txt:江口靖二 構成:編集部

“エッジAI”というキーワードをご存知だろうか。クラウド全盛のいま、AI解析のためのデータをクラウドにアップすることなくローカル側で高速かつセキュアに処理することが必要だ。さて、ではこのエッジAIとデジタルサイネージはどういう関係があるのだろうか。

社会の中におけるデジタルサイネージの変遷

デジタルサイネージコンソーシアムが設立されたのが2007年の6月。それまで電子看板とか店頭ディスプレイなどとバラバラに呼ばれていたものを、業界団体の設立の際にデジタルサイネージという言葉を使ったことで、事実上名称は統一された。

日本電子看板協会とデジタルサイネージコンソーシアムでは受ける印象がまるで違っていただろう。それまでデジタルサイネージの概念や定義も曖昧であったので、デジタルサイネージコンソーシアムは「屋外や店頭、交通機関など一般家庭以外の場所において、ディスプレイなどの電子的な表示機器を使って情報を発信するメディアである」と定義付けした。家以外の場所でディスプレイを使って何かするもの全部ということだ。かなり大雑把で曖昧なものだが、かなり広範囲を対象とすることができるためだ。JR東日本の山手線からスタートした「トレインチャンネル」が新鮮であった頃だ。その後に駅の柱にディスプレイを縦に設置することで注目を集め、広告や販促媒体としての利用が加速して行った。

2011年3月11日の東日本大震災で転機が訪れた。丸の内エリアでの三菱地所の「丸の内ビジョン」が、帰宅困難者向けにNHKの災害緊急放送を提供したことで、緊急時のメディアとしての価値が認識されることとなった。同時に福島原発の事故による電力不足によって2ヶ月近く消灯せざるを得ないという窮地も訪れた。その後は緩やかに市場拡大が進み、2013年の9月に、2020年のオリンピックの東京開催が決まると、観光や外国人向けの情報提供のために改めて注目が集まった。これは現在も継続中である。ここまでがデジタルサイネージの社会との関係性で見た拡大状況である。

技術的なデジタルサイネージの変遷

ではそのデジタルサイネージの技術的な背景はどう変わっているのかを見てみよう。当初はスタンドアロンで店頭などで販促用のDVDを再生するものや、スーパーの棚などで電子POPとして使われていた。やがてインターネットに接続をして適宜コンテンツを更新することによって、曜日ごと、時間ごとに表示を変えるようになった。これらは予め編成されたコンテンツを表示するものである。

これらが更に進化して、デジタルサイネージに画像センサー(カメラ)や環境センサー(温度湿度、人感など)を付けてその場所の人的、環境的な状況を判断して、こうしたセンシングデータをAIで解析することによって、表示するコンテンツをリアルタイムに変化させることが可能になってきている。

このように状況に応じて表示内容を「動的=ダイナミック」に変化させるものをダイナミックDOOH(デジタル・アウト・オブ・ホーム・メディア)と呼んでいる。こうした解析処理は、特に画像を扱うような場合にはセキュリティに課題が残るようなクラウドにデータを送って判断するのではなく、あらかじめAI解析のためのデータをローカル側に於いて、解析をローカル側で行うエッジAIコンピューティングに向かっている。いまサイネージの前にいる特定の人に対して最適化したり、そのエリア全体にいる人の大まかな属性傾向を判断して利用する両方が行われはじめている。

Raspberry PiとIntelのNeural Compute Stick

たとえばDJIのドローン「SPARK」にも搭載されている、IntelのNeural Compute StickとRaspberry Piなどを組み合わせることで、超低コストで高精度なエッジAIを利用したデジタルサイネージが可能になっている。エッジAIは、センサーでセンシングして、エッジAIでアナライズし、デジタルサイネージでビジュアライズするという場面で有効である。

ほぼリアルタイムで、学習させたオブジェクト検出が可能。こうした解析状況をサイネージに表示するのではなく、これをもとにデジタルサイネージのコンテンツの出し分けを行う

マーケティング的なデジタルサイネージの変遷

こうした技術的な進化を捉えて「デジタルサイネージは街に飛び出すインターネット」という言い方ができるようになった。すでにパソコンはもちろん、これほどスマートフォンが普及している中で、これらのメディアとの比較という視点で、デジタルサイネージの他のメディアとの棲み分けや、優位性が明らかになってくるからである。

デジタルサイネージのメディア特性として、「時間と場所の両方を特定できるメディア」ということが挙げられる。メディアへの接触態度の点では、極めて受動的な偶然のメディアということになる。スマホに代表されるような、パーソナルで能動的、興味のない情報はフィルタリングされがちなメディア接触が主流になればなるほど、本人の意志によらず、興味がないことでも偶然飛び込んでくる受動的なメディアというものも逆に重要になってくる。

たとえば新しい動きとしては、電通とNTTドコモが2月に立ち上げた新会社「ライブボード」だ。これはドコモの携帯電話ネットワークの運用データを基にした人口統計「モバイル空間統計」データをもとにして、複数のデジタルサイネージ媒体を広告主が横断的に購入できるオンラインのプラットフォームを構築するということだ。これらはテレビやWEB広告とも連動しながら、生活動線上の様々なシーンに対して、最適化された運用が期待されるものだ。もちろん、背景には動的に表示を変化することができるダイナミックDOOHも真価を発揮できるだろう。

こうした様々な動きは排他的で優劣があるということではない。その時その場所で最適な方法によってデジタルサイネージが利用されるための進化なのである。

WRITER PROFILE

江口靖二

放送からネットまでを領域とするデジタルメディアコンサルタント。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事などを兼務。