txt:オースミユーカ 構成:編集部

いい風が吹いたオーディションと撮影準備

猛暑すぎる夏を過ごした。体感指数的にも仕事的にもMAXフル回転。夏のはじめの仕事は大手携帯電話会社のWeb CM。悩める妊婦が主役のハートフルな2分間のドラマだ。これが制作期間がまったくない仕事だった。はじめの打合せから完パケ納品までたった一ヶ月しかない。話を聞きに行ったその日に、ロケ地とキャスティングのイメージを聞かれたが…、そもそも演出コンテすら書いてないので返事もしどろもどろ。数日後、演出コンテが描き終わって二日後には、ロケハンとオーディションがはじまった。

今回はシンプルなロケ地を希望していたのでロケハンではすぐにお気に入りの場所がみつかり、自然光の入るきもちのいいハウススタジオに決まった。問題はキャスティングだ。出演者は妊婦とその旦那さんという設定。妊婦時期から産後までを描くドラマだったから、生後間もない赤ちゃんも出演する。私の希望したキャスティングは、現在赤ちゃんがいるお母さん役者。できれば母子セットで出演してもらいたかった。なかなか難しいオーダーだとはわかりつつ、どれくらいくるかな…と楽しみにしていたら、二十名程の候補の中に、赤ちゃん連れのお母さん役者が二人いた。

時間が全然ない中で集めてもらったにもかかわらず、雰囲気のある役者さんにいろいろ出会うことができてハッピーなオーディションだった。しかしやっぱり実際の妊婦経験者は、がに股の開き具合から、夫に対する愚痴台詞の言い方まですべてを含めてリアルさが違う(笑)。さすがと言わざるを得ない一目瞭然の差があって、八ヶ月の赤ちゃんがいる女優さんに主役である妊婦役をお願いすることにした。

さてお父さん役の方のイメージは、悩みを抱える妊婦を優しく支える草食系男子という設定。こちらもまさにイメージどおりの優しげな役者さんをみつけることができた。しかもリアル奥様が妊娠八ヶ月ときた。すでに妻に翻弄されている雰囲気を持ち合わせていて、この上なく完璧なキャスティングだった。

撮影に出演してもらう赤ちゃんは、さてどうやって選ぶのかな?…と思ったら、生後三ヶ月から半年の赤ちゃんの写真をずらりとみせられ、ここから選んでとの指示。たしかに生まれたばかりの赤ちゃんに演技力なんて期待はできない。生後間もなく親が芸能事務所に登録するくらいの赤ちゃんなのではっきり言ってどの子もかわいい。私も困り果てて、三ヶ月と六ヶ月の二人をえいっと指差した。もちろん女優さんの生後八ヶ月の赤ちゃんも現場にくっついてくるので、赤ちゃんに関しては手厚いトリプルキャスティングになった。

今回のCMはストレートに優しく感動を呼ぶ作品に仕上げたかった。作曲家はいつもと違う人が頭に浮かんでいた。いつかお仕事してみたいと思っている人はたくさんいるが、ぴったりあいそうな作品との巡り合わせやタイミングが重要だ。お願いしたのは田辺玄さん。前から何度も作品を聴いていて、いつかはと思っていたらスケジュールもなんとかあって、地方に住んでいるにも関わらず都内での打合せまで組めることになった。やはり初めて仕事をする人とはSkypeではなく一度会っておきたかったので、いい風が吹いてるなと思えた。

真夏の撮影現場から

演出コンテを描いて二週間後はもう撮影日だった。真夏の雲一つない猛暑日。しかし窓辺にやさしげな木漏れ日を落とすために、庭にはHMIライトが三灯も置かれていた。撮影は私がドラマを撮る時にはいつもお願いしている大ベテランの松島孝助さん。カメラはLUMIX GH5で、収録はV-Log撮影。移動車やセッティングにかかる時間を節約するために、今回は手持ち用のスタビライザーとしてDJIのRonin-Sを使った。

こうしてアシスタント一人というコンパクトな撮影部だったが、一転、照明部は男どもが六人集まって一日中外で熱すぎる照明機材と格闘している。しかし照明部はいつもサッカー部の高校生のように楽しそうにいちゃいちゃしているものだ。死人が出るんじゃないかという暑さの中、なんだか楽しそうなムードを感じるだけでもホッとした。何より照明機材に予算以上の準備を用意して頂いたので、自然光のライティングが可能になり、カメラを通してみえた映像はとても優しく美しい仕上がりだった。

35度を越す猛暑の中、HMIを操る照明部たち

撮影の山場は赤ちゃんの出番。できればいい笑顔を狙いたい。赤子は朝早いうちが勝負なので、とにかく準備が整って一番に赤ちゃん出演シーンから撮り始めた。母役の女優さんは、当日さすが毎日赤子をあやしているだけあって、扱いは心得ている。だけれど、たったいま機嫌のよかった赤ちゃんも暑い照明の下にさらされると途端に機嫌が悪くなる。数分しかもたないのだ。その短いチャンスを狙って、スタッフ総出で笑顔をひきだす。鏡が大好きと実際のお母さんから聞き出し、ヘアメイクさんが赤子の目線を作ることに成功するものの、なかなか笑顔はやってこない。

役者さんもがんばってくれるものの、みるみるうちに機嫌が悪くなっていく赤ちゃん。赤ちゃんを入れ替えたりしつつも笑顔が撮れない…、とみんながやきもきしている中、いつもは強面のカメラマン松島さんがいきなりカメラの下に隠れて「オヨヨ…、いないないバァ~!」などと高い声とともに変な顔をしだした。スタッフは笑いをこらえるのに必死だ。さすが普段お孫さんを怪しているだけあって、まさかの笑顔ゲット。私の「カット!」の声とともにみんな一斉に大笑い。その後、ちょっと時間を置いたりと何度かのトライをして、よりよい笑顔も撮れ、クライアントも私たちも大満足で撮影が終わった。

スタッフと赤ちゃん人形でスタンドイン

和やかな撮影も終わり、優しく美しい音楽もできあがり、旦那さん目線の温かなナレーションも録音して、あっというまの一ヶ月で完パケまでこぎつけた。時間がない中でも、うまくいく仕事は、いろんなハプニングが起こってもすべていい方向にまわる。今回もそんな幸せな仕事になった。

NTTdocomo「妊婦のふあん」

WRITER PROFILE

オースミ ユーカ

CMやEテレ「お伝と伝じろう」「で~きた」の演出など。母業と演出業のバランスなどをPRONEWSコラムに書いています。