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テニス4大大会の全仏オープンが今年も開幕

テニス4大大会の1つである全仏オープン。2019年もパリ市内にあるローラン・ギャロスにて、5月26日から6月9日まで開催された。

大坂選手は3回線敗退でグランドスラム3連覇ならず。錦織選手も4回線で敗退と日本のテニスファンには残念な結果となったが、女子は世界8位のアシュリー・バーティ(23=オーストラリア)が4大大会初優勝を遂げ、男子はクレーコートの王者ラフェエル・ナダル選手が12回目の優勝を達成。男子決勝の対戦相手は昨年と同じ、ドミニク・ティエム選手が、ノバク・ジョコビッチ選手の年間グランドスラム達成を阻んで勝ち上がって来たのだが、それを退けての快挙となった。

これら熱戦の裏でフランステレビジョンは毎年、このローラン・ギャロスで映像に関する新しい技術のテストやデモを行う「テクノロジーデモ」を行っている。昨年の様子はこちらで報告した通りだが、2019年はどんな進化をしているだろうか。今年も取材を行った。

昨年同様“Television Zone Media”と呼ぶ国際映像配信センターを中心とした、各国放送局が集まる建物のテラスにて、デモ展示が行われていたのだが、昨年との大きな違いは19インチラックのセットが表に見える様に設置されている点だ。

センターコートに仕込まれた、シャープ製8Kカムコーダーから光ファイバーを経由してデモ会場に非圧縮8K映像が伝送されているのは、昨年と同じだが、デモルームに用意された機材では、光ファイバーからの非圧縮8K映像を12G-SDI×4本に戻す、光受信モジュール(Ereca製)、12G-SDIx4本を同時に切り替え、8K映像のME機能を持つ8Kスイッチャー(Blackmagic Design製)、非圧縮8K映像をリアルタイムにHEVCストリームに変換するハードウェアエンコーダー2機(NEC製、Advantech製)と映像の入力、変換を行う機器をはじめ、Jupter製ルーター/スイッチャー、Intelのブレードサーバー/NAS、Nokia製5Gトランスミッターとネットワーク系の設備が集められ、8K映像のリアルタイム配信を実現するシステムが構築されていた。

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19インチラックの奥、デモルームの壁側には、シャープ製8Kテレビが2台用意され、有線LAN経由で再生用PCで受信したHEVCストリームをSpin Digital製ソフトウェアプレーヤーで再生している映像と、5Gネットワークを経由して、Oppo製5G対応試作端末で受信、再生用PCにUSBテザリングで送信し、VLCプレーヤーにて再生してる映像の同時視聴を実現した。

5G配信については、デモルームのみならず、ローラン・ギャロスのメインコートであるフィリップシャトリエ前の出店ブースにテニスグッズや飲食店と並んで、大会オフィシャルスポンサーであるOrange社のブースが出展され、ここにもOppo製5G端末と再生PC(+Spin Digital製ソフトウエアプレーヤー)、80インチのシャープ製8Kモニターの組み合わせで8K映像のデモを一般公開。こちらは関係者に限定されたメディア棟と違い、一般のお客様も自由に視聴できる環境だった。

さらに、ライブ系のみならず、オフライン系のワークフローも進化していた。昨年活躍したGrass Valley製HDWS 8Kは、最新のEDIUS 9.4ベースに進化し、8Kカムコーダーで収録されたGrass Valley HQXベースの映像素材を元に、編集結果をApple ProResで出力。汎用的な映像形式とすることで、様々なアプリケーションでの活用を実現していた。

タブレットで再生画面を視聴、画面をタッチすると拡大、ドラッグすることで拡大領域を自由に操れるデモは、Tiled Media製のサーバーアプリケーションによるもので、元々VR向けのソリューションとして、ヘッドセットクライアントから指定された領域のみをデコード出力するものだが、これを8Kの拡大視聴に応用したものだそうだ。また、Intelのブレードサーバー内に用意されたソフトウェアエンコーダーにて、複数の解像度やビットレートにエンコード、ABR(Adaptive Bit-Rate)での配信実験ベースのストリームを作成し、Harmonic製MPEG-Dashサーバーを使ったテストも行われたそうだ。

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また、NTTも5台の4Kカメラによる映像をリアルタイムステッチングにより結合し、3台の4Kテレビにライブ表示できることをアピールするデモを行っていた(デモ内容そのものは、オフラインで構築した映像だったが、リアルタイムでのライブ配信が可能との事)。

これらの様に内容が盛りだくさんで、昨年と比べると、5Gの活用含め、かなり実用性を意識したテストの内容に進化していたが、テストを行うと様々な課題が出てくる事も事実の様だ。

今回、カメラからはHLG/2020で出力しているが(昨年は709)再生PCを経由しているため、VLCプレーヤーでは正しくHLGで8Kモニターで表示できていない様だった。VLC開発関係者によると、VLCプレーヤーはPCに搭載されたNVIDIAの標準レンダラー(HDRはPQのみ対応)に出力しているため、HLG/2020を正しくモニターに送れないとの事。

一方のSpin-Digital製プレーヤーは独自のレンダラーを使うため、この問題は起きないが、PCからはDisplay Portx4の出力をHDMI変換ケーブルを介して8Kモニターに接続するため、HDMIにHLGのメタデータを載せる事ができない。そのため8Kモニター側でHLG表示モードにマニュアルで設定する必要があるそうだ。

また5G配信だが、今回のテストは許認可の関係で現状のLTEと同じ3.6GHz帯を使っていたため、観客が多く訪れる時間帯になると、観客の持ち込むLTE機器と電波干渉(英語ではcontaminationと呼んでいた)が起きるようで、送信スピードが落ち映像が途切れる事があった。もちろん、この現象は26/27GHz帯が使えるようになると解消されていくことだろう(日本国内では28GHz帯が使われるが、ヨーロッパ地域では26/27GHz帯が使われるとの事)。

今回の5G配信テストは、フランスの携帯キャリアであるOrange社の協力により実現したのは言うまでもない。ローラン・ギャロスの現場に参加していたOrange社 5G Marketing Product ManagerのFabien Le Clech氏にインタビューする機会を得られたので今回のデモのお話しと、ヨーロッパでの5G配信の予定などを伺ってみた。

写真左がFabien氏

――今回のデモでの8K映像の配信に使ったビットレートはいくつですか?

85Mbpsです。いくつかビットレートを試しましたが、転送速度と画質のバランスから、今回のデモは85Mbpsで通すことに決めました。電波の状況が良ければ、安定して8K映像を伝送でき。画質的にも満足行くものになったと思っています。

――残念ながら電波の状況が悪い事があったようですが…

今回は、周波数帯の許認可の関係と、Nokiaが提供してくれた5G機材が3.6/3.7GHz帯と互換性があったため、3.6GHz帯のみでの実験となりましたが、沢山のギャラリーが集まると伝送が不安定になりましたね。

ただ、他の地域ではありますが、既に26GHzを超えるミリ波帯の実験では、良好な結果を得ています。我々はビームフォーミングを3.6GHzを補完する用途で使う事を目標としていますので、8Kの映像伝送の様な安定した高速伝送を必要とするアプリケーションにも対応できると考えています。

――今回のデモに参加した感想を教えて下さい。

ローラン・ギャロスでのフランステレビジョンとのパートナーシップと15社を超える企業の皆さんによる協力のおかげで、トータルで150時間を超えるライブストリーミングビデオのデモを行う事ができました。このようなスポーツイベントでの成功は、我々にとっても良い経験となりましたし、フランステレビジョン、フランステニス協会にとっても、今後の可能性を感じる事ができたのではないかと思っています。

――Orangeはいつ5Gサービスを開始する予定ですか?

Orangeは今年5月にフランスで行われた5G周波数帯オークションに参加し、周波数を確保しています。本年秋からフランスの4都市(ヨーロッパでは17都市)で5Gパイロットサイトを立ち上げ、一般向け、ビジネス向けを問わず、高品質ビデオストリーミングを含む新しいユースケースをテストします。実際のサービス開始は、2020年からを予定しています。

――5Gによる8Kビデオ伝送を行ってみて、可能性を感じましたか?

5Gを介した8Kビデオストリーミングは、没入型コンテンツをお客様に配信し、お客様がまるで現場にいるかのようにリモートでイベントへの参加体験を実現する非常に有望のアプリケーションの可能性があると考えています。具体的には以下の3つの用途を想定しています。

  • パブリックビューイングなど、スタジアムまたはコンサートホールで巨大な8Kウォールスクリーンへの8Kコンテンツ配信
  • イベント会場内でのVIPまたはファンゾーン用の8K映像やVR 360°プレミアムコンテンツ配信
  • 既存のタブレットまたはスマートフォンに表示される、パーソナライズされた視点用の8Kソースビデオ

これらのアプリケーションについて、今後もデモをしていきたいと考えています。

――ありがとうございました。離れた日本からですが、今後のOrangeのヨーロッパでの取り組みも注目したいと思います。

5Gによる8Kライブ配信を実現

昨年同様、フランステレビジョンInnovations Technologies DirectorのBernard Fontaine氏にもお話しを伺った。

――今年のデモは盛り沢山で、機器の構成も複雑になりましたね。昨年はコンセプトとして見せていた5G配信でしたが、今年ライブ配信まで行う構想は当初からあったのでしょうか?

昨年、シャープから8Kカムコーダーが借りられるという話しがあった当初から5Gによる配信は関心のあるテーマでした。昨年は5G関連設備だけでなく、HEVCハードウェアエンコーダーも手配できなかったため、実現できませんでしたが、今年もシャープから8Kカムコーダーや8Kモニターなどで協力してくれる事が決まってから、すぐにOrangeやHarmonic、Advantechなどに声をかけ、テストに賛同頂きました。彼等の協力により、5Gによる8Kライブ配信を実現することに成功したのです。皆さんに感謝しています。

――こちらのデモルームには、どんなお客様を招待されたのですか?

フランスの政府当局、国際スポーツ協会、オリンピック代表団、プレス(主にフランスでテクノロジーを紹介する)、テレビ(フランステレビジョン以外の)、EBU(欧州放送連合:Europe Broadcast Union)、各社テレビメーカーなど、フランスオープンの期間中に600人以上に来場して頂きました。

また、Orangeのショールームで、一般向けに8K映像が公開され、1200人以上が見学し、その大多数は8Kテレビの品質を高く評価したと聞いています。

――お客様の反応はいかがでしたか?

5Gという無線技術を経由した8Kライブ映像を見て、8K映像の配信と視聴が現実的な物になりつつあることを実感したと思います。ただ、この映像が、2020年から2030の間の10年間に無料放送として普及するイメージはなく、衛星およびFTTHを使ったソリューションなら可能性があるという反応がほとんどでした。

――ヨーロッパ(フランス)で8K放送の可能性があると思いますか?2024年、パリ五輪までには、8K映像放送の可能性はありますか?

テレビメーカーが8Kテレビを積極的に製造し販売することになれば、何かしらの8Kの映像サービスを提供しない放送局は、リスクにさらされる事になると思います。4Kの時の様に(Netflixなどの)OTTサービスが口火を切る事でしょう。もちろん、パリ五輪は我々にとって良いターゲットです。

我々はライブ放送のソリューションについて検討する必要があります。今年の5G配信にチャレンジしたのもそのためです。もちろん2020年東京五輪、2022年北京冬季五輪の動向にも注目しています。

――今年のデモはかなりチャレンジした印象ですが、来年新たなチャレンジをするとしたら何をしたいですか?

今年のシステムは100%満足に稼働した訳ではないので、もっと追求したいですね。また、今年は5G配信といってもIPネットワーク的にはシングルキャストまででした。次回はマルチキャストにチャレンジしてより実践的なシステムとしたいと考えています。

――ありがとうございました。来年のデモも楽しみにしています。

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