もう二年以上にもなろうか、事あるごとにビデオカメラの音声収録ハイサンプルレート化を叫んできた。担当したセミナーや雑誌でも、時にはメーカーの設計担当者に直訴した事さえあった。だが今のところその思いは届かず、未だにビデオカメラの音声はDVが出た時の48kHz/16bitのままだ。その後、HDV、フルHD、4Kへと画像の進化は止まらないのに、音声だけは進化しないという事がむしろ不自然に思えるのは僕だけなのだろうか。

断っておかなくてはいけないのは、例え96kHzや192kHzでの収録をしても、ソースによっては、或いは最終的な再生装置によってはほとんど違いは分からないだろう。クラブミュージックやFM放送のようにコンプとリミッターをかけまくって、常時ダイナミックレンジ満タン状態の世界では無意味な事で、クラシックや自然音のような空間の奥行きを大切にした音や、アコースティック楽器や人の声のように複雑な倍音を多く含んだ音源を、再現力の優れた良いスピーカーで再生した時にこそその魅力は現れるもので、そんなシチュエーションはほとんどないからと言われてしまえばそれまでだ。だが作り手として最高のシチュエーションの為に最高のクオリティを目指すという気持ちは持っていないといけないと思うのだが。もう一つ、今や各家庭にハイビジョンテレビがある中、劇場へまで行って映画を観ようとするモチベーションの一つは音だと言って間違いない。だから特に劇場で再生する作品にはもっと音にこだわってほしいと思う。例えばサラウンドのような特殊な事をやる前に、もっと観客を気持ちよくさせる手はあるのだ。もちろんそういう作品を作ろうとするなら、収録の時からハイサンプリングレートで行う必要がある。

前置きが長くなってしまったが、このTASCAM DR-60Dというレコーダーが色んな意味で「ちょうどいい」レコーダーであると感じたので報告しておこう。まずはそのコンパクトな設計がいい。他にもフィールドレコーダーは各社色々あるが、ビデオカメラと一体化できる事の意味は大きい。映画のようにいつも選任の音声スタッフを引き連れていけるような事のないケースでも、96kHzではあるがハイサンプルレート収録を諦めずにすむ為には、カメラマンが手元で扱え、手持ちの時でもカメラについてきてくれる大きさでなくてはならない。それにはこれくらいが最大限だと思うし、付属のアダプターを利用すれば三脚の雲台とカメラの間に挟む事も可能だが、安定性、機動性の面からも個人的にはトップに付けるべきだと思う。元々はDSLRのどうしようもない音声収録機能を補う物として作られた物のようだが、こうして業務用ビデオカメラにアドオンする意味は十分にあるし、様々な機能が有効に機能するだろう。

まずはヘッドフォンアウトとは別にあるラインアウト。ここからカメラのラインインに音声を送る事によって48kHzではあるが、同時に録音する事ができ、バックアップとしても、編集時の同期用ガイドとしても非常に有効だ。またそこにはアウトプットレベルを調節できる機能がある。

今回使用したSONY NEX-FS100のような業務機であればカメラ側での調整でレベルを適正化することも可能だが、民生機やDSLRを使う時には大変役に立つ。今回は用意できなかったが、セッティングが決まれば自分のカメラに合わせたちょうどいい長さのケーブルを用意すればいいだろう。私はいつもSONY FS100にSONYのワンポイントステレオマイクECM-MS957を常載しているが、それをDR-60Dにつなぎ、そのLINE OUTからFS100に送り、同時に録音できるようにしてテストした。サンプルレートはDR-60Dが最高の96kHz/24bit、もちろんFS100の方は48kHz/16bitだ。この時のディレイはあっても1フレームくらいで、ほとんど気にならない。なぜこのような同時録音をするのかというと、DR-60Dには映像を撮る事を想定した非常に気の利いた機能があるからだ。それは録音をスタートさせた時と止めた時に選択した長さ(0.5~2秒)のトーンを発振してくれる機能だ。

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これはいわゆるカチンコの代わりになる物で、自動に設定した場合は一度設定しておくと必ず鳴る。ドラマの撮影現場でも入れるタイミングを逃してしまったり、つい忘れてしまったりする事も多いカチンコだが、少なくともADの仕事は一つ減るし、ADのいない撮影でも重宝する。

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編集ソフトに映像を乗せてみると明らかにそれと分かる波形があり、そこの頭に合わせて音声ファイルを乗せれば良い。また、連続してテイクを幾つも撮った時は撮影を止めた時のトーンに合わせればいいが、本体のSLATEボタンを押せばいつでもこのトーンを挿入できる。またBWF規格のマーカーを任意の場所に打っておく事もできるが、残念ながらこの規格に対応したカメラや映像編集ソフトは多くはない。ここはソフトウェアメーカー各社で連携を取って早く統一規格のマーカーをどちらからでも打てるようにしてもらいたいものだ。

だが、いずれにしても業務用音響機器ブランドのTASCAMなだけあって、映像制作の事をよく研究して作っている事が分かる。それはこのラインアウトとは別にカメラIN/OUTという端子が、これまたレベル調節付きで用意されていることからも分かる。これはカメラ側で別のマイクを使って収録している時に、その音をミックスさせて一本のヘッドフォンでモニターする為の物で、これらの豊富なIN/OUT端子を使えばカメラマンが一人で収録する時にも理想的なセッティングができるだろう。

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さて、肝心の音質だが、今回は鳥のさえずりが美しい竹林の中でアコースティックギターを弾くのを前述のワンポイントステレオマイクのみで収録し、DR-60Dの96kHz/24bitとFS100の48kHz/16bitの音の差を聞き比べてみて頂こうと思う。そのまま加工しないファイルも用意しておいたので、ぜひしっかりしたスピーカーかヘッドフォンで聴いて頂きたい。その時、足音や竹の葉が奏でる地音の立体感にも注目してみてほしい。ハイサンプリングの良さはそういった所に現れるものだからだ。

■サンプルデータ 1

▶SONY NEX-FS100 48kHz/16bit
ダウンロード:FS100_48kHz.mov

▶TASCAM DR-60D 96kHz/24bit 2
ダウンロード:DR60D_96kHz.mov

1 動画再生には QuickTime Playerが必要です。
2 あらかじめ96kHz/24bitを出力できる視聴環境をご用意ください。
(PCの音声出力設定…Windowsの場合は利用しているサウンドカードのドライバ設定画面、Macの場合は「Audio MIDI設定」アプリ上で選択)

上記のサンプル映像は同一テイクではなく、それぞれマイクを直接挿した状態で収録したかったので二度別々に行った。ギターを弾く事もふくめて一人でゴソゴソやろうとも思っていたのだが、幸運にもカメラマンの井上晃氏が協力を申し出て下さったので撮影をお任せすることにした。

ヘッドフォンを付けた井上氏の目の前にある様々なコントロール。確かに慣れは必要かもしれないが、この日初めて本機を手にする井上氏にもできない事ではない。これで果たして何人のスタッフが節約できるかを想像してみてほしい。また、この二つの音質の違いはデジタルの数値だけではなく、マイクの音を受けるマイクアンプ、ADコンバーターの違いでもある。このような価格帯のレコーダーでもやはり音響機材である。カメラに付属している物とは大きな差がある。個人的な感想を言わせてもらえれば音の艶、立体感、臨場感に大きな差があると感じた。スタジオで効果音を組み合わせて作った物とはまったく違う。そういう空気感という物がハイサンプリングレートの醍醐味だ。これが映像作品のように、長時間観客を包み込む作品には特に力を与える。もちろん、スタジオでの素材を集める為にDR-60Dとマイクだけを持って効果音を拾い集めるのもいい。マイクを含めてもポケットサイズだ。44.1kHzのCDから効果音を集めてくるのとは比べ物にならない結果が出るだろう。ぜひこだわって頂きたい。

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今回は2本のモノトラックのステレオしか使わなかったが、本機にはもう一つのステレオトラックがある。インプットはアンバランスのステレオミニジャックになっているが、このトラックはオーバーダビングやミラーリングにも使え、特にミラーリングする場合にも録音レベルを変えてセーフティーなレベルで録っておく等、様々な使い方が可能だ。

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。