[SXSW2018]Vol.06 SXSW発バリー・ジェンキンス監督が語るアカデミー作品賞「Moonlight」までの軌跡
2018-03-23 掲載

やはり豊作だった25周年を迎えるFilm部門
フィルム、インタラクティブ、ミュージックの祭典SXSW。今年25周年を迎えたフィルムフェスティバルは、そのクオリティの高さで映画ファンの熱い支持を集めている。今年も多いに盛り上がることとなった内容はこちらの記事からチェックして欲しい。

今年のフィルム部門の基調講演は、自らSXSW生まれの監督と言うバリー・ジェンキンス。アカデミー作品賞に輝いた「Moonlight」の監督のスピーチは多くのフィルムメーカーを勇気づける内容となった。
幻の受賞スピーチで幕開け

“アカデミー賞史上初の手違い(作品賞に間違って「La La Land」がアナウンスされた)”により、授賞式で声に出して読まれることのなかった、ジェンキンスの受賞スピーチから始まった基調講演。声に出して読まれるのはこの舞台が初めてだ。
アカデミー賞を受賞するとは夢にも思っていなかった。それどころか他の誰でもなく、自分が自分に制限をかけ、夢を否定していた」と振り返り、「どんな境遇であっても夢を見ること、実現させることを諦めないで欲しい」と、観客席にいるかも知れない未来のアカデミー監督や映画ファンに向けて語りかける。
「ダイ・ハード」好きな物静かな少年時代
「Moonlight」監督:バリー・ジェンキンスマイアミの貧困地域出身で、黒人、ゲイ、薬物中毒のシングルマザーという設定のシャロン(ムーンライト主人公)は、ジェンキンス自身の境遇と重なるところが大きい。ジェンキンス自身もフロリダの貧困層出身で、黒人であり、母親は薬物中毒だった。子供らしく自分が「特別」だという思うこともなく、観察するのが好きなおとなしい少年だった。なんども見たお気に入りの映画は「ダイ・ハード」。
「映画ダイ・ハード本編後に流れるクレジットをみて、映画というものは“人”によって作られるアートなんだと気づいたんだ」
とは言え、映画監督を夢想したわけではない。フロリダ州立大学へ進学した時は英語教師にでもなろうかと考えていた。しかし、期待通りにことは進まず、クリエイティブライティングコースへと舵を取り直す。そんな時、キャンパスで“フィルムスクール”という案内を見つけるのだった。子供の頃大好きだった「ダイハード」が脳裏に蘇り、「脚本家にでもなろう」と出願し高い競争率の中、合格することに。しかし、あまりにも優秀ですでに知識豊富なクラスメートに付いてゆけず、ジェンキンスは1年間休学をすることになる。
「前期が終わった時、自分に正直にならざるを得なかった。僕は最悪のフィルムスチューデントだったんです。フィルムメイキングのことを何も知らなかったのです」
ジェンキンスは休学中必死で勉強をした。映画を山のように観て、図書館の資料を読み漁った。彼には明確にしたい答えがあった。「フィルムスクールに適応できなかったのは、僕が黒人で貧しくて、薬物中毒の母親の元に育ったから?それともフィルムを感光させるための技術について何も知らなかったから?」
復学し、そこで出会ったのは「Moonlight」で撮影監督を務めることになる、ジェームズ・ラクストン、そして編集のナット・サンダーズ。特にラクストンとは、ウォン・カーウァイに魅了された同士、ルームメイトとしても在学中共に過ごすのだった。
パーソナルであれ。在学中に制作したショートフィルムと「Moolight」との共通点
「MY JOSEPHINE」アメリカ国旗をボランティアで洗濯するランドリー屋を営むアラブの夫婦の話ジェンキンスは在学中に制作したショートフィルムについて語ってくれた。9.11の悲劇はフロリダに住むジェンキンスにも大きな衝撃を与えた。湧き上がる想いから描いたのがショートフィルム「MY JOSEPHINE」。洗濯屋を営むアラブ人夫妻が「我々も同じアメリカ国民」であることを、彼らなりに意思表示した様子を描いたものであり、それはジェンキンスが街でみかけた光景から着想している。それに加えたエッセンスは、ナポレオンに取り憑かれた変わり者のルームメイトからのインスピレーション。学生作品であれ、オスカー受賞映画であれ、常にパーソナルな題材を描くのがジェンキンスの持ち味なのだ。
長編処女作「Medicine for Melancholy」で踏み出した映画監督の一歩
「Medicine for Melancholy」監督:バリー・ジェンキンス「MY JOSEPHINE」を仕上げた時からジェンキンスは映画監督としての道を歩みはじめていたのかもしれない。もしくは「ダイ・ハード」に魅せられた瞬間から映画監督になる宿命だったのだろう。しかし、「Medicine for Melancholy」制作の舞台裏を聞くと、映画監督としての覚悟と目覚めは、この時に明らかになったように感じた。卒業後2年間、彼の作った作品は0本だった。
「自分がフィルムメーカーだと言うことが、映画を撮ったということが、嘘のように響き始めたのです」
ジェンキンスはL.A.での職を去り、やがてサンフランシスコの地に降り立つ。そこで彼は、人種のアイデンティティをテーマにした長編作品「Medicine for Melancholy」を撮る決心をした。卒業から5年の歳月が経っていた。
$12,000(約130万円)、スタッフ5人、15日間かけて撮影をした。集まった旧友の中には、ラクストンとサンダーズもいた。完成した低予算自主制作映画「Medicine for Melancholy」は、10年前のこのSXSW 2008でワールドプレミア上映された。ニューヨークタイムズ紙のA・O・スコット選で“2009年の最優秀作品”に選ばれ、ラクストンはインディペンデント・スピリット賞候補となり、サンダーズはインディペンデント・スピリット賞3部門にノミネートされ「Medicine for Melancholy」は成功を収めるのだった。
10年振りのステージは基調講演。夢は実現する

10年前はペットボトルのミネラルウォーターだったが、今はグラスに注がれた水を飲みながら、ジェンキンスは講演の中で繰り返した。自分自身が夢を否定してきたことを。
「オスカーを受賞した夜、涙を流したとしたら、それは作品賞受賞に対してではない。“自分で夢の実現を否定していたこと“に対してだ」

そしてジェンキンスは夢を見ることを、そしてその夢は実現出来るかもしれないのだ、とこの基調講演でメッセージを送り続けた。ジェンキンスの次回作、ジェイムス・ボールドウィン原作の「If Beale Street Could Talk」では脚本、監督を務めている。
「If Beale Street Could Talk」 txt:Kana YAMAMOTO 構成:編集部
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[ DATE : 2018-03-23 ]
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