©2021「キネマの神様」製作委員会

"Picture’s up"とは、映画撮影現場で、カメラの構図決定し、撮影準備完了のことを指す。同コラムでは、映画やドラマ作品での使用機材や撮影方法はもちろん、BTS(Behind the Scene)のエピソードや、カメラマン視点での作品の見方、撮り終わって公開後の回顧など、撮影者の視点をインタビューや取材を通じてお届けする。

第一回目となる今回は、日本映画界のマエストロ、山田洋次監督の最新作であり、松竹映画100周年記念作品となった「キネマの神様」の撮影を担当されたJ.S.C.の近森眞史(ちかもりまさし)氏を取り上げる。

近森氏は、1958年高知県生まれ。日大の芸術学部映画学科を卒業後、フリーの撮影助手として松竹大船撮影所で当時の大御所カメラマンたちを師事、キャリアをスタートした。

小津安二郎監督「東京物語」(撮影 厚田雄春)の撮影助手だった川又昂氏「疑惑」(1982年 野村芳太郎監督)の現場でピントマン(フォーカスプラー)としてデビュー。「男はつらいよ」シリーズ全48作の撮影を手がけた撮影技師 高羽哲夫氏の撮影助手として現場を経験する。 2010年公開「おとうと」(出演:吉永小百合、笑福亭鶴瓶、蒼井優ほか)からは、山田洋次監督作品の全てでメインカメラマンを勤めている。

キネマの神様に取り組む思い

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映画「キネマの神様」より(提供:松竹株式会社)

昨年3月にクランクインした「キネマの神様」だが、本作で主役を演じるはずだった志村けんさんが、新型コロナウイルスの感染により、クランクイン直前にご逝去されたのは周知のとおりだ。

その時点ですでに菅田将暉さん、永野芽郁さん、北川景子さんらが出演する過去シーンはすでに撮影していたものの、2020年4月以降の志村さん出演予定だった現代シーンの撮影再開も見込みが立たなくなり、同時に第一回目の緊急事態宣言に突入したことで、本作の制作自体が危ぶまれる事態に陥った。

しかしその後、沢田研二さんが志村さんの代役に決まり、昨年6月からコロナ禍での厳重な感染予防対策のもと、何とか撮影続行。2021年の春にようやく完成、2021年8月6日に全国公開に至った。

困難を極めたであろう本作の撮影の様子や現場での状況について、撮影機材や撮影現場でのエピソードなども交えて、色々とお話しいただいた。

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映画「キネマの神様」より(提供:松竹株式会社)
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映画「キネマの神様」メイキング(提供:松竹株式会社)

山田組での撮影

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映画「キネマの神様」メイキング(提供:松竹株式会社)

近森氏:

僕自身、もう山田組でやるようになってから約40年くらいになりますね。別に専属というわけではなかったですが、昔は川又昂さんや、高羽哲夫さんという名カメラマンたちに(助手として)付いていました。当時僕は、野村芳太郎監督と山田洋次監督の両方の組に付いてまして、山田さんは野村監督の助監督もやってましたし、どうしても野村組の現場があると優先になってしまうという感じでしたね。
山田監督の作品でメインで撮影になったのは、映画作品としては、2010年の「おとうと」ですが、その前に山田監督が担当したシネマ歌舞伎の作品で、「人情噺文七元結(にんじょうばなし ぶんしち もっとい)」と「連獅子(れんじし)」も撮影しました。

「キネマの神様」撮影機材

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映画「キネマの神様」メイキング(提供:松竹株式会社)

今回の作品では過去の追想シーンや過去の登場人物との合成シーンなど、VFXを多用したカットも多く見られた。しかし過去シーンではとても昭和の日本映画らしい色合いもうまく表現されている。

近森氏:

「キネマの神様」でも前回の「男はつらいよ お帰り 寅さん」と同様に、ほとんどデジタルで撮影しています。メインカメラは、ARRIのALEXA MiniとALEXA SXTでした。レンズはなるべく古めのレンズを選び、ZeissのSuper Speedを使っています。
また複雑な合成が必要なVFXシーンでは、特に劇中に瞳の中に入っていくようなシーンがありますが、あそこは6K、8K解像度が必要だったので、RED MONSTRO 8Kを使用しています。この辺の撮影については、本作のVFX監修でもある白組の山崎貴監督や高橋正紀さんたちの教えの通りに撮影しましたよ(笑)。

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撮影には、ALEXA MiniとALEXA SXTが使用された。本来なら山田監督は1台のカメラでじっくり撮るタイプ。しかし本作ではもし志村けんさんが主役を演じたら、テイクを重ねても決して同じ芝居をしないのでは?という予想もあって2カメ体制で臨んだという

近森氏:

また、劇中に出てくる過去の架空のモノクロ映画「東京の物語」「花筏(はないかだ)」シーンは、実際にモノクロフィルムで撮影し、ARRICAM STと古いCockeの5.5倍のオールドレンズを使用しました。フィルムはコダックのKodak Eastman Double-X 5222というモノクロ用フィルムをアメリカから取り寄せて、現像は東京現像所で行いました。
「東京の物語」と「花筏」では、本当は全編フィルムで撮影したかったのですが、列車の中のシーンだけはフィルムだと時間的に後処理が間に合わなかったこともあり、この部分だけはデジタルで撮影しています。

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映画「キネマの神様」より(提供:松竹株式会社)

過去のシーンでは、松竹大船撮影所と思しき撮影所シーンが出てくるなど、昭和の雰囲気を醸し出す照明づくりなどもかなり印象深い。

近森氏:

僕と、編集の石島一秀さん、演出部の朝原雄三さん、記録の宮下こずゑさん、照明の土山正人さんなどの数名は、実際の松竹の大船撮影所を経験しています。なるべく当時のありのままにしたかったので、みんなでアレはこうだったんじゃないかとか、色々思い出しながら作ってました。
面白かったことは照明部の土山さんがよく覚えていましたね。照明をわざと被写体の背面から光を当てる、いわゆる「逆」を作ったりしているので、そこも当時の松竹映画らしい雰囲気になったのかもしれません。
あと僕はカメラ位置が低い!と助監督さんなどからよく言われますよ(笑)。これは僕も自分では意識していないのですが、小津(安二郎監督)さんから脈々と続く、伝統的な低いカメラ位置が身についてしまっているんですかね。そういうことが重なり、より昭和の映画撮影の雰囲気を出せていたのかもしれません。

デジタル撮影と山田監督

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映画「キネマの神様」メイキング(提供:松竹株式会社)

山田洋次監督はずっとフィルム撮影に拘ってきた監督としても有名であり、もしかしてデジタル嫌いなのでは?と都市伝説的な噂もある。今回は前作に続きデジタル撮影で撮影されたようだ。実際、本当のところはどうなのだろうか?

近森氏:

前作の「男はつらいよ お帰り 寅さん」では、過去の寅さんの映像アーカイブから数多くのシーンを拝借して作る作品だったので、どうしてもデジタルを使わないと成立不可能な作品でした。
そこで本編の現代シーンもデジタル撮影にしました。そしたら、実は山田さんがそれまではオフライン編集はほとんど全てお任せになっていたんですが、デジタルの編集が面白くなってしまってオフライン編集室に入り浸りになってしまったんです(笑)。それはもう凄かったですよ。フラッシュバックのカットがかなり入るようになったのはそのせいですね。
「キネマの神様」では、僕はまたフィルム撮影に戻りたかったですが、瞳の中に入っていくようなシーンと、実際の映画館で上映スクリーンを実撮影するシーンがあり、この2つのシーンがある限り、デジタルのほうが圧倒的に楽だしキレイに撮れます。
仕上がりも相当な差が出るので、フィルムの優位性はないなと思ってデジタルでの撮影にしました。瞳の中に入っていくという発想をしたのも、山田さんのデジタルありきの発想だと思いますし、監督は決してデジタルは嫌いじゃないと思いますよ。
特に北川景子さん演じる園子の瞳の中に、若き日のゴウ(菅田将暉)が映り込んでいて、カメラが瞳に入りこんでいくというシーンは、山田監督が僕にはこの4~5年、小津作品の中に出てくる原節子さんの瞳の中に、小津安二郎監督自身が映りこんでいるんじゃないか?という話をずっとしていました。あのシーンはそこからの発想だと思います。

昭和を再現したロケ撮影

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映画「キネマの神様」より(提供:松竹株式会社)

近森氏:

過去シーンの芝居部分に関しては全てセットで撮影していて、スタジオは東宝でした。山田さんの自宅から5分ですし(笑)。撮影所の門柱などの外観は、八王子にある日本機械工業という消防車を作っている会社の正門をお借りしました。映り込みを隠すのにも、今回はかなりアナログで美術部が色々とやっています。
ロケは海岸での映画の撮影現場シーンが三浦半島で、4人のドライブシーンが小田原近くと、2ヶ所でロケを行いました。山田監督の体調なども考慮し、いまの山田組ではロケ現場は東京から日帰りもしくは1泊程度で行ける距離になっています。
劇中機材で使ったMitchell Cameraは、小津安二郎監督の巡回回顧展での展示品2台を借りてきて、照明機材は東映と日大などにあった古い照明機材をお借りしました。でも三角台などはもう現存するものはなく、僕らが指示して新しく作りました。

主役交代と困難を極めたコロナ禍での撮影

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映画「キネマの神様」より(提供:松竹株式会社)

近森氏:

(志村さんの死去で)さすがに今回は、初めて撮影中止になる、再開不可能か!と思いました。僕自身が心配だったのは、山田監督のお身体の負担も考えました。ご高齢ですし、もしコロナに感染でもしたらと心配でした。
志村さんに関していうと、公開することはできませんが、幻のカメラテストの映像もあります。実際の志村さんはすごくシャイな人でした。志村さんになって、本当にできるのかと心配する声もありましたし、主演の候補は他にも何人か上がっていましたが、最終的には監督のご指名で志村さんに決定しました。
沢田研二さんとは、コロナ禍での撮影だったこともあり、特に撮影期間は一番みんなが神経質になっていた時期ですから、ほとんど本番以外はお会いしていません。スタジオ内も細かく立ち入り区域が仕切られていて自由に入れるところも少なく、役者の控室などに自由に出入りできるのも監督くらいなものでしたから。
演出部の衛生管理もかなり厳重でした。沢田さんとはお話しできることはほとんどありませんでしたが、送迎スタッフから聞いた話では、往復の車の中でもずっと台本を勉強されていたそうです。
本番では完全にセリフは入っていて、ほぼ1テイクでOKでしたが、沢田さんはリテイクでも二度と同じ芝居をしない人なので、その辺もおそらく志村さんを意識していたのかもしれません。

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映画「キネマの神様」より(提供:松竹株式会社)

近森氏:

現場では、ほとんどのリハもスタンドインでしたので、役者に合わせたライティングの調整すら十分にできない状況でしたね。当初の撮影時期もずれてしまい、当初の予定と季節的にも太陽の位置なども変わったので後処理のグレーディングでかなり調整しました。そういうこともあって、今回はデジタル撮影の方が良かったです。完成できたのは奇跡的だと思いました。

グレーディングの妙

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映画「キネマの神様」より(提供:松竹株式会社)

現代シーンと過去のシーンが交差する本作を実際に劇場で観ると、随所にカラーグレーディングの妙が活きていると感じる。特に昭和の香り漂う過去のシーンは、松竹映画らしいグレーディングが施されていると感じた。

近森氏:

カラーグレーディング作業では僕は必ず光源は落とす、というのは鉄則にしていますが、デジタルになって、どうしても発光体とのバランスがうまくとれないんですよね。フィルム時代とはどこか違うし、違和感があります。昭和のセットに多い裸電球などの光源はその辺のコントロールが特に難しいですね。
本作ではカラータイミングとして東京現像所のベテラン、福島さんに参加していただいていますが、やはりカラーグレーディングの際にも、フィルム経験者の方がいると仕上がりに差が出ます。
モノクロの表現など特にそうですが、カラーのデジタル映像をモノクロに変換する場合、元の色が緑由来の黒なのか、赤由来の黒なのか、元の色の由来によって違いが出るんですよね。その辺の作り方もベテランと一緒に仕事をすることで若手のカラーリストも勉強になると思います。

正しい時代表現に拘る

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映画「キネマの神様」メイキング(提供:松竹株式会社)

近森氏:

「キネマの神様」を撮る際に最初の意気込みは、時代考証をしっかりして間違ったものが伝わらないようにしたいなと思っていました。昭和の時代表現など、どうしても過去の作品を見て参考にすることが多いので、どこかで間違うと、ずっと間違ったことが伝わって行ってしまうんですね。
この作品でそういうことが起きないようにしたいと思いました。まあ予算やスケジュールの都合も色々とあって、なかなか完全再現とまではいかないんですが…。
でも、昔を知っている人の作品を観た感想は、松竹大船撮影所の門柱も、ステージ周りの様子も似てて、当時の雰囲気ある、と言ってもらえたので良かったと思っています。

コロナ禍での困難を極めた制作体制と、主演だった志村さんの死がどうしても大きく取り沙汰される本作だが、撮影方法やカラーコレクションにおける昭和時代の再現性、そしてストーリーとしても映画愛、映画づくりへの情熱という部分でも、映像制作関係者にはぜひ観ていただきたい作品である。

松竹映画100周年記念作品
キネマの神様

大ヒット上映中
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WRITER PROFILE

石川幸宏

映画制作、映像技術系ジャーナリストとして活動、DV Japan、HOTSHOT編集長を歴任。2021年より日本映画撮影監督協会 賛助会員。