筆者は、アストロデザイン様から機材のご協力を頂き、8KのアイドルPVや8K3D映像などさまざまな8Kコンテンツの撮影に携わってきました。しかし、信号処理技術を得意とするメーカーであることは知っておりましたが、どのような経緯を経て現在の地位を築き上げてきたのかまでは知りませんでした。そこで、代表の鈴木社長に会社創業から8Kに思うことまで、あれこれお話を伺ってみました。

1979年:プログラマブルビデオ信号発生器を開発

代表取締役社長の鈴木茂昭氏

渡邊:アストロデザインを設立されたきっかけや思い、創業当時の様子を教えてください。

鈴木氏:

思いみたいな立派なものはありません。要するにサラリーマンが務まらなかったので自分のペースで生きて行く環境に切り替えた訳です。

渡邊:仕事の内容よりも遅刻の回数の方が優先する様な評価を受けて、そういうのがどうにも気に入らなかったと、噂を聞いております(笑)。

鈴木氏:

昔のサラリーマン時代の話ですが、毎日会社に泊まって開発もしましたし、残業というよりは自主的にいろんなメーカーのICの組み立て実験していました。ときどき家に着替えに帰ると、遅刻してしまう。朝は目が覚めないんですよ(笑)。
当時勤めていた会社では、5分以上遅刻すると半日有給休暇の扱いになったので、遅刻の多かった私は半日有給だらけ。約1週間の有給はあっという間になくなりました(笑)。
本来なら自分が遅刻しない様に努力をすべきでしたが、自分のペースで好きな仕事を出来る環境を作ってしまおうと独立してしまった訳です。
アストロデザイン設立前は、電子計測器メーカーで5年間、技術者として回転むら計やFMステレオ信号発生機などの開発を担当しました。その後、新しく出来た半導体輸入商社で5年間営業の勉強をさせて頂いて独立をしました。
何故か田園調布に家賃の安いマンションがあったのでそこを借りて1977年2月、アストロデザインの本社として登記しました。その頃の日本のエレクトロニクスはまだ成長期で、仕事は豊富にありました。
前職の商社での営業経験で、豊富な人脈ができていました。その一つのご縁で日立製作所の横浜工場を訪問しました。
横浜工場は日立製作所のテレビジョン生産の基幹工場でしたが当時すでにブラウン管テレビの価格競争があり低価格帯の小型テレビ生産の海外シフトが始まっていました。海外シフトで空いた生産ラインにより高付加価値の製品投入ということでコンピューター用ディスプレイの生産をはじめるところでした。その当時、コンピューターの入出力端末としてはテレタイプライタと呼ばれるものが利用されていましたが、それがブラウン管の管面に文字を表示する電子ディスプレイに置き換わろうとしている時代でした。
そのブラウン管式電子ディスプレイの試験、調整に必要なテストパターン発生器が必要だったのです。たった2週間という超短納期の仕事でしたが、なんとか1台完成させることができました。その結果を横浜工場の生産技術部の人たちに評価いただき、それ以来継続した仕事をいただける様になり横浜工場の電子ディスプレイ生産が終了するまでお仕事をいただきました。この仕事のおかげで当社の今日があると思っています。

渡邊:テストパターンを出す装置は本社1階に展示されている機械のことですか?

鈴木氏:

そうです。もちろん当初の製品はもっとシンプルな機能の専用機でした。コンピューター用ディスプレイというものは、テレビジョンと同じ原理で動作するものですが、目的が違っていて、紙にプリントアウトしていた文字情報を即時に画面表示させるための道具です。そのため画面の解像度はテレビの解像度では不十分で、技術進歩と共にどんどんと高精細に向かって進化していくのです。
ディスプレイの解像度の進化は当然常に最新の試験信号発生器のニーズを産むことになります。そこで、マイクロプロセッサを入れてプログラマブルな信号発生器を考案して作ったんですね。最初に日立さんに提案したら、そんな便利なことができるならばやってみろと言われて、早速6台注文を頂きました。
その1台が、本社1階に展示されています1979年開発の最初のプログラマブルビデオ信号発生器VG-800です。

本社1階のガラスケース展示されているプログラマブルビデオ信号発生器「VG-800」

1985年:ハイビジョンのデモ用のフレームメモリーを開発

渡邊:アストロデザインの歴史上重要となる製品を2〜3つ挙げていただくとしたら何になりますか?

鈴木氏:

いろいろあります。1つは先ほど紹介しましたプログラマブルビデオ信号発生器です。これは当社にとってもっとも重要な製品開発でした。この話には続きがありまして、1985年にNHKからハイビジョンのフレームメモリーの開発を受託しました。
きっかけは先程のプログラマブルビデオ信号発生器でした。
ある日、 NHKの技術部の方から電話を頂きました。「お宅のプログラマブルビデオ信号発生器を使用しているのだが、現在NHKで開発中のハイビジョン技術と共通点が多いので開発協力していただけないか」という内容でした。この時からNHKの仕事をさせていただくようになりました。
この時開発した画像メモリ装置はスイスで開催されたCCIRの総会に持ち込まれ、日本の新技術であるハイビジョン(HDTV)の解像度をアピールするデモ機として使用されました。

「こちらもアストロデザインの歴史上で重要な開発製品」と鈴木社長。オークションを運営するオークネットは1989年に世界初の衛星通信を使った中古車TVオークションサービスを提供開始したが、そのインフラを請け負った日本ビジネステレビジョン(現在はJBTV)の装置開発をアストロデザインが担当した。当時新進ベンチャー企業であった米国のCキューブ社のデコーダーチップを使って実現したもので、MPEGの原点となるDCTによるデジタルデコーダである

1990年:バーチャルスタジオの基礎となるシンセビジョンを開発、販売を開始

鈴木氏:

NHKのハイビジョン放送の次のお仕事は「シンセビジョン」と呼ばれる映像合成システムでした。NHK放送技術研究所の研究テーマとしての開発協力でしたが、極めて実用価値の高い装置で、今日様々な映像作品で多用されているバーチュアルスタジオの原点となっているものです。
古くからクロマキーと呼ばれる映像合成技術がありましたが、従来のクロマキー合成の持つさまざまな制限事項を克服する素晴らしい技術で当時のデジタル信号処理の限界に挑戦した技術でした。この技術はその後出てきたシリコングラフィックス社のグラフィックワークステーションに置き換えられましたが、今日のゲームエンジンやGPUの原点技術の一つです。

CRT用ポータブルビデオ発生器「VG-813」を手に持つ開発担当の小林氏(右)と鈴木社長(左)

2005年:愛知万博開催に伴いNHKとスーパーハイビジョン専用映像処理装置を開発

渡邊:アストロデザインはなぜ8Kを手掛けるようになったのですか?

鈴木氏:

2005年に愛知万博「愛・地球博」の開催がありまして、NHKは2003年に出展を決定し、その万博にスーパーハイビジョン(8K)を展示することになりました。その展示に耐える8K機材の開発協力の要請を受け、8K機器の開発に関わることになりました。
最初の開発は、カメラから出力された信号処理のインターフェース回路の設計でした。カメラ本体はすでに他社で作った物があり、技研公開でも展示されていました。しかし、カメラはあるが、その後段の信号処理装置がないのでそこの開発をお願いしたいと言われました。
当時、8Kセンサーはまだありませんでしたので、デュアルグリーンと呼ばれる4Kセンサー4枚による画素ずらし方式で実現していました。しかし、それでも信号は従来のHDの16倍のデータ量があります。普通に考えると、既存のHDTV用信号処理回路を16台分作らなければいけないわけです。
しかも、短い納期でかつ小型化しければいけません。当時、ザイリンクス社のFPGAのもっとも新しいチップを使うとコンパクトにできる見当はついていました。ザイリンクス社のFPGAはまだ試作品で1個約50万円でしたが、必要数購入して実現しました。ザイリンクス社のFPGAがなかったら出来ていなかったかもしれません。とにかく8Kへの立ち上がりは大変で、私が勢いで引き受けてしまって、担当者には大変な苦労をさせたと思います。

渡邊:その後、カメラメーカーでないアストロデザインさんが8Kカメラを手がけたのには驚きました。

鈴木氏:

最初の8Kカメラは他社製でしたが、その信号処理を手掛けていくうちにカメラ全体を実現することもできるのでは?という話になりました。最初は4Kカメラの試作からはじめ8Kカメラもセンサーを入手して挑戦しました。

シャープ製8Kカムコーダー8C-B60Aをベースに、アストロデザインではカスタマイズした8Kカムコーダー「AA-4814-B」を実現。ユーザーフレンドリーに進化している

渡邊:今、社長の感じる8Kの業界の立ち位置についてはどのように思われますか?

鈴木氏:

テレビ放送の将来は今のままでは悲観的です。我が国では世界で唯一のBS8Kがスタートしています。しかしこの8K放送を今後どの様な方向に展開して行くのかの絵が描けているとは思えません。同時に始まった4K放送も然りです。それどころか基幹の2K放送もネット動画の時代にどう差別化して行くのか明確な方向を示せていない。このままでは放送業界は衰退して行くばかりです。

渡邊:散々うちらも4K番組を作ってきましたが、振り向くとだれもついて来ませんでした。

鈴木氏:

これまで色々な8K関連機器の開発、コンテンツの制作に関わってきて思うことは、まず2K、4K、8Kの変化は進化の流れや置き換えの技術ではないということです。現在のTV放送のコンテンツは2K解像度に適合する様に作られており類似の作品を4Kや8Kで作るのは電波資源の無駄遣いだと思います。
4K映像は2Kの4倍、8Kは16倍の情報が収容できる映像技術です。4Kには4Kの、8Kには8Kに適合した映像作りがなければ視聴者に受け入れられる技術にはなり得ないと思います。
では、8Kに相応しい映像とはどのようなものでしょうか?
それは例えば8Kで作られた映像を4Kや2Kにダウンコンして比較すると、これは8Kでなければだめだと感じさせるような絵作りの作品です。
愛媛県に東温市という町があり、そこに自主制作ミュージカル作品を1年間上演する日本で唯一の地域拠点型劇場があります。週1日の休みだけで毎日の公演をすでに15年続けている「坊っちゃん劇場」です。この坊っちゃん劇場の経営を担ってきた株式会社ジョイ・アートの越智陽一社長が8K映像の可能性をいち早く感知され8Kカメラ固定での舞台丸取りに挑戦してくれました。その映像を実舞台サイズのスクリーンに8Kプロジェクタで投影するとそこに舞台のデジタルツインが生成されるのです。
この映像は映像製作者やカメラマンの制作意図を一切排除したオリジナル舞台の空間、時間ワープを実現するものになりました。この映像は2Kや4Kでは置き換えることができません。
この他にも8Kもしくはそれ以上の解像度で初めて価値が生まれる高精細映像の進む方向が色々と見えてきました。
当社の進むべき方向も見えてきたということです。

筆者が撮影をしたゲリラ的に屋外ステージで8Kカメラを複数台使ったOS☆U PV収録の様子(2019年撮影)

8Kカメラ3台で撮影した名古屋のアイドル「OS☆U」の8KマルチカメラPV映像。解像度が高すぎて見えすぎてしまった肌の調子を苦労して加工してもらったもの

シャープさんと帝国ホテルで催されたジャズのライブステージを収録した時のカメラ群
アストロデザインの8Kカメラ2台とシグマの広角レンズを組み合わせてポールダンスを8K3D収録している様子。同時に2DおよびVR8Kも収録した(2019年撮影)

ポールダンス撮影のメイキング(マイクロドローン撮影&編集 藤本拓磨 2019年撮影)

横浜で催されたフッションショーをテクニカルファーム片岡会長が製作したリグを使いサイネージ用を睨んで8Kの縦型映像を収録した時の様子

2010年以降:データ量が多いからできる8K映像技術の活用

鈴木氏:

特に最近強く感じることは、8K映像の真価が発揮できる場所は放送よりもその外側にたくさんありそうだということです。
一例として、航空測量や空撮映像で有名な朝日航洋さんの高速道路のトンネルなどの劣化状況を検査するインフラドクターと呼ぶ検査車両に8Kカメラを搭載して頂き時速60Km走行しながら検査が可能になったことや、米国の有名なアメリカンフットボールのスタジアムに当社の8Kカメラが複数台設置されプロの試合に有効活用され始めるなど、新しい世界が見え始めてきました。もちろん本来の用途である映像コンテンツとしての8Kの生きる道もたくさんあると思っています。
例えば教材としての8Kは極めて強力なツールになると考えています。義務教育の現場で教師の人材不足が問題視され始めているようですが、国にはきちんと製作費をかけて8K映像による教材を活用することを真剣に考えていただきたいと思います。

8K映像技術を搭載した新型計測車両「GT-8K」
8Kでの定点撮影により、大型スクリーンでの上映時でもまるで生の舞台を観ているかのような臨場感を味わえる
大田区南雪谷のアストロデザイン本社
2021年7月に発売した22.2chオーディオ対応チェアスピーカー「TamaToon」。シェルの内側に24個の高性能スピーカーが内蔵されている

渡邊: 今回のインタビューで坊っちゃん劇場への導入事例のお話もお伺いし、また機会を頂いてステージものの8Kコンテンツ制作にチャレンジしたいと強く感じました。もう大分前になってしまいましたが、OS☆Uのライブステージを8K3Dで収録。22.2chで音声処理し再現したものが、アストロデザイン本社2階にある8K3Dシアターでご覧いただけますのでご興味のある方は、アストロデザインさんへご連絡をとってご覧くださいませ。その場のステージをリアルに感じて頂けるようにカメラワークをいっさい排除し、8Kカムコーダー2台で3D収録。22.2chの音声処理まで行ったものです。いろいろと制約のある中で収録したものですがご参考になれば幸いです。

WRITER PROFILE

渡邊聡

渡邊聡

1960年5月8日生まれ。東京都世田谷区出身。東放学園専門学校放送広告科卒。スチール、ムービー、テレビの撮影現場を渡り歩き、たどりついた先のポスプロでマネージャーを務めるが、無駄な作業の多さに嫌気がさし、ノンリニアオンリーのポスプロを新たに立ち上げ、番組編集作業の効率化を図り、エバンジェリストとして活躍する。MPTE 日本映画テレビ技術協会会員。