撮影:八島 崇

音楽プロデューサーの佐久間正英氏が新たに立ち上げた、ライブレコーディングとライブ配信を手がける新事業「Sound Recording and Streaming Services」(以下SRSS)。USTREAMをはじめとするストリーミングインフラのパーソナル化によって、だれもが手軽にライブを配信できる時代となったが、だからこそ浮き彫りになってきた音質の問題。それに対して用意されたソリューションである。その実態はいかなるものか。佐久間氏に話を聞いた。

設立の経緯と狙い

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SRSSは、音楽プロデューサーの佐久間正英氏が新たに立ち上げた、ライブレコーディングとライブ配信を手がける新事業だ。佐久間氏は、その設立に至った経緯をこう語る。

自分のバンドを含め、USTREAMなどでライブ配信を行う際、意図した音で伝わっていないという問題がありました。通常、配信される音はPA卓からの出力ということになります。PAのミックスは、例えばステージ上でギターの音が大きければ卓側で小さくする。ボーカルの音は小さいので卓側で大きくする。また、ハウリングを起こさないということが絶対条件となりますので、ハウリングを起こしそうな部分はEQでバッサリとカットされてしまう。それがそのまま配信されるため、音質もバランスも良くないのです。音楽のコンテンツならば本来、音が重視されるべきなのですがそうなっていなくて、それをどうにかしたいと考えていたところ、RolandのREACシステムを知り「これなら音の良い配信システムを構築できるかもしれない」と思い始めたわけです。

佐久間氏が考えたのは、PAのミックスとは別にライブレコーディング/ライブ配信用のミックスシステムを構築することだった。

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まず各マイクの音をPAとパラにしてからS-0808という8chのマイクプリに入力します。これを4台用意してあるので合計32ch。それらをS-4000Mというユニットでマージし、そこからEthernetケーブル1本で手元のデジタルレコーダーR-1000に接続します。さらにそこからEthernetケーブルでミキサーのM-200iにも接続。オーディエンスマイクはS-0808経由か、もしくはアナログで直接M-200iに接続するか、マイクの位置によって臨機応変に対応しています。

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S-0808は、REACシステムの中核をなす8イン/8アウトのI/Oユニット。Ethernet CAT5eケーブルで最長100mのオーディオ伝送が可能となる。S-4000Mは、最大4系統のREAC信号を1系統のREAC信号に統合するマージユニット。内部ルーティングの変更も可能。R-1000は他のREAC機器と直接接続できる48トラック仕様のHDレコーダー。M-200iはiPadをディスプレイ/タッチスクリーンとして利用可能な32chデジタルミキサーだ。

デジタル伝送技術の進歩により、かつて、例えばライブアルバムの制作などに用いられてきたような大規模システムと同等のことがコンパクトな環境で実現可能となった。しかし、数あるデジタル伝送システムの中でREACを選んだ理由は何だったのだろうか。

やり直しのきかないライブの現場ですから、トラブルフリーであることを一番に考えました。となればレコーダーは安定した専用機がいいだろうと。加えてミキサーも含めたトータルな環境が構築できるのもREACの大きな魅力です。安全をとりながら、音も十分に満足できるものでした。

作業工程とアウトプット

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では実際の作業がどのように進むかを聞いていこう。

まずリハーサル時にレベル合わせを行いR-1000に録っていきます。それから本番までの間に録ったものを使ってミックスバランスを作っていく。いくつかバンドが出るときは大変ですよ。実質的な初仕事となったZEPP TOKYOの「kampsite FES 1st」(2013年4月27日)では11バンド出演しました(笑)。そういう場合はシーンメモリーを活用しますね。そうして作ったミックスバランスを基に、本番時にもリアルタイムで補正しながら進めていきます。

本番時の補正はPAのミキシングというよりは「スタジオで2ch同録するときの感覚に近い」という。運用としては、本番時のライブミックスを映像とともにストリーミング配信するほか、録音した音、録画した映像を使ってライブ終了後に”録れたて”のCDやDVDを販売することも視野に入っているという。もちろん、スタジオへ持ち帰ってさらなるミックスを施し、通常のパッケージとしてのCDやDVD制作にも対応可能だ。

ストリーミング配信の世界はUSTREAMやYouTube、ニコニコ生放送など、日進月歩で高画質化が図られているが、音の方もようやく本格化してきたと言えるだろう。

今後のカギは”人材”

TAKUYA and the Cloud Collectors

ところで、スタジオでのレコーディングとライブにおけるレコーディング、その2つは異なるものというイメージがあるが、本来大きな違いはないと佐久間氏は言う。

これまでのライブレコーディングは、どちらかというとPAを主体にして行われてきたため、そのやり方は僕らがスタジオで行っていることとは少し違っていました。しかし、良い音を狙い、良いバランスで聴かせるという意味では本来スタジオもライブも違いがあるわけではなく、よほど変なことをやらない限りは、レコーディング用のセッティングでトラブルが起きる可能性はない。実は僕らがスタジオで培ってきたことをそのまま生かせるんです。ただ、現状ではレコーディングエンジニアがPAまでを手がけるケースは少ない。今後SRSSを運営していく上で一番必要になってくるのは人材です。賛同してくれるエンジニアが増えるといいなと思っています。また、今後エンジニアを目指す若い人たちもスタジオとライブの両方を同じものとしてとらえておいた方がいいと思いますね。

ビジネスの面から見ても、レコード産業がかつてほど巨大なものではなくなった今、プロフェッショナルが自分の技術を生かせる場として幅広い視点を持っておくことは有益だろう。また、SRSSでは現在アシスタントエンジニアも募集されている。われこそはと思われる方はメールで連絡してみるといいだろう。

さて、このSRSSは、どのようにして利用できるのだろうか?

メールで連絡していただければ基本、どこへでも駆けつけます。価格は、最終的には決まっていませんが、なるべく安く提供したいと思っています。

これまでにない、本格的な音によるライブレコーディング/ライブ配信が低価格で利用できるとなれば、試してみたいと思われる方々も多いのではないだろうか。プロアマを問わず、利用者が増えることで良い音への認識も広がっていくだろう。SRSSの意欲的な試みに、大いに期待したい。

佐久間正英氏プロフィール

四人囃子、プラスチックスの活動を経て、ソロアーティスト / プロデューサーに。THE STREET SLIDERS、BOφWY、GLAY、JUDY AND MARYなどのプロデュースを手がける。4枚のソロアルバムをリリースするほか、YUKIなどとのユニットNiNaなど、他アーティストとのコラボレーションも積極的に行ってきた。2013年5月24日に著書『直伝指導! 実力派プレイヤーへの指標』(リットーミュージック)を出版した。

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