txt:安藤幸央 構成:編集部

担当者が制作過程を惜しげもなく公開。現場の苦労が聞けるプロダクションセッション

プロダクションセッションは、Computer Animation Festival内の企画のひとつで、最新のCG技術/VFX技術を紹介するセッションである。主に長編映画、それもCGやVFXの比重の多い作品が取り上げられる。今年は、映画のメイキングに加えて、VR作品、大作ドラマ作品などが紹介された。

発表は現在公開中の映画の映像も含まれるため、セッション内容の録画、録音、写真撮影は報道関係者も含め完全に禁止されている。そのためセッション開始時にアナウンスされる撮影禁止のお願いは、世界各国の言葉で表示されるのだが、ILMのセッション時には、「スター・ウォーズ」のチューバッカのウーキー語で「がるるる がるるる がるるー」みたいに書かれていたり、今年はカナダで開催されたため、カナダ人の遠慮がちで丁寧な性格を反映して「大変申し訳ありませんが、カメラを使わないで欲しいのです、どうかご面倒をおかけしますが、どうかどうかお願いします(実際は英語)」といった表示がなされ、会場の笑いを誘っていた。

どの発表も、現場では苦労が山積みで、限られた予算やスケジュールの中で、いかに品質の高い映像を作り出すか、細分化され役割分担が進んだプロセスの中で、様々な工夫が話された。また、できるだけ大きな失敗を回避することと、そのために小さな失敗を繰り返せるよう試行錯誤の回数スピードを増やすことが重要視されていた。その意味でもプレビズの活用は当然のこと、プレビズの出来によってその後のプロセスに大きく影響を与えていくことが見てとれた。

(※プレビズ:Pre-Vis,Pre-Visualization:事前に平易なCGを作っておいてカメラアングルの検討や、実写との合成、俳優の動き、CG制作の準備などに活用するための絵コンテ風CG映像のこと)

■DNEG, Framestore, and MPC Present: The Visual Effects of “Blade Runner 2049”

2017年に公開された映画「Blade Runner 2049」のVFXを担当した DNEG(ダブルネガティブ)社と、Framestore社、MPC(Moving Picture Company)社によるメイキング紹介。DNEGは、担当した近未来のビル群、Framestoreは、廃墟のシーンと、ホログラフィーのジョイ、MPCは1982年の最初の作品にも登場したレプリカント(人造人間)のレイチェルの再現などが紹介された。

Behind the scenes: Blade Runner 2049 at DNEG
DNEGのRhys Salcombe氏インタビュー
FEATURE REEL: Oscars 2018 Winning Blade Runner 2049 Environments Reel by DNEG
オスカー受賞後のインタビュー、主に街並みの構築などについて

映像制作は、はじめLA 2049という2049年のロサンジェルスを描いたコンセプトアートからスタートし、1982年のオリジナル作品が持つダークな雰囲気、広告やネオンの溢れる現代とも未来ともつかない街なみを表現。日本の漢字が多用されたネオン、街灯広告など、現代からするとちょっと古臭く見えるネオンを3D化して作成。

Blade Runner 2049 Concept Art
コンセプトアートを担当したVictor Martinez氏のサイト

ジョイの巨大広告と主人公が見つめ合うシーンは、女優本人をグリーンバックで撮影したのち、ネオンっぽいエフェクトを追加し、人間っぽく見えないように目(瞳)加工したのち合成するなどの工夫がなされた。基本はコンセプトアートを忠実に再現したVFXとのこと。

‘Blade Runner 2049’の巨大立体ネオン(Warner Brosのサイトより引用)

また波と乗り物とが出てくる格闘シーンは、実物大の乗り物LIMOの模型と実際の波に加えて、演出されたCGによる大きな波の映像がプラスされている。ちなみにLIMOの運転操縦パネルは、コンセプトアートではあいまいだったので、イメージにあった装置を市販の3Dアセットからかき集めてきたらしい。

LIMOのコンセプトアートと実際の車中の様子。コンセプトアートを担当したterritory studioのサイトより引用

一方、Framestoreが担当したのは、廃墟となったラスベガスのシーンだ。

Blade Runner 2049 | VFX Breakdown | Framestore
Framestoreが担当したシーンを集めたデモリール

シーンの構築には、公開されている現在のラスベガス周辺の地形データを元にして3D地形を構成したり、スペインの太陽発電所や巨大な畑の様子を参考にして制作、ロケハン(撮影場所を探す作業)にはGoogle Earthが多いに活躍したそう。これらの都市構築には実際に存在しない建築物なども手続き型で都市・景観を構築できる3D都市景観モデリングソフトCity Engineが活用された。

ラスベガスのシーンのもととなったコンセプトアート、このシーンを担当したFramestoreのサイトより引用

City Engineで構築されたBlade Runner 2049のセット。都市景観はほとんどCity Engineで作られている

MPCが担当したレイチェルの再現のメイキングは、会場でも驚きをもって受け入れられた。

MPC Blade Runner 2049 VFX breakdown
MPCが担当したVFXシーンを集めたデモリール

当時のレイチェルの残されていたポラロイド写真(顔の前、横の写真)から、雰囲気や骨格、顔つきがよく似ている女優探し出し、その人をベースに再構築している。1982年の映画のレイチェルと同じ髪型にしてボディと頭を完全にスキャンしモデルのベースにしている。歳をとったオリジナルレイチェルの女優Sean Young氏のキャプチャや演技をしてもらい、感情の起伏をキャプチャしたものもリファレンスにしている(1982年当時よりも少し太って、シワも増えてしまっているが)。

それらの収録はライトステージと呼ばれる大掛かりなスキャン装置やREDカメラで撮影したものを素材に頭や頭の形、髪の毛を再現している。もともと髪型、前髪が大変特徴的なキャラクターのため、CG/VFXでの再現時には474,611本の髪の毛で再現されているそうだ(一般的に人間の髪の毛の本数は多い人で13~14万本、少ない人で6〜7万本と言われている)。質感、ライティングは代役の女優の質感をリファレンスにしているとのこと。

 

CGで再現されたレイチェル顔形状と髪(MPCサイトから引用)

レイチェルの最初の登場のシーンは、首から下は代役の女優、頭だけCGで作られた頭に差し替えている。60fpsで撮影した代役女優の目の瞬きを撮影してリファレンスにしている。その他の細かい点は、テストショットで作ったデジタルダブル(CGで作られた代役)と、1982年のオリジナルムービーとの比較で微調整を進めていったそうだ。

■Making the Kessel Run in Less Than 12 Parsecs – The VFX of “Solo: A Star Wars Story”

本講演のタイトルを訳すと「いかにしてケッセル・ランを12パーセクで飛んだのか」となる。パーセクは天文単位で、約3.26光年の距離、ケッセル・ランは密輸ルートのことで、ハンソロが本来回り道しなければいけない距離の密輸ルートをいかに速く、いかに近道を通って航海したか!?という「スター・ウォーズ」作品にでてくるエピソードに由来している。その言葉にかけて、いかに素早く映画のVFXを制作してきたかという発表であった。

Solo: A Star Wars Story BEHIND THE SCENES & CGI(VFX Breakdown)
映画「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」のメイキング、インタビュー集

映画「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」は1970年代に公開された「スター・ウォーズ」のエピソード4をベースとしている。多くのショットでCG/VFXが駆使されているが、基本はさまざまなロケ地による実写で、ヘリコプターで山なみを撮影したり、砂漠での撮影、海での撮影と世界中を飛び回って撮影された。チューバッカ役の俳優はそんな過酷な環境で撮影中は着ぐるみのままで移動し、ロケ以外の撮影には映画007で使われた巨大なスタジオ撮影も併用された。

■宇宙港までのチェイスシーン

宇宙港までのチェイスシーンは、敷地の全体構造を設定した上で背景や建造物も考慮した上でレースシーンを設計。イギリスに実際にあるプラント工場の敷地内で、とても低い位置から撮影したカメラでリファレンス映像を撮影。リファレンス映像をもとに、より混沌とした感じにするためアセットと呼ばれる汎用部品を多数追加、日本風の建築様式なども参考に、スターウォーズの世界観を反映した宇宙港が制作された。ダイナミックなチェイスシーンは、車高の低い車を借り切ったレース場で実際にドリフトさせて、その映像をもとに制作された。車内の運転席パネル、LEDパネルなどは、あとで合成するのではなく、見た目上、完全に動作しているものを用意して撮影された。

Solo: A Star Wars Story | “Making Solo” Featurette
映画「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」の各種メイキング

ハン・ソロが乗っているSpeederの運転席(SIGGRAPH公式サイトから引用)

■列車のコアクシアム強奪シーン

高いところを走る列車のシーンは試行錯誤の連続であった。昔であれば爆発シーンは実際に模型を爆発させてハイスピード撮影したものを映画で用いていた。今回の場合、コアクシアム(光速航行のためのハイパー燃料)の爆発はいったいどうなるんだ?と考え、YouTubeにあった爆発実験のビデオを探しまくり、様々な小さな爆発を試した結果、水中で爆発する様子をHDRI撮影した素材をリファレンスにした。

背景の山並みは、ロケ地でもあるアルプス山脈のイタリア北東部に位置するドロミテで撮影されたもの。実際の山の写真を大量にプレビズ用に撮影してリファレンスするとともに複数方向から写真をフォトグラメトリー(Photogrammetry)手法で再構築し、背景CGとしても流用された。列車の車両は、実物大の一両だけをスタジオ内に用意し、アクションシーンはブルースクリーンの前で撮影された。

※フォトグラメトリー(Photogrammetry):写真測量の方法をCG/VFXにおける3D空間キャプチャに応用した手法で、複数方向から多数の写真を収録し、それらの位置関係、重なり具合を専用ツールで解析することで、3D空間の位置関係、全テクスチャを再構築する手法

背景の山並みはフォトグラメトリー手法で作られている(Blackmagic Designのサイトから引用)

■モーションキャプチャなしで撮影されたドロイドL3-37

新しい女性のドロイドキャラクタ(L3-37)は人の写真から立ち姿などをロトスコープ手法を用いてスケッチし、俳優にドロイドの枠組みを着せてウォークテストを実施、さらに実物大1/1の物理モデル作成し、質感などをスキャンして収録された。そのためL3-37は実際に人間がモーションキャプチャで動く際の可動域と同じくらい動ける構造を持っている。

Phoebe Waller-Bridge Reveals Secrets Behind Playing a Star Wars Droid in Solo
L3-37を担当した女優によるインタビュー映像

上記YouTube動画より、L3-37撮影シーンのキャプチャ

■ファルコン号のコックピット

ファルコン号のコックピットは実物大1/1サイズの撮影用コックピットを作り、その周りにリアプロジェクションスクリーンをぐるりと配置し、そのスクリーンに投影しながら撮影。それによって、俳優たちの演技に臨場感が出るとともに、合成っぽくないリアルな映像が撮影できたそう。映像のフレームレートやライティングなどさまざまな面から考えても最適な手法で、ハイパースペースに突入するシーンなど、プリビズで検討したシーンと全く同じものが本番の撮影でも再現できたそうだ。とても明るい最新鋭の4Kプロジェクタを複数台設置し、コックピットに座ると「まるで本物のファルコン号のコックピットのようだ!」と、これを観た皆が驚きの声をあげていたとのこと。

実物大のセットと、スクリーンに囲まれたファルコン号のコックピット撮影風景(本セットの構築を担当したSweetwater社のサイトより引用)

映画「ハン・ソロ」で登場するミレニアムファルコンは歴史的背景を考慮しリデザインされている。量産型の宇宙船、軽貨物船YT-1300をベースに改造されたような雰囲気を表現しているとのこと。このミレニアムファルコンのモデリングは日本人モデラー成田昌隆氏によるものだ。

以上。続くレポート記事では、SIGGRAPH 2018全体を通してのまとめと振り返り、次に開催されるSIGGRAPH ASIA 2018、SIGGRAPH 2019を紹介する予定だ。

txt:安藤幸央 構成:編集部


Vol.03 [SIGGRAPH2018] Vol.05