プチシネに渦巻く期待と利害

プチシネ製作に参加する人々。役者とそのプロダクション、技術スタッフと監督、脚本家等など。お金という最も分かりやすい利益が無いに等しい自主製作ではそれぞれの立場によって参加する意味が様々で、時としてそれがトラブルの火種になったりもする。果たして役者は出させてもらっているのか?出てあげてるのか?そのプロダクションからすれば少しでも所属タレントの経験と露出が増えるのなら、制作の協力や撮影中の差し入れの一つもしなければ…いやいや、こっちはタレントをタダで使わせてやってるんだ。お礼を言われる事はあってもこっちからお礼を言う必要なんかないだろう。技術スタッフにしても機材と途方もない労力を提供してるんだからせめて宣伝くらいは誰かやってよ!という気持ちになるのは当然の事だろう。

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真剣なリハーサルが続く。これは、規模の大小にかかわらず大事なこと

リハーサルならせめて交通費くらいは出さないといけないと思うが、ワークショップならレッスン料を頂きたくもなる。このように見方一つでみんなの「普通こうするべきでしょう」が変わってくる物だ。これを一気に解決してしまえるのがお金なんだろうが、潤沢に予算のある自主制作はこの際論外としておこう。つまりお金を集めてきちんと配分してくれるプロデューサーやスポンサーもいない状況で、それぞれの持つ情熱と技術だけでも作品を作る事は可能なのだ。

ただそういう状況下ではどの立場の人も考え方を変えなくてはいけないし、それは制作を始める前にきっちり説明をして理解してもらわなくてはいけない。そこをぼかしたまま開始したり変に期待を膨らませる大風呂敷を広げたりすると、ほぼ確実にトラブルになるし、運良く完成までこぎつけたとしてもしこりが残り、結局は作品が大切な人間関係を壊してしまう結果になる。

ここまで言ってしまうととてもじゃないが自主制作なんて無理だと思えてしまうが、信じてほしい、みんなが利益と喜びを得て「ありがとう」と言い合えるポイントが必ずある。それを明確にして前もって真摯に説明して賛同してくれる人だけを集めよう。

作品に参加するメリットとは?

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お互いの信頼から生まれるチームワーク

役者なら、カメラマンならこれがメリットだと決めてかかってはいけない。それぞれの立場の他にその人が今置かれている状況やタイミングによって「お金にならなくてもやる価値」の有無が別れる。例えば役者であればとにかく経験と実績がほしい駆け出しの人や、そうでなくても役者としてのイメージを変えたいと考えている人は作品内容や役柄によっては話に乗ってくれる。

以前私が参加させて頂いた映画祭でアマチュア監督が作った自主制作作品にとんでもないベテラン俳優さんが出ていて驚いた事があったが、人それぞれのメリットの捉え方があるもので、一人一人丁寧に交渉にあたる必要がある。悪い例としては安易な交渉で頼んだカメラマンが全く自分の思った通りにしか撮らないなんて事もある。普段の仕事で監督の言いなりになる事が多いのだろうか、自主でやるとき位は思い通りにやらせろという言い分はわかるし、案外それがいい結果を産む事もあるんだが、いずれにしても前もってしっかりと話し合っておかなくてはとんでもないトラブルになる。

タレントプロダクションとの合意は最もナイーブな話し合いを必要とする。何せ彼等にとっての売り物をタダで使わせてもらおうというのだから普通に考えると無理に決まってる。タレントの経験と露出は彼等にとっても必要な事だとは分かっていても、その足元を見るような物言いや焦点をぼかした交渉ではまず確実にトラブルになるし、最悪訴訟や賠償問題になる事もある。いくら役者本人が承諾していても直接プロダクションとのしっかりした合意を取るよう心掛けてほしい。

その時彼等が一番気にするのが作品を何処でどういう形で上映するかだ。これは作品作りに直接関わるクリエーター達とは大きく観点が違うところで、苦労するだろうが、うまく交渉がまとまれば協力体制ができあがる事もある。実は今私もとある芸能プロダクションと共同でショートムービーを作っている最中で、次回からはその合意の内容や制作レポート等も交えてお届けしようと思う。お楽しみに。

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。