Digital Cinema Bülow] Vol.07