txt:ふるいちやすし 構成:編集部

いい機材、被写体は使い方が要

これを書いている現在、アメリカ・ラスベガスではNAB2018が行われている。今年も魅力的な新製品が続々発表されているはずだ。私も心躍らせながら記事に目を凝らしている。だが、いいカメラ、いい機材があればいい作品が撮れると言うわけではなく、更にはいい被写体があっても無理だ。要はクリエイターがそれらを何故必要とし、どう使うかが要(かなめ)だ。

当たり前のことだが、メーカーやほとんどのレポートではそれを教えてはくれない。前回に引き続き、ワークショップの話だ。

多くの若いクリエイターが知りたいのはそこであり、つまりクリエイターの頭の中や感性を具現化するプロセスを知りたいと思っているはずだ。だが、そこには正解とか一般論は存在しない。クリエイター個々人で全く違う感性とプロセスを持っているからだ。

そこで私は自身のワークショップで時々意地悪な質問をする。「あなた方は僕の作品を見て来ましたか?」これは講師に対する敬意とか礼儀の話ではない。私がどんな動機を持ち、どんな機材をどう使うかは、全て自分の美意識の為だからだ。なので私の作品に興味や共感を持たない人が聞いても無意味などころか、時として害になることさえある。

ただ、私は自分のクローンを作ろうとして話すわけではない。一人のクリエイターが自分の動機を自分の美意識を通して、いかに具現化するかを覗き見て、最終的には自身のそれを作り上げる参考にしてほしいのだ。あぁ、なんとも危なっかしい話だ。聞く側がしっかり意識しておかなければかえって毒になる。だから大きな学校で大人数を前にしては、なかなかこのレベルの話ができないわけだ。

一部の芸術系の大学とその学生には、特定の教授に師事したいと言う前提でその大学を選び、教授もそれに応えるという姿勢を貫けるところもあるが、決して簡単なことではない。反面、やろうと思えばクリエイターの数だけ個性的なワークショップが存在しうるはずだ。やはり単発の、だがボリュームのあるワークショップというのが理想的なように思える。

クリエイティブの楽しさを伝えたい

Photo by Bunkoh Tabe

かくいう私も、時に製品の紹介やテスト映像の仕事を引き受けることがある。さすがにそんな時にはメーカー側と製品のアピールポイントを話し合い、それらが魅力的に伝わる事を意識しながら作品を作り、話をする。

特にNABやInterBEEのような展示会では、お客さんもメーカーもそもそもそれが目的なのだからそうする事が正しいのだが、ある時、InterBEEで某メーカーの新製品のデモンストレーションを依頼された時、“製品紹介的なことはいいので、ふるいちさんがどう使っているかを話してくれ。”と言われ、4K対応が売りであったにも拘らず、一切その話はしなかった事がある。さすがに場違い感にドキドキだったが、心底喜んでくれたお客さんもいたようだ。

本来は展示会の中ではなく、あくまでスクールとして開催するのが望ましいとは思うが、メーカーがこのようなクリエイティビティをお客さんに伝えるということは大変意味があると思う。その製品の機能を理解するのもそれを選ぶのも、機能が優れているからではなく、自身のクリエイティビティに合っているからだからだ。

その機材が持っている機能を全て使い切ることではなく、例えその一部であったとしても、自分の美意識に応えてくれそうであれば、その機材を選ぶべきだし、その判断基準にブレがあってはならない。そして何より、クリエイティブの楽しさを伝える事がメーカーにとっても悪いわけがない。一定のビデオ顧客を取り合うよりも、ビデオ人口そのものを増やす事が大事だからだ。

大事な事は一体感

Photo by Bunkoh Tabe

それではどのようにしてクリエイティビティ、つまり動機から美意識を通じて具現化する楽しさを伝えればいいのだろうか?それはカメラだけを抱えて多くを語るだけでは難しい。極論すると、それは実際撮影するような状態で、つまり被写体がいる状態でないと難しい事だ。その中で、動機は何かを説明し、それを被写体にどう伝え、共有していくかを見てもらうのが一番だ。その上で、機材をどう選び、コントロールしていくか。機材は一番最後なのだ。

実際私自身、まだサントラの音楽を作る仕事をしていた時、仕事はポスプロで編集も終わってからのことではあったが、よく撮影現場に足を運んでいた。当然その頃は自分が映画を作ることになろうとはこれっぽっちも考えていなかったのだが、その時はただ音楽の為に、とにかく見学していたのだ。

だが、今考えるとその見学から私は映画を作る為に必要な実に多くのことを学んだ。監督の作品に対する動機は音楽家としても知らなくてはならないので、もちろん事前に聞いてはいたが、監督がスタッフや役者に与える指示や、その結果生まれるもの、つまりコミュニケーションを見届けることによって、それはさらに深く強く理解する事ができた。演技を付けること、光を作ること、カメラをコントロールすること、その全てが動機という一本の柱の上に在る。その柱を太く確かなものにする為には、何よりもコミュニケーションが大切だということを学んだ。

これを音楽家という気楽な立場で見学できたのは本当に幸運な事だったが、それを再現しようとすると、やはりワークショップで似たようなシチュエーションを作らなければならない。その中で例え役者のために話しているような時間であっても、監督やカメラマンとして学ぶことは多いと確信している。

その逆もまた然りだ。何も役者がカメラのことを理解したり、監督が演技をするためにやることではない。映画を作るという一つの目的の中で、別々の仕事をする人々がどうやってまとまっていくかを学ぶのだ。いつかそういう一体感を体験できるワークショップをやりたいものだ。逆にいうと、大学や専門学校、メーカーの行なっているワークショップにはそこが欠けているのだと思う。映画が自由に作れるような環境が整った今だからこそ、そこを教える場所が必要なのだと思う。

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。